好きな人は、3人

秋風いろは

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22.クリスマスマーケット

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 動きたくなくなるほどに食べて、外に出た。

「ごちそうさまでした」

 岩石に向かって拝む。

「おお。クリスマスだしな」

 彼の中でも、クリスマスは特別な何かがあるのだろうか。

 普段は、二人でお出かけする時専用のベージュのシンプルな財布に同じ額ずつお金を入れて、会計と財布の管理を任せている。

 でも今日は、財布の色が違った。
 岩石が個人的に持っている黒の財布から支払っていたのだ。

 会計は先払いで、入口でチケットを買うシステムだ。今日、たくさん食べなくてはと思ったのは、それが理由だ。

 払ってもらうのなら、出してよかったと思うほどに食べたかった。

 でも、お腹が重い。動きたくはないけれど、少しでも歩いて消化しよう。

「クリスマスマーケットやってるみたいだし、寄るか?」

 街並みはクリスマス一色で、まだ明るくて点灯はしていないものの電飾がたくさんついた木々や、クリスマスフェアの案内、ツリーのオブジェなどがそこかしこに見える。

 その中で、ひときわ大きなツリーが公園の入口に置かれ、中にはたくさんの出店が並んでいるようだ。

「うん、寄る。楽しそう」

 夜のほうが、もっと綺麗だと思うけれど、混みそうだ。

 門のようになっている看板の下をくぐり中に入ると、小さなメリーゴーランドがくるくるとまわっている。

 メルヘンな白馬や王様の椅子が上下し、可愛らしい子供達が楽しそうに乗りながら、カメラを構えるお母さんに笑顔を見せている。

 焼きソーセージやチュロス、ビールなどの食べ物や飲み物も売っている。気になるけれど、さすがにもう胃には何も入らない。足は自然と、雑貨屋さんに向かった。

「キラッキラで、クリスマスって感じだね」

 スノードームを一度ひっくり返して、雪が中で踊るのを楽しむ。天使やツリーのガラス細工も綺麗だ。

「せっかくだから、何か買おうか?」

 隣から岩石が聞いてくる。

「今日は太っ腹だね」
「今日だけな」

 買ってもらう前提で、もう一度商品を見た。どれも、見るだけでクリスマス気分に浸れそうな、素敵な置き物だ。

 でも、自分の部屋に一つだけ置くのでは、色褪せて見えそう。自分の机にちょこんと飾ったらどうなるかなと想像して、少し寂しい気持ちになった。

「買ってくれるなら、アクセサリーがいいな」

 そう言って、隣の出店へ移動した。

「珍しいな、普段つけないのに」
「まあね。普段使いできるデザインがいいな。今着ているようなタートルネックの服の上にも合いそうなネックレスとか」

 天然石を使ったアクセサリーがたくさん並んでいる。

 その中で最初に目を惹いたのは、全体的に黄色や茶色の石が連なっているネックレスだ。黄水晶や淡水パールと色んな石が入っている。

 金褐色に輝くタイガーアイに吸い込まれるように手にとった。

「この石、岩ちゃんの瞳の色に似てるね。これ買って。このままつけてくから、袋無しで」
「はいはい。キャラメルみたいな色だな」
「もっと綺麗だと思うけど」

 岩石が会計をしている間に、出店の脇に移動して、マフラーとコートのボタンをいくつか外す。

 ネックレスを持ってきた岩石に背を向け、コートを下にずらし髪をサイドによけて、ネックレスをつけてもらった。

「ありがと。似合う?」
「よく分からないけど、変ではないな。でも寒いから、マフラーはつけときな」
「なんでそう、ロマンチック成分を会話から消すのかな」

 クリスマスイブを一緒に過ごしてアクセサリーを買ってもらっているはずなのに、ときめきが全く湧かない。

 性分だ、と笑う岩石に、楽しいからいいかと腕をからませて、またぶらぶらと一緒に歩く。

 次第に暗くなり、イルミネーションが映えるようになった。大きなツリーには無数の光が灯り、そこかしこにあるクリスマスモニュメントは輝き始めた。

 光の球は頭上にも連なり、人は増えていく。

 私たちはまだお腹が膨れていたので、ソーセージとシチューを半分ずつ食べて、帰ることにした。

「イルミネーションも見れて大満足だよ。せっかくだから一駅分、一緒に歩いて」

 そう言うと、岩石はまたかという顔でがくっと首を下げた。

「なんか、私だけ一緒にいたいと思ってる気がするんだけど。それがいつも不満」
「歩くの面倒だし。卒業して、関係が続いていれば、いつか一緒に暮らせばいいさ」
「先の長い話だね」

