好きな人は、3人

秋風いろは

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15.車の中で

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「ねえ、岩ちゃん」

 運転席に座る岩石に話しかける。
 学祭の日は特別に大学の駐車場が一般開放されているため、車で来てもらった。

 免許は一年生の夏に取っている。車は両親のものらしい。二台あるので、好きなだけ練習しなさいと言われているようだ。

 今は、大学近くのファミレスで夕飯を食べて、帰るところだ。外はもう暗い。

「なんだ?」

 前を見たまま、ぶっきらぼうに返事をする岩石は、私よりもはるかに運転が上手い。私は教習所に通いながらセンスの無さを感じて、誰かに乗せてもらう人生を歩もうと決めてしまった。満琉からも、向いていないし危ないからよっぽど練習したほうがいい、とのお墨付きだ。

「漫研の店番の時、話しかけてきた奥さんがいたけど、気づいてた?」
「話し込んでいるなとは思ったよ」
「夫婦そろって、うちの大学の漫研の卒業生なんだって」
「おー、子供も大きかったし、かなり前だろうな」

 覚えていたらしい。コスプレをしていたから、記憶に残りやすかったのかもしれない。

「会いたい人に当たり前のように毎日会えるのは今だけ、みたいなこと言われてさ。色々考えちゃって。ね、私との関係、やめたいって言ったことないよね。このままずるずるとさ、ずっと続いて、結婚まで到達する可能性ってどれくらいかな」
「いきなり話が飛躍したな」

 ほんとに面白いな里美は、と言いながら、うーんと悩む。岩石相手だと、聞きたいと思ったことを何も考えずに聞くことができる。

 ときめくことはほとんどないけれど、結婚相手は無理をしないで済む岩石みたいな人がいいのかもしれない。

「先のことなんて分かるわけないが。ま、里美が別れたいって言わなければ、ずっと続くんじゃないか。俺は元々、女性と付きあう気はなかったし、里美がいなければこれからもないな。面倒だし」
「面倒だからなんだ。最後の言葉さえなければ、恋人同士の甘い台詞みたいだったのに、なんで余計な一言つけるかなー」
「今も、車の運転させられてるしな」

 岩石には、聞きたいことは聞けるものの、聞いても全くピンと来ない。

 好きではないから、浮気しても何も言わないのか。
 好きだから、関係を続けるのか。
 体だけだと、割り切っているのか。

 全く分からない。
 結婚の可能性を否定しないのも、意外だった。

 結局、何をどう聞いても、よく分からない。

 満琉との関係をもったのは、それが寂しかったのもある。

 燃え上がるような愛がほしいと、思ったからだ。
 結局それは、手に入らなかったけれど。

「運転の練習もできるし、若い女の子を助手席に乗せて、最高にうはうはだね」

 茶化して言うと、はいはいと小さく首を振った。

「なら、面倒なのに何で別れないの?」

 答えが分かっていながら、聞く。

「一緒にいると楽しいからな。面倒だけど」

 いつもの返事だ。浮気する前とした後、何も変わらない。これから私を今よりも好きになる可能性は、どれくらいなのだろう。

 分からないから、終われない。

「うちの近くの、土手の横の通りに行こうよ。人来ないし」

 そう言うと、岩石はちらりとこちらを見て少しだけ笑うと、好きだねぇと言いながら、ハンドルを切った。方向が少し違ったのだろう。地理の苦手な私には、今自分がいる場所も分からない。

 だんだんと、知っている景色が近づき、堤防が見えた。

 土手に沿って連なる一軒家は、どれも裏側を向いている。壁や室外機、小さな窓ばかりが目につく。その連なりを抜けたところにある小さな工場の裏手に車を停めると、エンジンを止めた。

「後ろに行くか」

 岩石が静かに囁く。私は返事代わりのキスをすると、靴を脱いで這うように後ろの座席に移動した。

 後から来た岩石が覆い被さる。

 ヘーゼルの瞳が私を捉える。

 車の温度は、熱い息を吐きだすたびに上がり、窓が白く曇っていく。白の帳が、私たちを覆い隠す。

 誰にも見つからない小さな密室がここにあることを、私たち以外誰も知らない。
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