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13. 後悔
しおりを挟む「おっ、王太子殿下!」
その場にいた貴族たち全員が、背筋を伸ばして礼をとる。
(殿下……?)
「このようなところで世間話か。パーティーは退屈だったか?」
サイラスの物言いに、貴族たちは怯えているように見えた。
「とっ、とんでもございません! 少し風に当たろうと出てきただけで……」
その弁明に、サイラスの視線が今度はメイヴィスに向く。
(フード被って顔を隠してるけど、バレてるわよねたぶん)
正体がわかっている上でサイラスがどう場を収めるのか、メイヴィスは考えた。
(どう転んでもまた怒られるわ、これ)
「ほう? 私には迷った令嬢を大人数で取り囲んでいるように見えたが」
「しかし殿下、この女は怪しいです! 先ほどから何を尋ねてもダンマリで」
異議ありと大声を出す貴族に、サイラスは呆れたように息を吐き、マントの下で腕を組む。
「口がきけぬのだろう。逃げないということは、侵入者ではないはずだ」
「ですが……」
「くどい。この者の身柄は私が預かる。お前たちは戻るがいい」
それ以上の口答えは許さないと言わんばかりの態度に、貴族たちは素早く立ち去っていく。
(王太子殿下にあまり近寄りたくないと思うのは、私だけじゃないみたい)
冷徹で残酷と名高い王太子と二人きりで残されたというのに、メイヴィスは呑気だった。失望されることには、もう慣れてしまった。
「……そなたはここで何をしている」
今度はこめかみを押さえながら、サイラスは尋ねてくる。
「散歩です」
メイヴィスは短く答える。少なくとも、サイラスの誕生日を祝いに来たわけではない。
(祝って欲しいわけでもなさそうだし)
「知ってて来たのか?」
「知っていたら近づきませんでした」
カレンが口を滑らせたかどうかを知りたいのだろう。何も包み隠さず、本音を伝える。力無き小娘のたまの棘くらい、刺さったとしてもどうってことないはずだ。
「殿下」
するとそこへ、先ほどの貴族の声に反応した騎士が一人やって来た。腰には剣を携えている。
「彼女を部屋まで」
「承知しました」
騎士に誘導され、メイヴィスはその場から立ち去る。最後までサイラスに祝いの言葉をかけるべきか悩んだが、やめにした。
♢♢♢♢♢
メイヴィスと騎士は、無言で廊下を辿る。人気もまともな灯りもない、薄暗い廊下を。
「侯爵令嬢様。どうか殿下を誤解なさらないで下さい」
何の前触れもなく、前を歩いていた騎士が弁解のような言葉を発する。そのことにメイヴィスは違和感を覚えた。
「誤解?」
「決して、侯爵令嬢様のことを蔑ろにしているわけではないのです」
「……」
騎士の正体はわかっていた。物覚えの悪いメイヴィスだが、周囲にいる異性の声となれば、自ずと答えは限られてくる。
「殿下は侯爵令嬢様のためを思って……」
「聞きたく、ない」
長くなりそうなサイラス擁護を、メイヴィスは制止する。エルはメイヴィスの小さな意思表示に押し黙った。
「これは、出過ぎた真似をしました。どうかお許し下さい」
頭を下げるエルをそのままに、メイヴィスは部屋へと向かう。見覚えのあるところまで来れば、もう一人でもいい。
「あとは一人で行くわ」
「……承知しました。失礼致します」
エルが立ち去るのを確認し、メイヴィスも歩き出す。
(殿下は私を蔑ろにしているわけではない……そうよね、蔑ろにされるようなことをしているのは私の方なんだから、騎士からすれば今の状況はあまりにも自業自得)
サイラスはメイヴィスに、騒ぎを起こさないことを期待している。しかし故意ではないとはいえ、メイヴィスはすでに何度も騒ぎを起こし、サイラスの期待を裏切った。その罰なのか、サイラスはメイヴィスからシャロンを取り上げ、妃候補への装飾品を渡すこともなく、パーティーへの招待も見送った。
(全部私が悪いのよね。マリアの代わりに死ぬことも出来ず、何の才能もなく、ただ現状に甘えている。嫌悪を抱かれるのは当たり前)
万一何らかの奇跡が起きてメイヴィスが才能に目覚めたとしても、広まった悪評をひっくり返すことは叶わない。主人公クリスタと敵対する悪役に仕立て上げられるだけだ。
「……ここに来るより早く、逃げるべきだったのかもしれない」
何を思っても後の祭り。3年耐えると決めたのは誰でもないメイヴィス自身だ。
(覚悟が持てなかったせいで、自分で自分を苦しめている。もうやめないと)
王宮へ来てから約3ヶ月。まだ先の長いトンネルを、メイヴィスは彷徨っている。
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