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第二章 シャインブレイド
2:アダムとティータイム
しおりを挟むアシュリーは、呼び出されたアダムの部屋にまさかの二人きりでいた。
「そんなに緊張しないで?」
アダムは苦笑いで、目の前にカチンコチンに固まって座るアシュリーに言った。
「もっ、申し訳ありません! まさか二人きりだとは思わなかったので……」
全快した今日のアダムは、前回会った時の気怠い色気を伴う綺麗さではなく、明るく神々しい美しさだった。
綺麗な男性に慣れていないアシュリーは、今日も居心地が悪くて仕方がない。
「ああ、陛下の話を聞きたくて呼んだのだ。だから、他の者には席を外してもらったよ」
「……はい。そうですよね。もう大丈夫です!」
アシュリーはフーッと深呼吸する。
「それで、最近の陛下の様子はどうかな?」
アダムは紅茶を飲む姿もとても絵になる。
見惚れそうになるのをアシュリーは、首を振って制した。
「はい。身体は大変お元気そうです。……物忘れについては、日常生活には明らかな支障を来してはおりません。しかし……」
「しかし?」
アダムは間髪入れずに先を促す。
「時々、うっかりした様子が見受けられることがあります……」
「うっかりした様子とは、具体的にどのような感じなのかな?」
「はい。私に物を預けたことを一瞬忘れたりです。少し考えれば思い出すのですが……」
アシュリーは予想通りの質問に、準備していた例えを冷静を装って答える。
「そうか。やはり、少しは症状が出ているのだね……」
アダムの苦笑いに、嘘をついていることを申し訳なく思うのを誤魔化すように、アシュリーは紅茶を一口飲んだ。
「……病は人の心を弱くさせてしまうと思うのだ。だから、あの強い陛下が君を受け入れたのだと思う」
「えっ?」
アシュリーは顔をあげてアダムを見る。
「私は良かったと思っている。アシュリーの母上であるマーズ様のことはよく聞かされていたし、母のそばに気のおける人がいてくれるのは、私たちにとってもとても心強いことだからね」
アダムはティーカップを置き、真っ直ぐにアシュリーを見て言う。
(お身体さえ弱くなければ、アダム殿下が王太子となり時期国王で何の問題もないのだろうな……)
柔軟で物腰が柔らかいが、芯のあるアダムの独特のオーラに、アシュリーは思わず心の中でそう思った。
「……そう言っていただき、ありがとうございます。……殿下は今"私たち"とおっしゃいましたが、ご兄弟の他の王子殿下方とは、よくお話になられるのですか?」
「ああ、定期的に会って話をするようにしているよ。イーサンとオーウェンは自分から会いにも来てくれるしね。ヴィクターは中々会えないが、城に来た際には私のところにも必ず立ち寄るように言っている。エイダンは来てはくれないから、私から会いに行くかな」
最後にハハっと笑ったアダムの笑顔は、本当に綺麗だった。
「そうなのですね。仲がよろしいようで何よりです」
「ああ、そうだね」
アダムの優しい雰囲気と言葉に、アシュリーの緊張は解けていく。
「ご兄弟では、どのような話をされるのですか?」
(さぐっているっぽいかな?)
自分でした質問に、アシュリーはそう思った。
少しドキドキしながらも、アシュリーはアダムを真っ直ぐに見る。
「そうだね。近況報告が主だね。あとは、勿論最近では陛下のことも……」
最後は少し寂しそうな顔でアダムは答えた。
その表情に、アシュリーは同情心が浮かんでしまう。
「……お父上であるローレル殿下を亡くされて一年程で陛下の病気が発覚して、とても心が痛まれますよね……」
アシュリーは思わずボソッとそう呟いた。
「ああ、そうだね。父の死に方も悪かったしね。その上で、陛下もこの病だ……。勿論病気はどれも大変だ。しかし、自分自身を見失っていく病は、本人は勿論、周りの者も見ていて本当に辛いだろう」
アダムの言葉に、アシュリーは胸が痛くなる。
「はい、そうですよね……。陛下は同じ病気のお母様である前王妃殿下を看病なさっていたそうなので、余計に自分のこれからが容易に想像が出来てお辛いでしょうね……」
「そうだね……」
そこでアダムは、アシュリーを見て"フッ"と笑った。
「このような話を出来る相手が出来て嬉しく思うよ。弟たちとは、感情の部分の話は中々しないからね」
「……私でよければいつでもお話をしましょう」
アシュリーも穏やかな笑みで返す。
二人が一口ずつお茶を飲んだところで、アシュリーは勇気を出して尋ねた。
「あのっ、もう一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
「ん? ああ、勿論だよ。答えられることなら何でも答えるよ」
緊張した表情のアシュリーを見て、微笑みながらアダムはいう。
「ありがとうございます。……先程、"身体が弱いと心も弱くなる"と仰りましたが、殿下もそうなのですか?」
「ハハッ」
面白そうに声をあげて笑うアダムに、アシュリーは驚く。
(それほど面白い質問ではないと思うのだけれど……)
「これは失言だったな。第一王子ともあろう立場で弱音を吐いてしまった」
アダムは、わざとらしく右手を額にやり軽く天を仰いだあと、アシュリーを見て言った。
「陛下がそばにおいているのだから、アシュリーはきっと、聡明で口が堅いのだろう」
「……陛下以外には決して口外いたしません」
「ハハッ。そうだね、アシュリーが忠誠を誓う相手は陛下だものね」
そう言ったあとでアダムは、カチャンとティーカップをテーブルに置き、苦笑いを浮かべて言った。
「身体の弱い自分が、自分で嫌になることもあるのだよ……」
アシュリーはいきなりの弱音に驚き、目を見開いた。
しかし、何故かアダムから"弱さ"は感じない。
芯の強さがあるからこその発言のように感じたのだ。
(当然、今までに何度も弟達と自分を比べて落胆されたことでしょうね……)
「……生意気なことを言わせていただきます。私が思うよりもずっと、辛い想いをなさって来たのだと思います。しかし、その事実も含めて殿下です。殿下のそのお優しさは、人の心の辛さや痛みなどに対する想像力が豊かだからではないでしょうか?……少なくとも、私にはそう感じました。たった二回しかこうしてお話をしていない私でも、殿下の優しさをひしひしと感じます」
アシュリーは少しでも励ましになればと、想いを込めて言った。
アダムは驚いた顔をしている。
「ありがとう。素直に受け取っておくよ。……君みたいな子が陛下のそばにいてくれて、本当に嬉しいよ」
そして、今日一番の笑顔でそう言ったのだった。
アシュリーもまた、返事の代わりに今日一番の笑顔を返した。
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