好きな人は、3人

秋風いろは

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19.鉢合わせ

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 12月22日、金曜日。
 大学帰りの駅で、私は椿桔に電話をかけていた。

 クリスマスの予定は、入っているかもしれない。だからクリスマス前の平日最後であるこの日は、できれば会いたいなと思い、すぐに返事がほしくて、メッセージは送らず電話を選んだ。

 今日になるまで約束という形を取らなかったのは、その資格がないと思ったからだ。

 彼女ではないし、その候補でもなく、大学内でつるむ友達でもない。
 クリスマスの迫るこの時期に、約束をするほどの関係性ではない。

 今すぐ会えるか聞いて、駄目ならやっぱりなと諦める。それくらいがちょうどいい。
 私より優先すべき相手は、きっとたくさんいる。

 いつもより長い呼び出し音に諦めかけた時、やっとつながった。

「もしもし、里美だけど。今日は無理かな。行っちゃ駄目?」

 なぜか、しばらくの間、椿桔は沈黙していた。かける相手を間違えたかと表示を確認しても、相手は椿桔で間違いない。

「椿桔さん、聞こえてる? 電波悪いのかな」
「あー、うん。聞こえてるよ」

 やっと声が聞こえた。

「どうしたの、予定ある? 誰かと一緒なのかな。無理なら、このまま帰るから大丈夫だよ」
「うーん、と。どうだろう」

 はっきりしない。こんな椿桔は初めてだ。予定ができる可能性があるってことなのだろうか。

「私に聞かれても。今、家にいるの?」
「うん、家」
「私、行ったらまずい?」
「いやー。どうかな」
「これから予定あるの?」
「うーん。ない、のかな」

 あまりに煮え切らず、逆に気になった。このまま帰ったら、一体なんだったのか考えこむことになりそうだ。

「それなら私行っちゃうよー。今から二十分で着いちゃうからね。駄目になったら連絡してね」
「あー、うん。うー……、うん」

 最後まで、何かに悩むような声だった。一体、何があるとこんなによく分からない返事になるのか。

 会いたさよりも、その謎を知りたくて、私は歩き出した。

 もうすっかり冬の寒さではあるけれど、風に吹かれれば落ちてしまうような弱さで、まだ少しだけ茶色の葉が残っている。

 美しかった秋色の道は、今はすっかり寂しい色だ。歩いているうちに、だんだんと薄暗くなり、通り過ぎようとした一軒家の庭にイルミネーションが灯る。

 温かい家庭なんだろうと、根拠もなく思った。

 無駄を楽しめるのは、心に余裕があるからだ。
 でも、と思い直す。
 もしかしたら奥さんの趣味というだけで、電気代を巡って毎日喧嘩をしている可能性だってある。

 どれだけ表面が幸せそうに見えても、内側は入らなければ見えないものだ。

 いよいよ、椿桔の住む古いアパートへ辿り着いた。見た目はいつもと変わらない。

 錆びついた手すりは冷たそうで、触れないようにしながら階段を上る。薄茶色の古びた扉のノブは、抵抗もなく下がった。

 着いたら誰もいないという可能性も考えたけれど、鍵は開けておいてくれたらしい。
 ノブを下げつつ手前に引いて、中に入る。

「おじゃましまーす」

 何となく、小声になる。
 電気が消えていて、水槽の光だけが頼りだ。奥の、いつも一緒にゲームをする部屋にいるのだろうか。

 そう思った直後に、目の前の襖が開けられた。

 そこには立っている椿桔と、その後ろにパジャマ姿の女性が座っていた。

 学祭で、距離が近いと感じた小柄な女性だ。

 突然のことに、私の頭は真っ白になった。
 動揺しながらも、この場をまるく収める言葉を必死に考える。

 自然な笑顔を意識して、彼女に話しかけた。

「あれ、彼女さんですか。びっくりしました。私は二年の古城里美といいます。大丈夫ですよ、ただの友達なんで」

 そう言ってから、すぐに椿桔に文句を言う。

「もー、彼女できたなら言ってよ。それに、彼女来てるから無理って言ってくれれば、来ないよ」
「な、なるほど」

 困ったような笑顔でそう答える椿桔に、正直、何で断らなかったのか問い詰めたくなったけれど、今はその時じゃないと、耐える。
 そして、もう一度彼女に向き合った。

「恋人同士の邪魔をしようとは思いません。これからは二人で会うこともしないんで、安心して下さい」

 この家に来て、私ばかり喋ってるなと思いながら、笑顔を維持する。

「うん。分かった」

 言葉少なに、彼女が返事をする。華奢な体つきに似合わず、意外にも声は低い。クリスマス前のこの時期だ、日曜日までここに泊まるのかもしれない。
 このまま私が帰って険悪にならないように、もう少しだけ話を続ける。

「私、彼氏もいるんですよ。この家、ゲームがたくさんあるから、思いついた時にごくごくたまに遊びに来てたくらいなんで。あ、彼氏もそのことは知ってるんで、大丈夫です」
「ああ、よく大学で大きい人と一緒だよね。その人かな」

 知られているようだ。たまに椿桔と話しているところを見られ、警戒がてらチェックされていたのかもしれない。

「そうそう、たぶんその人です。私と一緒で漫研なんですよ。アニメとかゲームとか小説とか好きで。でも、ゲームの多さでは、先輩の勝ちですね」

 椿桔さんとは言わず、先輩呼びにしておいた。だんだんと、目の前の女性の表情が和らいでいくのを感じる。

 もう道化を演じるのは、終えてもいいだろう。

「じゃぁ私、帰るんで。また、大学で会ったら、仲良くしてもらえると嬉しいです。先輩の知り合いは、たくさんいた方が先のこととか教えてもらえますからね」

 ふっと彼女は笑うと、笑顔を向けてくれた。

「いいよ。私は文学部の三年で仙崎薫せんざきかおる。よろしくね」
「え、そうなんですか! なら、私と同じ学部ですね。嬉しい! 今度会ったら、ぜひ色々教えてください。長澤ゼミに入ることは決めたので、そのへんの話とか」

 雰囲気をよくするために無駄にはしゃいで、馬鹿みたいだと我ながら感じる。
 そろそろ精神的な疲労が、限界に近い。

「長澤ゼミ選ぶんだ。知り合いがそこだから、今度話、聞いといてあげる」
「ありがとうございます! それではまた、大学で」

 にこやかに手を振り、椿桔にも笑顔を向ける。

 ほっとした表情で同じように手を振り返された。あなたのせいで、この寒空の中をトンボ帰りですけどと思いながらも、彼女が見ていることを考えて、すぐにきびすを返す。

「おじゃましましたー」

 できる限り明るい声でドアを開け、口角を上げて笑顔を維持しながら、すぐに閉めた。

 カンカンと音を鳴らしながら、階段を下りる。外はもう完全に真っ暗になり、吐く息は白い。

 また二十分歩くことを思うと憂鬱だ。
 でも、考え事にはいい時間かもしれない。

 消えていく白い息を見ながら、重い足を前へと動かす。
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