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14.学祭
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学祭当日。
私は岩石と一緒にチュロスやチョコバナナ、マシュマロパイやとろとろプリンを食べ歩いた後に、漫研の店番に入った。
「二人は入口にいて、案内だけよろしくね。部誌販売の会計と私たちが作ってきたクッキーの販売は出口の二人にやってもらうから。ないと思うけど、万が一にも混雑していたら一人、会計のヘルプに入ってもらうのと、暇だったら外で呼び込みもよろしくね」
先輩にそう頼まれ、入口側の椅子に岩石と並んで座った。
「人、あんまり来なさそうだね」
隣に座る岩石に話しかける。
「この場所じゃーな」
嘆息しながら、しょうがないだろうという顔をこちらに向けた。
正門から最も遠い棟であるこの九号棟は、パンフレットを見て探さない限り、人は来ない。
しかも二階で、階段まで上らなければ辿り着けない。どの部屋が割り当てられるかは抽選なので、今年は運が悪かったと諦めるしかない。
幽霊部員としては忙しくなくて嬉しいけれど、売上は去年と比べて激減しそうだ。
「仕方ないから、廊下に立って呼び込みしてるよ。人自体、あんまり通らないと思うけど」
「おう。よろしく」
廊下に出て、窓の外を眺めながらぼーっとする。野外ライブの音や呼び込みの声、色んな音が遠くから聞こえる。
同じイベント中にも関わらず、人が来ないこの場所と窓の外は、隔絶されているような気分になる。
あまりに暇で窓に近寄ると、行き交う人波の中に椿桔に似た雰囲気の人を見つけた。
いつものジャケットにいつもの髪型、見慣れた背格好の彼の隣には、女性がいた。
帽子をかぶっていてボーイッシュな服を着ているので、もし初見なら遠目からは性別が分かりにくい。
でも、何回か椿桔やその友達と一緒にいるところを見かけたことがある。あのファッションなら、その女性だろう。
他の人も側にいて、単にサークルの仲間で学祭をまわっているのかもしれないけれど、その女性との距離が、近い。二人の間の距離の取り方が、前と比べて変わったと感じる。
もしかして、彼女になった……?
「たぶん、この上よ」
突然、階段のある方角から声が聞こえたので、思考を中断し、顔をしゃきっと正して扉の側へ戻った。
すぐに、優しげな夫婦と、五、六歳ぐらいの着物のような和風テイストの服を着たツインテールの可愛い女の子が一人、廊下に姿を現して近寄ってくる。
「こんにちは。イラストの展示をしているので、よかったら見ていって下さい。部誌とクッキーの販売もしています」
「ありがとう。見ていくわね」
後ろで髪をまとめた、ナチュラルメイクの奥さんが愛想よく会釈して、家族で中に入っていった。
「無料の部誌もあるので、よろしかったらどうぞ」
扉の中から、岩石の声がする。私の声を聞いて、足りない部分を補ってくれたようだ。
中からは、この絵可愛い、といった声が聞こえてくる。娘さんも何かのコスプレをしているようだし、漫画好きの家族なのかもしれない。
しばらくして、出口からその家族が出てきた。手にはクッキーの袋詰めを持っている。どうやら買ってくれたようだ。
「ありがとうございました」
私が声を掛けると、奥さんがにこやかな顔をして私に視点を合わせたまま、こちらに向かって来た。話しかけられる、と身構える。
「みんな、とっても絵が上手いわね」
喋り好きの奥さんのようだ。
「ありがとうございます。みんな、好きですから」
「実はね、私、この大学の漫研の卒業生なのよ。でね、夫もそうなの」
「え、そうなんですか」
隣にいる細身の男性も、こちらを見て礼をする。どんな学生生活だったんだろうと、その夫婦の若い姿を想像していると、両親に挟まれた女の子が、くるりと一回転をした。
「香ちゃんの服、可愛いでしょ」
とびっきりの笑顔でこちらを見上げるので、ついつられて、こちらも笑顔になる。
「うん、可愛いね。とっても似合ってる」
やはり、コスプレだったようだ。香ちゃんという名前から考えると「未来将棋」だろうか。
キャラクターくらい見ておくべきだったなと反省する。
奥さんはクッキーの袋を開けて娘さんに渡すと、もう一度私に話しかけた。
「何だか思い出すわ。卒業するとね、とっても貴重な時間だったなって思い返すの。今ももちろん幸せだけど、持て余すほどの自由と可能性があるのは大学時代だけだから。友達や恋人と毎日会えるのも、学生の間だけ。会いたい人にだけ会える、二度と戻ることはできない今を、楽しんでね」
一気にそう話すと、彼女はクッキーを頬張る娘さんと手をつなぎ、旦那さんと一緒に立ち去った。
どこかの奥さんという印象しかなかった彼女が、自分の未来の可能性のように感じた。
数年後には私も卒業する。
何かしらの職に就き、毎日会いたくもない人に会い、楽しくもない仕事をして、精神をすり減らすのかもしれない。
少なくとも、やる気をみなぎらせて働く自分は想像できない。
せめて許されるなら、彼女のように一緒に学祭に来て笑いあえるような人と結婚して、温かい家庭を築きたい。
