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20.別れ
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一体、なぜ椿桔は断らなかったのだろう。
みじめに歩きながら、考える。
わざわざ彼女のご機嫌を損ねて、いいことなんて何もないはずだ。
今日は無理の一言で、よかったのに。
これが他の人の話なら、彼女が呼んでと電話している彼にアピールしたのかと思ったはず。
電話越しに女性の声が聞こえて、よく分からない女友達にうろつかれるより、自分が彼女だと示したくてというのは、ありそうだ。
でも、彼女と実際に話してみて、そんな性格ではない気がした。もう少しサバサバしている印象だ。
もしかしたら、私が前に「彼女ができたら、もう来ない」と言ったことを思い出して、どう断るか咄嗟に思いつかなかったのかもしれない。
最初の一回を除いて、私から誘うことしかなかったけれど、楽しい時間だと思っていたのは椿桔も同じで、理由を言わず断るという選択肢が咄嗟に思い浮かばなかったのかもしれない。
そんな難しいこと考えないか、と苦笑して首を振る。
彼のことだ。
私は友達で、彼女ではない。
数時間くらい一緒に遊んで彼女とも仲良くなれるかもと、期待したのかもしれない。
私のコミュ力を、過大評価している節もあった。
彼女にも、面白い後輩が今から来るから、一緒にちょっと遊ぼう、なんて言ったのかもしれない。
会った時にどうなるか、すぐには結論が出なかった可能性が一番高い気がする。
一緒に流星群を見た夜を思い出して、空を見上げる。
あいにく、今日は星が見えない。重い雲が緞帳のように空を覆い、光を隠してしまっている。
変なゲームが好きで、欲しいものはすぐに買ってしまう子供のような人だった。
大学で会いこそすれ、きっともう挨拶どまりだ。
一緒に二人きりで会うことは、もうないだろう。
あの、流星群の日が最後になる。
来る時にも通り過ぎた、イルミネーションの光る一軒家の中から、ピアノの音が聞こえてきた。
あわてんぼうのサンタクロースだ。
もしかしたら、小さい子供のために弾いてあげているのかもしれない。
やっぱり幸せそうな家庭だ。
小学生の時に友達の家で開かれた、クリスマスパーティーを思い出す。
何人かが招待され、クリスマスプレゼントをみんなが一つずつ準備した。大きなクリスマスツリーのある、飾りつけがされたリビングで、クリスマスの曲が次々と流れるのを聴きながら、クラッカーを鳴らしてケーキを食べた。
ちょっとしたゲームをして、プレゼント交換が最後のお楽しみだ。
輪になって、歌に合わせてプレゼントをぐるぐると隣へと回して、歌が終わった時に手に持っているプレゼントが、自分のものになる。
ただただ、楽しい時間だった。
私が椿桔の家で感じた楽しさは、その時に似ている。
大人にもまだなれず、無邪気な子供にも戻れない十九歳。
小さな時に当たり前にあった日常は、今の自分には別世界だ。取り戻せたような気になった、そんな時間はさっき終わった。
涙が一筋、こぼれた。
クリスマス前に泣きながら一人でとぼとぼと歩く私は、周りからどう見えるんだろう。
そっと拭いとり、せっかくならもう一つ終わらせようとスマホを手に持った。
満琉にはまだ別れを切り出していない。ホテルに行った直後にさようならでは、さすがに酷いだろうと、次に会うまでにと考えていた。
今がいい機会かもしれない。
悲しみは、別の悲しみで癒そう。
混ぜて濁らせて、輪郭が見えなくなればいい。
歩道の隅に立ち止まると、寒さにかじかんだ指をかすかに震わせながら走らせる。
『電話しようかと思ったけど、まだ仕事中かなと思うので文章で書きます。ごめんなさい、他に好きな人ができました。もう会えません。今まで本当に楽しかった。たくさんの思い出をありがとう。勝手だけど、この前もらったプレゼントは大事に使うね。満琉さんのこれからの人生が幸せであることを祈ります』
迷いを振り払うように、すぐに送信した。
プレゼントは、メモ帳と定期入れだった。
両方とも消耗品なので、気兼ねなく使うつもりだ。
メモ帳はおそろいで、と頼んだけれど、彼も同じ物を買ったのかは、分からない。
もう、確かめる気もない。
折り返しの電話や返信があるかもしれないと、スマホを握りしめながら歩いた。
返事があったのは、夜も更けてからだ。
『分かった。里美と会えなくなるのは辛くて寂しいけど、仕方ないね。里美は魅力的だから、いつも側にいられないのが、じれったかったよ。俺こそありがとう。俺も、もらったボールペンは長く使わせてもらうよ。でも里美さえよければ、最後に会えないかな。どこかで立ち話だけでもいい。考えてくれたら嬉しい。里美のこれからの幸せも祈ってるよ』
