上 下
1 / 24

#1 友だち

しおりを挟む
フライヤーにポテトとオニオンを放り込んでから欠伸を噛み殺した。あゆむのせいで寝不足だ。

まったく自分の仕事が休みだからって夜中まで人の部屋で恋人の愚痴を聞かせるなんて。不満があるなら話し合うか別れるかしたら良いのに。喧嘩しては愚痴っているくせにもう2年は付き合ってるはずだ。
次の恋人を作るのが簡単じゃないのはわかっているけど、お互いに浮気したり遊んだりして喧嘩になってまた仲直りしてっていう付き合い方は俺には到底理解できない。

そもそも俺は“恋人”という存在そのものに不信感を持っている。自分が好きになる人が運良く自分を好きになってくれるなんてそうそうある筈もない。いったい世の中の恋人は何を信じて付き合っているんだろうか。

「はい、お待たせしましたー!」
心に浮かんだ冷めた恋愛観とは裏腹に特大の営業スマイルでポテト&オニオンを差し出すと女子高生たちが嬉しそうに受け取った。
「和倉さんありがとー!またくるね!」
「はーい、また来てね」
手をヒラヒラ振って見送れば女の子達は肩を寄せ合ってキャーキャー言いながら出て行く。
ありがたいことに、俺なんかに会いに頻繁に通ってくれる女子高生がちらほらいて、たまに連絡先を聞かれたり告白されたりなんかもする。

ー、、けど女子高生にモテてもなぁ。
モテる事は嬉しくないワケじゃない。だけど、相手とどうにかなりたいなんて全く思わない、、。
相手はあんなに可愛い女子高生なのに?、、じゃない。女子大生だったとしても付き合おうとは思わない。
そんなことって普通あるか、、?

今まで何度も自問自答した問題をため息で軽く吹っ飛ばしてカウンターの周りを拭いていると新しい客が入って来た。

「いらっしゃいませ」

3人連れのその客の、最初に目を引いたのは車椅子に乗った男の子だった。
この店の斜め向かいには大きな総合病院がある。なのでたまに病院に通っている人や、外出許可が出たらしい患者が客としてやってくる。
その男の子も着ている服からしてそんなところだろう。車椅子の横に小学生くらいの女の子がいて、車椅子の少年と兄妹らしいことは想像がついた。
目を引いたとは言っても車椅子で店内に不便はないかと注目しただけで、特に珍しくもない3人連れだった。
、、そのはずだった。それが、メニューを見ている彼らの中の1人に何気なく視線をやった時、俺はその笑顔から目を逸せなくなってしまったのだ。

ーえ?あれ?、、もしかしてこいつって、、

「ねぇ、何個頼むの?3個?」
「そんな食べらんないでしょ。2個で良いんじゃない?」
「じゃあ私コレ!」
「ん、良いよ。司くんは?」
「僕普通のやつが良い。」

俺が見ていたその男は、車椅子を押していた人だ。
買うものが決まって、その男は注文しようとふと視線を上げて俺を見た。
「すみません、じゃあコレと、、ー、、」
「あ、、」
俺を見て言葉を切った。俺も驚いて思わず見つめ合ったまま言葉を失った。

「?先生?どうしたの?」
「川原先生?」

兄妹が不思議そうに、言葉を失った2人を交互に見ていた。

「やっぱ、、川原、、?」
「ー和倉、、?だよね?」
驚いて見開いた茶色がかった瞳にも、透き通るように白い肌も、折れてしまいそうなほど細い腕にも見覚えがあった。

川原 朋紀かわはら ともき。高校の時の同級生だ。
ーいや、ただの同級生とは違う。
川原は俺の命の恩人だし、あの頃のヒリヒリした心を支えてくれた同志のような存在だった。

「すっごい久しぶり」
彼は懐かしそうに目を細めて笑った。
「すっげぇ久しぶりだよな。高校以来だから4年くらい?川原元気だった?」
「元気元気。」
一旦調理場へ入り、5分も経たずにポテトを手渡す。
「な、今度ゆっくり会わない?夜でも良いし。また来るよ。」
「あ、じゃあ、俺店閉めるの20時頃だからそれ以降ならいつでも」
車椅子を押しながら川原が頷いて、「じゃあ近々夜来るわ」と言って出て行く。

ここにまさか川原が来るとは思わなかった、、。あいつって高校辞めた後東京で入院した筈だったよな?戻って来たのか、、?いっときの帰省?にしても川原の実家が引っ越していなければこことはずいぶん距離があるはずだ。

なんにせよ数年ぶりに会った川原に対する感想はただ一言に尽きた。

“ちゃんと生きてて良かった”

そしてその感想は川原の方も同じだろう。

どうにか生きること。、、それが高校時代に俺と川原が交わした約束だから。

連絡先も交換せずに別れたからもしかするともう会えないんじゃないかと思ったが、川原はその3日後の閉店間際に一人でふらりとやって来た。


油を落として閉店作業をしながらカウンターの向こうをチラリと覗くと、テーブルについた川原がスマホを見ている。
再会から3日後の今日、10分程前に「このあと時間ある?」と店に来たのだ。

