精霊王の番

為世

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第一章 雑魚狩り、商人、襲撃者

第17話

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「来る途中、身内と出くわしてな。 何も言ってないが、色々バレたかも知れん。 すまん」
「いや「すまん」じゃねぇよ」

 フジマルと別れた後、青年はローブスと約束した集合場所の工房に来ていた。

 工房には既に、ローブス、カルロの二人が待っていた。

 青年は道中、フジマルと出会って───というより、待ち伏せされて───話をしたが、約束の時間には間に合っていた。

「いつもの霊獣狩りじゃねぇって言ったよな? 隠密に頼むとも言ったぞ」
「まぁまぁ頭、あんちゃんも謝ってんじゃねぇか。 それに、何も言ってないんだろ?」

 カルロは無事、荷運びの依頼を達成していた。
 そして休む事無くカルファンへと帰って来ていた。
 本当に寝なかったようだ。

「あぁ、今回の依頼に関することは本当に何も話してない。 ただ、異常に察しの良いオッサンだ。 万に一つ、目的に勘づいてる可能性がある」
「万に一つ、か……」

 ローブスが今回の作戦を過剰に秘匿したがるのは、”ルーベルト条約”があるためだ。

 ルーベルト条約は霊獣の乱獲を禁ずる他に、特定の霊獣の保護も規定している。

 現在、この星で”海”と呼ばれている地形は、この東の国ジーベルの”僅かな海ライヒトメア”を除いて他にない。従って、”海神ジェムシュランゲ”の住処もここだけなのだ。そして現在まで”海神”の幼体は確認されていない。
 今回のターゲットである”海神”はまさに、その条例の規定する保護対象の霊獣なのである。

 信仰の対象である以前に、そもそも人間が手を出すことを禁じられた獣なのだ。

「何もバレたと決まった訳じゃない。 それに、もしバレてたとしても、うちのオッサンが周りに言いふらすことは考えにくい。 決めてくれ、ローブス。 保険を掛けて様子を見るか? まぁ、時間が経てばそれだけバレるリスクも高まるが」
「……待て、今考えてる」

 青年はこう言っているが、実際問題ローブスに「様子を見る」という選択肢は無い。

 これは、競争でもある。

 ローブスと同じことを企む者が、他に居ないとも限らない。恐らく、”スターン”のアランが配下をこの街に寄越したのもこれが目的だろう。

 ローブスはその情報網でもって今回のチャンスを見極め、事前から入念に準備を整えて今に至る。
 ”星の祭典”の予見、工房の設置、人材の確保、これらが現在ローブスの持つアドバンテージの全てである。
 時間が経てば、それだけ他の同業者に準備の期間を与えることになる。

 何としても今回の作戦はモノにしたいとローブスは考えていた。

 だから、答えは既に決まっていた。

「……悩んでも仕方ねぇか。 おい、皆集まってくれ。 作戦の概要をもう一度確認する」
「……やるんだな? ローブス」
「あぁ、ここまで来て引き返す手はねぇ」

 ローブスにとっての幸運は、青年の存在である。

 ルールに則ったスポーツとも言える対人戦と違い、霊獣との戦いはどちらかが死ぬまで削り合う反則無用のデスゲームである。
 対人戦では無類の強さを誇るカルロですら、砂漠では巨大シャーレに遅れをとった。
 霊獣との戦いで鍵となるのは、実力ではなく相性なのだ。

 その点、今回の作戦では霊獣狩り専門を自負する青年が参加している。
 彼を戦力に数えることで、作戦の失敗は有り得ないものとなる。

 懸念事項があるとすれば、人間の法による制裁、或いは地元住民の反発であろう。

 しかし、前者の制裁については既に、掻い潜る算段をつけていた。

 コネクションを広げる利点は情報の確保だけではない。
 国家機密すら耳に入るローブスには、その筋の”知り合い”も多く、既に彼らへの根回しは済ませていた。

 「生捕りにする事」「生態を解明して養殖を可能にする事」「その技術の権利を共有する事」、これらが政治にかまけて私腹を肥やす、政界の古狸と交わした約束である。

 商人であるローブスは当然これを履行するが、彼らにはその分しっかりと後ろ盾としての役割を果たしてもらおう。そう、ローブスは考えていた。

───地元住民の反発については……。

 今考えても仕方がない。何か起きたらその時に対応する。それ以上の対策は今のところ無い。

 考えを整理し、ローブスは静かに覚悟を決めた。

「まず、目的地までの道中だが……」

 真剣な表情で作戦について説明するローブスと、二人はそれぞれの面持ちで向き合うのだった。



「右前方、来るぞ」
「あいよ!!」

 青年の声を聞き、雇われ冒険者の1人が守護霊を召喚し前へ出る。

「ケェェエェエエンッ!!」
「《火の矢フラム・プファイル》!!」
「おい炎はやめとけ、森に延焼したら退路が無くなる」
「あ、悪い」

 カルロは樹々の生い茂る森で火の気を放った事を青年に咎められていた。
 しかし、流石は名のある用心棒と言ったところだろう。飛びかかってきたフリューゲルに対し、出会い頭に炎の矢を撃ち込み、一撃で撃破していた。
 炎の加減も良かったのか、今のところ延焼の気配も見られない。