今も幸せだと、言える未来があればいいなと思う。
私は岩石と一緒にチュロスやチョコバナナ、マシュマロパイやとろとろプリンを食べ歩いた後に、漫研の店番に入った。
「二人は入口にいて、案内だけよろしくね。部誌販売の会計と私たちが作ってきたクッキーの販売は出口の二人にやってもらうから。ないと思うけど、万が一にも混雑していたら一人、会計のヘルプに入ってもらうのと、暇だったら外で呼び込みもよろしくね」
先輩にそう頼まれ、入口側の椅子に岩石と並んで座った。
「人、あんまり来なさそうだね」
隣に座る岩石に話しかける。
「この場所じゃーな」
嘆息しながら、しょうがないだろうという顔をこちらに向けた。
正門から最も遠い棟であるこの九号棟は、パンフレットを見て探さない限り、人は来ない。
しかも二階で、階段まで上らなければ辿り着けない。どの部屋が割り当てられるかは抽選なので、今年は運が悪かったと諦めるしかない。
幽霊部員としては忙しくなくて嬉しいけれど、売上は去年と比べて激減しそうだ。
「仕方ないから、廊下に立って呼び込みしてるよ。人自体、あんまり通らないと思うけど」
「おう。よろしく」
廊下に出て、窓の外を眺めながらぼーっとする。野外ライブの音や呼び込みの声、色んな音が遠くから聞こえる。
同じイベント中にも関わらず、人が来ないこの場所と窓の外は、隔絶されているような気分になる。
あまりに暇で窓に近寄ると、行き交う人波の中に椿桔に似た雰囲気の人を見つけた。
いつものジャケットにいつもの髪型、見慣れた背格好の彼の隣には、女性がいた。
帽子をかぶっていてボーイッシュな服を着ているので、もし初見なら遠目からは性別が分かりにくい。
でも、何回か椿桔やその友達と一緒にいるところを見かけたことがある。あのファッションなら、その女性だろう。
他の人も側にいて、単にサークルの仲間で学祭をまわっているのかもしれないけれど、その女性との距離が、近い。二人の間の距離の取り方が、前と比べて変わったと感じる。
もしかして、彼女になった……?
「たぶん、この上よ」
突然、階段のある方角から声が聞こえたので、思考を中断し、顔をしゃきっと正して扉の側へ戻った。
すぐに、優しげな夫婦と、五、六歳ぐらいの着物のような和風テイストの服を着たツインテールの可愛い女の子が一人、廊下に姿を現して近寄ってくる。
「こんにちは。イラストの展示をしているので、よかったら見ていって下さい。部誌とクッキーの販売もしています」
「ありがとう。見ていくわね」
後ろで髪をまとめた、ナチュラルメイクの奥さんが愛想よく会釈して、家族で中に入っていった。
「無料の部誌もあるので、よろしかったらどうぞ」
扉の中から、岩石の声がする。私の声を聞いて、足りない部分を補ってくれたようだ。
中からは、この絵可愛い、といった声が聞こえてくる。娘さんも何かのコスプレをしているようだし、漫画好きの家族なのかもしれない。
しばらくして、出口からその家族が出てきた。手にはクッキーの袋詰めを持っている。どうやら買ってくれたようだ。
「ありがとうございました」
私が声を掛けると、奥さんがにこやかな顔をして私に視点を合わせたまま、こちらに向かって来た。話しかけられる、と身構える。
「みんな、とっても絵が上手いわね」
喋り好きの奥さんのようだ。
「ありがとうございます。みんな、好きですから」
「実はね、私、この大学の漫研の卒業生なのよ。でね、夫もそうなの」
「え、そうなんですか」
隣にいる細身の男性も、こちらを見て礼をする。どんな学生生活だったんだろうと、その夫婦の若い姿を想像していると、両親に挟まれた女の子が、くるりと一回転をした。
「香ちゃんの服、可愛いでしょ」
とびっきりの笑顔でこちらを見上げるので、ついつられて、こちらも笑顔になる。
「うん、可愛いね。とっても似合ってる」
やはり、コスプレだったようだ。香ちゃんという名前から考えると「未来将棋」だろうか。
キャラクターくらい見ておくべきだったなと反省する。
奥さんはクッキーの袋を開けて娘さんに渡すと、もう一度私に話しかけた。
「何だか思い出すわ。卒業するとね、とっても貴重な時間だったなって思い返すの。今ももちろん幸せだけど、持て余すほどの自由と可能性があるのは大学時代だけだから。友達や恋人と毎日会えるのも、学生の間だけ。会いたい人にだけ会える、二度と戻ることはできない今を、楽しんでね」
一気にそう話すと、彼女はクッキーを頬張る娘さんと手をつなぎ、旦那さんと一緒に立ち去った。
どこかの奥さんという印象しかなかった彼女が、自分の未来の可能性のように感じた。
数年後には私も卒業する。
何かしらの職に就き、毎日会いたくもない人に会い、楽しくもない仕事をして、精神をすり減らすのかもしれない。
少なくとも、やる気をみなぎらせて働く自分は想像できない。
せめて許されるなら、彼女のように一緒に学祭に来て笑いあえるような人と結婚して、温かい家庭を築きたい。
今も幸せだと、言える未来があればいいなと思う。
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