川原に対しては“友だち”という認識は高校時代から持っていない。待ち合わせとか、一緒に出掛けるとかそんな事をした事が無い。
彼とは“友だち”とは別な、もっと重たいものを共有していた関係だ。
だから川原が俺に会う目的でここに来たというのが妙に新鮮だった。

「何飲む?ソフトドリンクしかないけど」
閉店作業を終えてついさっき揚げたポテトをテーブルに置くと、川原にソフトドリンクのメニューを見せる。
「あー、、じゃあウーロンでお願いします」
「おっけー」
カウンターに入ってウーロン茶を2杯用意していると川原は店内をキョロキョロ見回して「ここ和倉の店?」と聞いて来た。
「そ。一応店長。あ、でも雇われね。もともと違う店舗でバイトしてて、ここがオープンする時に社員になったんだよ。」
「へぇ、すげぇな。」
「川原は?いろいろどうなん?」
仕事の事、学校のこと、病気のこと、、数年ぶりの彼に具体的に聞いて失礼にならないものがどれかわからず俺は曖昧に聞いた。

俺が知っている川原は、心臓の病気で長期入院したせいで高校を留年、運動は禁止で時々発作に襲われて、いつ死ぬかもわからないから恋人も作らないし、学校には特に親しい友だちも居なかった。そして俺が卒業する時に川原は出席日数が全然足りずに結局高校を辞めていた。

「ざっくり言うと、ー、」
川原は思い出すように視線を上へ向ける。
「東京で入院しながら通信で高校は卒業した。そのまま命の危機が何回かありながら3年近く入院して、、それで移植受けた」
「え、、移植って、、」
「心臓な。そのおかげで俺は今健康体」
川原が胸に手をあてて笑った。
「何か、俺には想像つかない話だけど、、ずいぶん大変な事になってたんだな、、そっか、健康体、、良かった」
「とは言ってもまだ通院はしてて、そこの病院に転院してきたのが半年くらい前。」
「え、そんな近くにいたんだ?」
「な。俺もびっくりだわ。和倉にまた会えるなんて思ってなかった」
「俺ら、連絡先も知らんかったもんね。せっかくだからさ、教えてよ。これも何かの縁ってことで」
俺の言葉に頷きながら「今更だと何か照れるな。」とはにかむ川原を少し見つめてしまった。

川原は俺より1歳とし上だった。
高校の時は、まぁ病気の事や留年のこともあってかひとりで居ることが多くてあまりオープンな雰囲気ではなかった。話せば普通に話せたが、自分に踏み込まれることを避けていたと思う。
だけど今はすごく柔らかい雰囲気だ。高校時代より人当たりも表情も懐っこい。

「和倉ってこの近くに住んでんの?」
「こっから歩いて5、6分かなー。そのうち遊びに来る?」
「うん、行く行く。」
社交辞令とも冗談ともつかない俺の言葉に、川原も同じように軽く返す。
「川原は?実家?」
「いや、そこの病院の裏側のマンションに住んでる。こっから歩くと20分くらい。わりとご近所さん」
「え、なに、もしかして一人暮らし?」
「したかったんだけど、今は兄貴と一緒。たぶんまだ心配されてんだよな」
ハハハと笑っていた川原がふと何か思い出したように、俺を見た。
「そういえば、ふた月位前の同窓会、、俺にも案内来たんだけど、和倉って行った?」
「あー、、いや、行ってない。ー店もあったし、、、つーか、高校の友だち、もう誰も会ってなくて、、」
歯切れの悪い俺を川原は少し伺うようにみて、その話題に深入りせずにサラッと話題を変えた。

そういう川原にホッとした。あの頃のように、川原になら曝け出しても構わないと思った。なんせ高校時代にこれ以上無いくらいのことを曝け出してしまっていたから、、
ただその反面、せっかく再会したのだから、余計な事は話さずに友だち付き合いが出来れば良いとも思った。

「俺けっこう和倉に会いたかったんだよ。移植したこと和倉には伝えたくて、、でも連絡も取りようがないし、、だからすっげぇ嬉しい」
そう屈託なく笑顔を見せるから、なんだか恥ずかしくなる。
俺だって会いたかった、、辛い時には必ず川原を思い出したくらいだ。けどもう会う事はないと思っていた。

その後しばらくお互いに近況なんかを話しながら俺達は初めて楽しく時間を過ごした。
俺は川原の笑顔を見て、何か止まった時間が動き出す感覚を味わった。
取り繕った平和主義者のような俺じゃなく、あの頃川原にだけ見せた本当の自分の時間、、。そんな悩ましいヒリヒリとした時間が川原の笑顔と一緒にまた動き出す感覚だった。
しおりを挟む

処理中です...