「素材は捨て置け! 回収は明日以降行う! 目的地はすぐだ、気を抜くな!!」
「左前方、二体来るぞ」
「おうよ!」

 再度青年から指示が飛ぶ。

 目的地までの道中、三人は縦一列に並び、進んでいた。

 その中心で、青年は体力温存のため索敵に専念するよう、ローブスから指示されていた。
 青年はその破壊的に優秀な霊視能力によって、進路の妨げになるであろう位置の霊獣のみを捕捉し、前衛を務めるカルロに指示を出す。
 また、青年はこの土地の地理に明るい。彼の指示により、一行は予定より遥かに早く目的の海に到着しようとしていた。

 ここまでは青年の想定通りであった。

 ただ、二つ気になる点があった。

「……来なくて良かっただろ、ローブス」

 一つは、作戦にローブスも参加していた事である。

「あん? 護身術程度なら多少の覚えはある。 別に足引っ張ってねぇだろ」
「いやそうじゃない。 必要無いって言ってるんだ」
「言い過ぎだろ! 特別な獲物だ、研究のためにも野生の姿は自分の目で見ときてぇ。 何言っても俺は帰らねぇぞ! 一流の冒険者なら、しっかり依頼主を守りやがれ!!」
「……怪我しても知らねぇぞ」
「いや怪我はしたくねぇよ、ちゃんと守ってくれ!」

 青年は、ローブスならもっと合理的に、利益のみを考えて行動すると思っていた。しかしその考えは外れた。
 完全に興味本位でついて来ている。

 そしてもう一つ、青年には気がかりなことがあった。

 ローブスの同行などよりむしろこちらの方が問題なのだが、現状青年に手が出せる状況ではない。よって青年は、思考を振り切って目の前の作戦に集中する事にする。

「……もうすぐ目的の海だ。 頼むから大人しくしていてくれよ」

 三人は森を抜けた。

 そこは開けた空間が広がっており、月明かりが差し込んでいた。
 目の前には広大な湿地が広がっている。

「これが、”僅かな海ライヒトメア”か……」

 特に感動のない声色でカルロが言う。

 それもそうだろう。

 ”僅かな海ライヒトメア”はその名の通り、海というにはやや規模が小さい。岸に立った時、海の先に対岸が見えている事からも、「湖」というのが適切な表現であるように思えた。

 しかし、ここは間違いなく海なのである。

 枯れた現在の星では比較するものがなく、他に海と呼ぶべき地形が無い。よって、これが海と呼ばれることを疑う者はいないのだ。

「何ぼーっとしてる。 位置につけよカルロ。 失敗は許されないぞ」
「あぁ。 結界は何枚張る?」
「八枚だ。 ガチガチに頼む」
「……無茶言ってくれるぜ」

 カルロの役割は、”防御”である。
 ローブスという非戦闘員を抱えた今回の作戦では、依頼主の人命が最優先保護対象となっていた。

「あんちゃん、カルロの指揮権もお前にやる。 好きに使え。 俺も結界くらい自分で張れるしな」
「それは良いが……。 頼むから下がっててくれ」

 ローブスが戦闘中に変な気を起こさないことを、青年は切に願う。

「……位置についたな。 頼む」
「あぁ。 行くぞ?」

 青年の呼び掛けに応え、カルロが守護霊を召喚する。

「《霊挑発》!!」

 静かな海に、カルロの声が響く。

 次の瞬間───。

「ヴオオオオオオ!!」
「出たな。 お前が”海神ジェムシュランゲ”か」

 耳を擘く鳴き声と共に、激しい水飛沫をたてて霊獣が姿を表した。
 全身を氷のように透き通った結晶に覆われたその姿は、月明かりに照らされて神々しいまでに輝いている。
 信仰の対象となるのも納得の美しさである。

「《八重の盾アハト・シルト》!!」

 霊獣の出現と同時に、カルロは自身の守護霊に命じて不可視の障壁を張る。

 《霊挑発》とは、自身の保持する精霊をただ無闇に放出するだけの技術である。
 霊獣の目は霊指数のみを見ているため、手頃な精霊を発見すれば、捕食衝動に駆られて攻勢に出てしまうのだ。

───バリバリッ
「今回、依頼主様は生捕りをご所望だ。 あんまり暴れてくれるなよ……!!」

 青年が漆黒の守護霊を召喚し、駆け出そうとした時であった。

「ぎゃああぁぁぁ! 助けてくれー!!」

 海神に負けず劣らずの悲鳴が、青年たちの後方の山から響いた。

「……なんて間の悪さだ……!」

 青年は呟くと、踵を返して走り出す。

「おい!! どこ行くんだ!!」
「ヴオオオオオオオオ!」

 ローブスが青年を呼び止めると同時、海神の尾がカルロの結界を叩いた。

「二枚逝ったか!? 全然足りねぇじゃねぇか!!」

 カルロは驚きの声を上げる。
 しかし、今はそんなことに構っていられない。
 青年は立ち止まるとローブスを見据え、要件だけを伝える。

「悪いが、行ってくる」
「どこに!?」
「持ち堪えられるはずだ。 「結界くらい張れる」んだろ?」
「なっ!」

 助けを求める声は、少年のものだった。
 青年の霊視が複数の霊獣を捉える。一刻を争う状況であることは、ローブスとて理解しているだろう。

 ローブスを含め、二人がかりで全力で守れば数分は耐えられるはずだ。
 その間に行って、戻る。

 造作もない事だ。

「……早く戻れよ!」
「恩に切る」

 青年は霊視を全開にして状況を把握すると目的の地点へ跳んだ。



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