私が忘れた100年偏愛〜これは転生じゃなくて成仏のお話〜

ふじのはら

文字の大きさ
1 / 8

第一話 【戻る】

しおりを挟む
学生服のズボン、サラリーマンのスーツのズボン、スカートにスニーカーの女性の足、その女性に手を引かれて私を不思議そうな目で無遠慮に見る小さな男の子の顔

自分の視界の低さに、私は自分がベンチに座っている事を思い出す。
ぼんやりと視線を彷徨わせれば、よく知っている電車の駅のホームだ。

人のさして多くないホームで、アナウンスが電車の到着が間も無くであることを告げる。
そのアナウンスに私は弾かれるように立ち上がってフラフラとした足取りで線路側まで歩み寄る。

焦燥感。冷や汗が噴き出す。
電車の近づく音と共に線路に釘付けになった視線が離れない。
誰かの顔を一瞬思い浮かべたけれど、わからない。
焦燥感。冷や汗が顎を伝って落ちてゆく。
これから体験することをまるで分かっているかのように力を込めて目を瞑る。

頭の中に、人の悲鳴と電車の耳をつん裂くようなブレーキの音がこだました。



「おかえりなさい。朔希サキ
「、、あ、、わたし、、」
私を見下ろす子供の顔に、先程までの光景が記憶から急速に滑り落ちていくのを感じて頭が混乱する。

「大丈夫。また帰って来たんですよ。死後の世界に。」
性別のわからない美しい顔立ちのその子供がにっこりと微笑んで言う。
七宝シッポウ、今日って何月何日?」
ガバッと起き上がって尋ねると、今日が6月2日だと教えてくれた。

良かった。まだ日付は進んでいない。

私がここへ来たのは6月2日だ。
だけどここに来てから1度夜を越えた。
どうやら死ぬ前の世界と死んでからのここでは時間の概念が違うようだ。

朔希サキレイ呼んでくるね!」

七宝シッポウが部屋から出て行って、私はただ白いだけの部屋にぽつんと1人残された。
ベッドに寝そべったまま昨日の出来事をゆっくりと思い出してみる。

死んだら天国に行くと小さい頃思っていた。

死んだことはすぐに理解出来た。何があったか忘れてしまったけど、何か物凄く大きな衝撃と悲鳴や泣き声、そして自分のお葬式を見た気がする。
ハッキリ覚えている最初の出来事は、何か白く光る人物に手を引かれて上へ上へと向かっていたこと。
あぁ、天国へ行くんだな。そう思ってた矢先、今度は下へ下へと落ち始める。不思議と恐怖も何も感じずに、私はただそれまで見ていた景色が逆流して最後には真っ黒になったのを感じた。

信じられない事に、私を上へと引いていた者がうっかり手を離したらしい。

「おかえりなさい。朔希」

白い肌に薄茶色の髪の毛が肩にかかるほど長く。同じ茶色の綺麗な瞳と通った鼻梁、綺麗な形で笑みを作る唇。

ーそう、今私を覗き込んで悪びれもせず微笑んでいるこの人こそが、そもそもの元凶だ。

「何で日付が変わってないんですか?」
「ー?ちゃんと変わりますよ?」

私の疑問に絵に描いたようなきょとんとした顔で首を傾げるこの美しい人は名前をレイと名乗った。
もともとは羅網らもうと呼ばれていたらしいのだが、それは名前では無く記号のような物だと七宝シッポウが教えてくれた。
この人の仲間は皆こんなふうに人間離れした美しい見た目で、男を羅網ラモウ、女を蓮華レンゲと呼ぶ。よくわからないがそういう種族で、個々の名前はない。
私としばらく過ごすために便宜上れいと名乗っているということだ。
ちなみに七宝は男女の区別のない未成年の者のことをそう呼ぶのだ。

時間に関してよくわからないけど首を傾げる零に聞く気にはなれない。
そもそも私には、死ぬ前の名前や記憶も無くここがなんなのかもよくわかっていない。
七宝や零はここは天上ではなくて現世とあの世の間くらいだと私に説明した。
私は死んで成仏しきれずに今何とも中途半端な存在らしい。

