精霊王の番

為世

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第一章 雑魚狩り、商人、襲撃者

第5話

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 元々、星の七割は海でした。
 海には多種多様な生命があふれ、空には龍が舞い、大地は隆起して山や谷、森といった様々な環境を育んでいました。

 人間はその中で最弱の生命でした。

 しかし、彼らは「知性」を持っていたのです。

 他の生物と比べ膂力に劣る彼らは、岩を削って武器を作りました。
 また、他の多くの生命が恐れる「火」の存在を理解して生活に取り入れることもしました。

 人間は少しずつ勢力を伸ばしていきました。

 ある日、人間の中でとりわけ強かった者が、自身の”守護霊”の存在を理解しました。

 人は生まれた時から、誰に教えられずとも自身の身体の扱い方を知っています。食べること、呼吸すること、眠ることが生きるために必要である事を知っています。
 その事実から、「自身の潜在能力により詳しい、”もう一つの魂”があり、その影響を受けて人は生きている」と考えたのです。

 そして彼は、自身の守護霊と対話する事で、内なる潜在能力を開花させることが出来ると知り、それを繰り返すことで人はより強くなることが出来ると理解したのでした。

 彼の魂はをしていました。

 彼の守護霊は武器の扱いに長け、火を自在に操り、あらゆる生物を狩り尽くしました。

 やがて彼は守護霊を、「自身の特性を知り、その意思によって、運命へと導くもの」として、「ガイズ」と名付けました。

 その圧倒的な”個の強さ”から、彼は後に「魔王」と呼ばれる事となります。

 そして同時に、人間は環境をも支配していきました。

 山を削り、森を切り開いて生活圏を広げ、それが限界に差し掛かると、今度は海に土を入れて大地を広げることもしました。

 ある日、人間の中でとりわけ自然の知識に明るかった者が、”精霊”の存在を理解しました。

 この星で起こるあらゆる現象には全て法則があり、それを理解して操る力が人間にはあると考えたのです。

 彼女の知識欲は留まる事を知らず、火の原理や水の性質、風の吹く流れと天候の関係など、それまで「神の所業」と呼ばれていた事を次々に解明していきました。

 彼女はこれらを、「星にただ存在し、知ることで人間に力を与えるもの」として、「フェノン」と名付けました。

 その功績から、彼女は後に「精霊王」と呼ばれる事となります。


 そして遂に空の龍を狩り、人間の内なる病すら克服し、、遂に人間の時代が幕を開けたのです。



 授業では、そんなことをハルは習った。

 昔の人は───ごく一部を除いて───守護霊を満足に操れなかったらしい。
 ならば自分にも、やがて守護霊が出せるようになる日が来るのではないか。

 そんなことを密かに考えるハルに、ナツが声を掛ける。

「あの人、”雑魚狩り”なんて呼ばれてるらしいぞ」

 当然、ハルは知っていた。
 街で聞いた言葉をきっかけに、ギルドで調べたのだ。

 受付嬢は個人情報として開示を断ったが、ギルドに集う他の人々からは、幾らか情報を得ることが出来た。

 世界のおよそ三割もの精霊を既に人間は支配下に置いている。これが五割を越えれば、世の理すらも人間の思い通り、具体的には新たな生命を創造する事なんかも可能になると言われている。
 そんな世界で、龍などの強力な霊獣がいなくなった今、その平穏に満足することなく、人間は次なる敵を求めた。

 同族内での序列に拘り出したのだ。

 よって、現在世界では対人戦闘が空前の大ブームである。
 人間同士が、自身の守護霊の覇を競い合う対人戦闘では、細かくルールも決められている。

 力ある者は、より多くの精霊を従えることができる。

 精霊とは世界の秩序。その保有量が多い程、世界に与える影響も大きくなる。
 近年では操る精霊の量に応じた”ランキング”なども公表され、ブームを更に囃し立てている。

 いにしえの精霊王の名に因んで、「マリアランキング」と呼ばれている。

 そんな世界で、未だ霊獣狩りに精を出している青年を嘲る表現として、”雑魚狩り”の異名が付いたのだ。
 本人は全く気にしていない様子だが。

 授業を終えたハルが教室を出て帰ろうとした時、廊下で他の生徒が声を掛けて来た。

「何だお前、また来てたのか?」

 明らかに友好的ではない言葉に、ハルは顔を顰める。
 振り返ると三人の生徒がこちらを見ていた。

「うん。 勉強しないと将来困るからね」
「お前、守護霊フェイド出せねぇ癖に勉強したって意味ねぇだろ」

 随分な言い様である。

 廊下には他にも生徒が散見されたが、彼らはいずれも我関せずの態度で傍観している。

 ここ、霊術学校では、登録すれば誰でも授業を受けることが出来る。そのため、本来既に登録を終えているハルがここに居る理由を問われる謂れは無いのだが、彼に至っては事情が違った。