ベッドの上で見たそのメッセージに、どう返事を書くか考えがまとまらないまま、その日は終わった。
みじめに歩きながら、考える。
わざわざ彼女のご機嫌を損ねて、いいことなんて何もないはずだ。
今日は無理の一言で、よかったのに。
これが他の人の話なら、彼女が呼んでと電話している彼にアピールしたのかと思ったはず。
電話越しに女性の声が聞こえて、よく分からない女友達にうろつかれるより、自分が彼女だと示したくてというのは、ありそうだ。
でも、彼女と実際に話してみて、そんな性格ではない気がした。もう少しサバサバしている印象だ。
もしかしたら、私が前に「彼女ができたら、もう来ない」と言ったことを思い出して、どう断るか咄嗟に思いつかなかったのかもしれない。
最初の一回を除いて、私から誘うことしかなかったけれど、楽しい時間だと思っていたのは椿桔も同じで、理由を言わず断るという選択肢が咄嗟に思い浮かばなかったのかもしれない。
そんな難しいこと考えないか、と苦笑して首を振る。
彼のことだ。
私は友達で、彼女ではない。
数時間くらい一緒に遊んで彼女とも仲良くなれるかもと、期待したのかもしれない。
私のコミュ力を、過大評価している節もあった。
彼女にも、面白い後輩が今から来るから、一緒にちょっと遊ぼう、なんて言ったのかもしれない。
会った時にどうなるか、すぐには結論が出なかった可能性が一番高い気がする。
一緒に流星群を見た夜を思い出して、空を見上げる。
あいにく、今日は星が見えない。重い雲が緞帳のように空を覆い、光を隠してしまっている。
変なゲームが好きで、欲しいものはすぐに買ってしまう子供のような人だった。
大学で会いこそすれ、きっともう挨拶どまりだ。
一緒に二人きりで会うことは、もうないだろう。
あの、流星群の日が最後になる。
来る時にも通り過ぎた、イルミネーションの光る一軒家の中から、ピアノの音が聞こえてきた。
あわてんぼうのサンタクロースだ。
もしかしたら、小さい子供のために弾いてあげているのかもしれない。
やっぱり幸せそうな家庭だ。
小学生の時に友達の家で開かれた、クリスマスパーティーを思い出す。
何人かが招待され、クリスマスプレゼントをみんなが一つずつ準備した。大きなクリスマスツリーのある、飾りつけがされたリビングで、クリスマスの曲が次々と流れるのを聴きながら、クラッカーを鳴らしてケーキを食べた。
ちょっとしたゲームをして、プレゼント交換が最後のお楽しみだ。
輪になって、歌に合わせてプレゼントをぐるぐると隣へと回して、歌が終わった時に手に持っているプレゼントが、自分のものになる。
ただただ、楽しい時間だった。
私が椿桔の家で感じた楽しさは、その時に似ている。
大人にもまだなれず、無邪気な子供にも戻れない十九歳。
小さな時に当たり前にあった日常は、今の自分には別世界だ。取り戻せたような気になった、そんな時間はさっき終わった。
涙が一筋、こぼれた。
クリスマス前に泣きながら一人でとぼとぼと歩く私は、周りからどう見えるんだろう。
そっと拭いとり、せっかくならもう一つ終わらせようとスマホを手に持った。
満琉にはまだ別れを切り出していない。ホテルに行った直後にさようならでは、さすがに酷いだろうと、次に会うまでにと考えていた。
今がいい機会かもしれない。
悲しみは、別の悲しみで癒そう。
混ぜて濁らせて、輪郭が見えなくなればいい。
歩道の隅に立ち止まると、寒さにかじかんだ指をかすかに震わせながら走らせる。
『電話しようかと思ったけど、まだ仕事中かなと思うので文章で書きます。ごめんなさい、他に好きな人ができました。もう会えません。今まで本当に楽しかった。たくさんの思い出をありがとう。勝手だけど、この前もらったプレゼントは大事に使うね。満琉さんのこれからの人生が幸せであることを祈ります』
迷いを振り払うように、すぐに送信した。
プレゼントは、メモ帳と定期入れだった。
両方とも消耗品なので、気兼ねなく使うつもりだ。
メモ帳はおそろいで、と頼んだけれど、彼も同じ物を買ったのかは、分からない。
もう、確かめる気もない。
折り返しの電話や返信があるかもしれないと、スマホを握りしめながら歩いた。
返事があったのは、夜も更けてからだ。
『分かった。里美と会えなくなるのは辛くて寂しいけど、仕方ないね。里美は魅力的だから、いつも側にいられないのが、じれったかったよ。俺こそありがとう。俺も、もらったボールペンは長く使わせてもらうよ。でも里美さえよければ、最後に会えないかな。どこかで立ち話だけでもいい。考えてくれたら嬉しい。里美のこれからの幸せも祈ってるよ』
ベッドの上で見たそのメッセージに、どう返事を書くか考えがまとまらないまま、その日は終わった。
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