「私の名前、どうなりましたか?」
部屋の一角にある衝立の影で、すぐそばに男がいることへの気まずさを感じながら渡された服に着替えると、零はまるで執事であるかのように私を食事の席に案内してくれた。

「今七宝達が探しに行っていますよ。早く見つかると良いのですが、、」
少しも困っていなさそうな言い方に私は
少々ムッとした。

「あなたは探しに行かなくて良いんですか!?そもそも零が七宝に仕事を押し付けた せいでこうなってるんでしょう!?」

「うーん、それは確かにそうです。少々忙しかったので、お迎えに行くぐらいは出来るかと七宝に行かせたのが悪かったのか、、」

「悪かったんです!完全に自分の仕事を人に押し付けた零が悪い。」
「それはそれは反省しましたよ。しかしまさか貴方を名前ごと落とすとは思いもしませんでした。」

やれやれ、とでも言いたそうに肩をすくめて、綺麗な指先で私のお皿に料理を取り分けてくれる。

ーよくわからない。
目の前の、正面から目を合わせてしまったら二度と目を離せなくなりそうな顔をじっくり盗み見ても、この人の感情がよくわからない。
天上の者、というくらいだから人間じゃない。はたして人間のような感情を持ち合わせているんだろうか??

「何です?そんなに見つめないで下さい。ちゃんと7日目までに名前、見つけますから」

見たことも無いよくわからない天上の食材を口に運びながら、私は無遠慮に零を見続ける。
身長は180くらいありそうで、細くしなやかな体躯だけれどその体型は女性ぽいわけじゃない。
女性の着物のような不思議な和装だが、時折見える腕や足元はちゃんと筋肉がついていて男らしい。
振る舞いは洗練されて優雅で、容姿と相まって天上人と呼ぶのに相応しい。
ただ彼は自分の事を“天上人としての禁忌をおかした落ちこぼれ”だと自己紹介した。

一方私はというと身長160くらい。筋肉があまり無いところを見るとスポーツをやっていた感じでは無い。
眉の上で切り揃えられた前髪、背中まで届く黒髪。少し気が強そうだけれど美人と言えなくもない、と思う。
年齢は見た目から20才前後か?この年齢で死んでいるんだから親はさぞかし悲しんだ事だろうと思う。
ーただ記憶が無いせいで、まるで人ごとのようだけれど、、。

「もしかして私に見惚れているんですか?」
目を少し細めて軽く結んだ口元の口角を少しだけ上げて私をからかう。
食事の手を止めていつの間にかじっと零の美しい所作や容姿を見ていた私は、からかわれて耳が熱くなるのを感じながら、

「み、見惚れてるんじゃなくて、コレはっていうんです!」

からかわれてムッとしてはみたものの、零がわざと作っているこの微笑はこれはこれで悪くない、なんて思うのだった。

朔希サキ、日付が変わりましたよ。」
零が唐突に言うので反射的に時計を見る

午前10時26分。
「え?今??」
「あなたの命が終わった時刻です。」
「ああ、そういう、、、」
「はい。人それぞれ日付けが変わる時刻はさまざまです。」

そう言いながら零は白く小さな時計を、今まであった時計の隣に並べて置いた。
その時計は0時1分を指している。私の時刻に合わせてくれたのだろう。

「零は?零の時計は?」
「私の時刻は、、天上は少し違うんです。あまり時刻にとらわれません。ーでも強いて言うなら今は夜中と言える時刻でしょうか」
「夜中!?じゃあ早く私の名前を見つけて私が成仏しないと、零も七宝もゆっくり眠ることも出来ないんですね!」

「ーえぇ、、まぁそうですね。」
感情の見えない完璧な微笑の奥に、淋しそうな光が蝋燭の炎のようにチリチリと揺れていることに、この時の私はまだ気づいていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

処理中です...