守護霊フェイドが出せねぇお前に、”駆霊術”は使えねぇんだからよ」

 ハルは未だ、自身の守護霊を発現させていない。

 ”駆霊術”とはその名の通り、精霊を使役する手段の総称である。人間はその守護霊に精霊を纏わせる事で、様々の現象を引き起こす事が出来る。ナツが喧嘩で火を撃ち出したのもこれである。

 研究が進んだ現在、この駆霊術は一般常識の如く市井に浸透している。あらゆる職業でこの駆霊術が必要とされている。つまり、守護霊を使えないハルは、そんなあらゆる職業への適性が無いことを意味する。

「出せないんじゃない。 出した事がない、だ。 いつか出せるようになった時、困らないように今勉強してるんだよ」
「そんな事は聞いてねぇんだよ」

 少年の一人がそう言ってハルの言葉を遮る。
 彼らは初めからハルとの対話を目的としていない。

 その人間関係の形は、古今東西様々の集団で観測された排斥のコミュニケーション、即ち”いじめ”である。

 彼らはただ、守護霊の使えないハルを自分達より”劣っている”と評価し、一方的に攻撃したいだけなのだ。

「次来たら痛い目見せるって言ったよな?」
「約束通り一発入れるぞ、わかったら歯を食いしばれ」

 少年達はハルを取り囲み、醜い笑みを浮かべていた。
 そんな時だった。

「《シルト》」

 ハルの後方から少女の声が聞こえると同時、ハルの周囲を不可視の障壁が囲った。
 すると次の瞬間、ハルを囲んでいた三人が次々に膝を折って倒れた。
 息はしている。昏睡状態になったようだ。

 三人が行動不能になった事を確認したハルは、後方を振り返って友人に礼を述べる。

「助けてくれてありがとう、アキ」
「ううん、気にしないで。 でも本当下らない。 何で男子ってこんな馬鹿ばっかりなの?」

 すると、傍観していた野次馬の一人が呟く。

「出た、”毒処”のアキだ」

 可憐な少女には似つかわしくないこの異名が、少女・アキの本質を最も正確に表現している。
 彼女は、毒に魅せられその魂を捧げた”狂気マッド的研究者サイエンティスト”として、この霊術学校で恐れられている。

「ヤベ、こっち見たぞ」
「早く帰ろう」

 この様に、目を合わすだけで同級生が逃げ帰る始末。「アキの守護霊は、見ただけで石にされる」と専らの噂である。

 今回、アキの障壁によって毒の効力を受けなかったハルは、しかしその背筋に冷たい汗が伝うのを感じながら努めて明るく話す。

「いやぁ、いつもながらごめんね。 僕はこの子達を医務室に運んでから帰るから、アキは先に帰って良いよ」
「放っておけば良いよ、そんな奴ら」

 ハルの提案に対し、アキは冷たく言い返す。

「毒は少量なら薬にもなるの。 これでコイツらの足りない頭も、ちょっとはマシになるんじゃない? ……いっけない! 薬代貰わないと!」

 言いながら、アキは眠ったままの同級生の荷物を漁り、手際良く財布を取り出すと、その中身が空になるまで強奪した。
 やっていることはチンピラのカツアゲと同じだが、ハルの目に映るのは幼馴染の少女である。

「じゃあ行こっか! 臨時収入が入ったし、何か甘いもの食べて帰ろうよ!」
「いやっ! 僕はやめとくよ! 早く帰って来いって言われてるから!」

 ハルは凄まじい勢いで首を横に振り、少女の誘いを断る。もちろんハルは、友人がスイーツに毒を盛るなんて微塵も思っていない。そう信じている。いや、願っている。

「ほら、例の襲撃事件! 犯人まだ捕まってないでしょ? 危ないから、アキも早く帰った方が良いよ!」

 どんな凶悪な犯罪者よりも、今はご機嫌な少女の方が怖い。
 彼女はいつも「ちゃんと解毒してあげるから!」と言いながら嬉々として同級生を新薬の実験台にするのだ。今その発作が生じたら、人類の進歩の犠牲になるのは間違いなく自分である。

「えぇー。 じゃあちゃんと家まで送ってね」
「もちろん良いよ!」

 少女の機嫌が良い事に一抹の不安を覚えながら、二人は帰路に着く。

「ねぇねぇ、そういえばこの前の黒髪のお兄さん、カッコ良かったよねぇ~」
「そうだねっ!」
「あのクールな感じ、良いよねぇ。 男子が皆あぁだったら良いのに」
「そうだね!」
「あ、あとね、”僅かな海ライヒトメア”の”海神かいしん”様って知ってるでしょ? あれね、”ジェムシュランゲ”っていう霊獣なんだけどね? なんかね? 凄い毒を持ってるらしいの! 見てみたいなぁ~」
「そ、そうだね」

 ハルは目まぐるしく変化する少女の表情と話題に、適度なタイミングで素早く短い相槌を打つのだった。
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