ジャンク・ボンド~気になるアイツは、強すぎてランク外になったようです~

銀崎 暁樹

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第二章 7

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 レッド達は、さっきユズハが肉を頬張っていた店に来ていた。


 威勢の良い店員と、客達の怒号と間違うような声が飛び交い、店内は賑やかだった。


 そんな店員が持ってきた肉の塊を前にして、最初にレッドが口火を切った。


 「――で、どうしてリュウランゼになりたいんですか?」


 その言葉に、父親がまた口元を歪ませた。


 「えぇ。実は恥ずかしい話なんですが、昔剣術の道場を営んでおりました」


 「……そうですか」


 レッドが思わず、溜息と共に視線を下げざるを得なかった。その顔は、憐れみと、それでいて、父親を突き放したような表情が同居していた。


 そんな彼の反応も当然だった。


 何故なら、この大陸では帝の命により、刃物という刃物が禁止されていたからだ。もちろん、剣も例外ではなかった。


 そのため民は、わざわざ犯罪となるような剣術を習う訳もなく。当然、道場も閉鎖を余儀なくされる時代となってしまった。


 それでも、腕に覚えのある者は、リュウランゼに志願し、なんとか糊口をしのげていた。


 しかし、必ずしも優秀な指導者が優秀な剣術家とは言えないのが、世の常。――戦闘能力が低く、協会から弾かれる者も少なからずいた。


 ――多分、リュウランゼにはなれないだろうなぁ……。


 レッドが勝手に、父親を品定めしていた。


 ちなみに、テレーゼはリュウランゼという職業柄、特別に許可された存在だった。


 黙ってしまったレッドに対し、刀が「アンタが道場? そんな風には見えねぇけどなぁ」と、遠慮せず“本音”を吐いてしまった。


 父親が相変わらず「面目ありません」と恐縮する。


 一方、少年が肉を頬張りながら、「これでも父ちゃんは、剣を持たせたら強いんだぞ!」と、急に怒り出した。


 しかし刀は、少年の勢いに押されず、「逆に言えば、素手だとてんで駄目――ってか」と冷静に返してしまった。


 その後の父親の“面目ありません”という口癖に、少年が「いちいち小さくなるなよぉ」と、溜息とともに吐き出した。


 刀が「どっちか親か分かんねぇな」とツッコむと、父親がすかさず「面目ありません」と、まるで条件反射だ。


 刀が「それしか、言えないのかねぇ」というツッコみに、何故か目の前の親子が、笑い出した。まぁ。雰囲気が和やかになるのは、良いことことだが……。


 突然レッドがテーブルを叩いて、話に割って入った。「話が進まない!」


 周囲が話を止めるのを確認すると、大袈裟に咳を一つ。


 レッドが質問をした。


 「――で、どうしてリュウランゼになりたいんですか?」


 その質問に、父親が言葉と顔を硬くした。


 「実は、道場を営んでいた際、この子の母親が殺されまして……」


 言霊が地面に沈んでいくはずなのに、賑やかな喧騒に呑み込まれずに、はっきりと聞こえた。

 さっきまでの明るい空気が、一瞬で止まってしまった。


 「……」


 そんななか、レッドの顔はやはり複雑な表情をしていた。


 何しろ、この大陸では珍しいことではないからだ。


 だからこそ人間は高い塀を築き、そのなかで暮らし、リュウランゼという命知らずに頼み、バグを始末してもらっているのだ。


 そんなリュウランゼのなかには、この父親のように、家族が殺されてバグに恨みを持つ者も多かった。


 とりあえず、レッドは「……そうなんですか」と、言葉を吐き出すしかなかった。


 父親も「えぇ。まあ」としか応えられなかった。


 本当は父親も、この話をすれば、レッド達を含むほかの人々が“常識的反応”をするのを、知っているからだ。


 「……妻の敵を取れるほど強くないのは分かっているんです。だから、リュウランゼになるのは本意ではないんです」


 まるで自分に言い聞かせるように、発した。眉間には皺が寄っていたが、口元は綻んでいた。まるで自嘲しているかのような表情だった。


 そんな父親の隣で、少年が「――そんなことないよ。父ちゃんは本当は強いんだ! 普段は弱いフリしてるだけなんだ。だからリュウランゼになって、敵を取って欲しいんだ!」と肉にかぶり付きながら、興奮していた。


 そんな息子の純粋な父親に対する期待に対し、「まぁ。私は身の程をわきまえて諦めているのですが、息子の方が……」


 と、父親は情けなく微笑んでいた。


 親の心子知らず、か……。


 一方、砕封魔の笑い声が場違いに聞こえた。


 「坊主、そりゃ酷ってもんだぜ。父ちゃんは弱いんだ。さっきの姿見りゃ分かるだろ?」


 少年が「坊主じゃないもん」と頬を膨らまさせた。


 そんな少年に目を移し、父親が目元を嬉しそうに細めだした。


 「でも、まぁ。信じてくれる息子っていうのは、嬉しいものですよ。たとえ、情けない父親でも……」


 しかし、その言霊はどこか悲しげだった。


 「…………」


 そんな、“一般的な”父親の顔をみせる目の前の男に対し、レッドの顔がさらに曇ってしまった。


 ――普通の親……というヤツなの……か?


 解せない。


 そんな“生き物”は架空のものだと思っていた。


 “嬉しい”?


 何が?


 “信じてくれる息子”?


 そんなもの存在するのか?


 レッドにも、もちろん血のつながった親はいる……はず。記憶が定かではないが。だが今、自分が存在しているということは、“誰か”が自分を“作った”のは間違いない。


 「…………」


 目の前の光景なのに、なぜか異世界のような感覚で見ている自分がいた。


 思わず押し黙るレッドに対し、父親が意を決したように発した。その目が覚悟を物語っていた。


 「……こんな私でも、リュウランゼになれますかね」


 口調こそ柔らかかったが、その言霊は硬かった。


 「……でも、あなたが命を落としたら、この子を守る人が誰一人いなくなりますよ」


 自分でも、何でこんなことを喋ったのか分からなかった。


 さっき、少年に怒ったことだって、いつもの自分だったら、“面倒ごと”に首を突っ込まずにスルーしていたというのに……。


 ――それなのに……。


 自分にも感情的なところがあったのかと、驚くばかりだ。


 一方レッドのそんな逡巡を他所に、父親は旨そうに肉に齧り付いている少年を眺めながら、答えてくれた。


 「もう、何度も何度も同じことを考えました。私にできるだろうか。妻や息子をどれほど愛しているだろうか。逃げた先に何があるのだろうか。前進した先に何があるのだろうか。……それで結局、一つの答えに行き着きました。たった今です。――“親らしい”って何だろうかって」


 「……」


 「情けない父親より、威厳のある父親の方が良いと思いましてね……」


 「で、でも生きている方が――」


 「それは綺麗事ですよ」


 その言葉に、レッドは何も言えなくなってしまった。


 その後も父親は、レッドに何度も何度も頼み込んでいた。仕舞いには土下座する始末。


 「お願いします! 協会に案内してください!」


 ついにレッドが、ありったけの溜息を吐いてから、「……分かりました」と白旗を挙げた。


 「――!」


 父親の顔が一気に明るくなった。号泣しながら、レッドの手を握り、千切れんばかりに何度も何度も振り回した。


 「あ、ありがとうございます!」

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