 そう言う私に、そうだなと何でもないような口調で言った後、すぐ横の木の脇に引っ張られるように抱きしめられた。え、と思う間も無くさっと開放され、また歩き始める。

「ものすごく目立った気がするけど」

 そう言う私に、いつもと同じ顔で岩石は答える。

「今日はまだ、抱きしめてなかったなと思ってな。イブなんだし、アホな恋人たちだと思われるだけだ」

 やっぱり岩石は、行動も言動も意味が分からない。

 でも、今まで感じなかった愛みたいなものを感じてしまった。

 今から私たちは、帰るだけだ。
 今日は、ラブホテルもいっぱいで入れないだろうと、予定していない。
 だから、ムードを盛り上げたりするような必要性もない。

 必要のない時に必要のない場所で、必要のない抱擁をされたからなのかもしれない。
 電飾の灯る歩道沿いの木々が、さっきよりもロマンチックなものに見える。

 好かれていると思ってしまったらもう、浮気なんてできない。

 私は、好かれているのかな。
 友達の延長や、セックスフレンドに抱くような好きではなく、恋人に抱くような好きの感情は、あるのかな。

「岩ちゃんは、また私が浮気するかもとか、思わないの?」
「そんなの分かるわけないし。あるかもしれないし、ないかもしれない。でも、他に本気で好きになる奴が出てくれば、浮気するまでもなく別れるだろ」
「もしこのまま結婚までいっちゃったら? 不安じゃないの?」
「お前は、結婚してから浮気するような女じゃないよ」
「信頼?」
「慰謝料とか離婚とか、そういったリスクを抱えて何かするタイプじゃないだろ? 文句を言われる立場を、何が何でも避けるタイプだ。別に今回も、俺に言わずに勝手に付きあって、知らないうちに別れたってよかったんだ。でも言う。怪しいって理由で相手とも別れる。そういう奴だよ。ま、そうじゃなかったとしても、それはそれで仕方ない」
「達観してるね」
「性格だ」

 思っていたよりも、ずっと岩石は私を理解しているのかもしれない。

 もしかしたら、ほしいと思っていた種類の愛情を、多少は持たれているのかもしれない。

 まずいな、と思う。
 もう、想いを分散する相手がいない。
 愛情があるかもしれないと思ってしまったら、次は試してしまう。

 駄目だ、迷惑だ。そう思いながらも、我慢できずに私は言ってしまった。

「あともう一駅分、一緒に歩きたいな」

 はーっと深い溜息をついて、目と目の間を指でつまむ岩石に、不安になる。

「私、今まで以上にわがまま言うかもしれないけど、やっぱり別れたくなる?」
「絶対にやりたくないことは拒否するから、安心して言えばいい。叶えてやるかはともかく、耳で聞くだけは聞いてやるよ」
「えらそーだね」
「お前もな」

 私たちの間に、「付きあって」「いいよ」と言ったやり取りは一度もなかった。

 体から、なし崩しに始まった関係だ。
 好きだ、なんて言葉も冗談めかして言うくらいだ。

 でも、やっと私は今日、初めて大好きな恋人ができたように感じた。

「私も好きだよ」

 お昼の返事だ。どんな顔をするかなと見るけれど、いつも通りの顔で、はいはい俺も好きだよと言って苦笑した。

 岩石の好きは軽いと思っていたけれど、私の好きも軽いと思われているのかもしれない。

 そんなことに、今更気づく。

 考えてみれば、三人の間でふらふらしていたのだから、当然だ。

 前に、岩石から別れを切り出すことはないだろうと言っていた気がする。

 まだまだ時間はたくさんある。
 一緒に積み重ねて、少しずつ重くしていきたい。
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