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第二章 神の手に阻まれる幼き日の夢
第33話
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「……霊獣か?」
遠方をただ見据えるアイビスに対し、カルロが声を掛ける。
「みたいだな。 数は、十匹ってとこか。 固まって近付いて来てる」
「ほう。 近いのか?」
カルロはアイビスの返答を聞いて、更なる質問をする。
「いや、まだ距離はある。 だがかなり速いな。 これだと、言ってる間にこの”村”に辿り着くだろう」
「そうか。 俺にはさっぱり何も見えん。 流石だな、アイビス」
カルロは実力のある戦闘職と言える。しかし、彼がその真価を発揮するのは戦闘の中だけで、普段はおちゃらけた様子から分かる通り、ただの陽気な男なのだ。
彼の霊視にはムラがある。アイビスはそう評価していたため、カルロが霊獣の接近を察知出来なくとも驚くことは無かった。
「で? やるのか?」
「この統率の取れた行動を見るに、群れだろう。 面倒くさいが、やっと着いた拠点を破壊される訳にはいかないからな」
”村”に住む多くの人間は戦闘を得意としていない。彼らはまともな駆霊術を扱えないのだ。十匹もの巨大化した霊獣の襲来は、そんな彼らにとっては悪夢そのものだろう。
そしてその霊獣達の狙いは、高度の霊指数を持つアイビス一行であると予想できる。災いを招いておきながら、知らんふりという訳にもいかないだろう。
そう思って、アイビスは決断する。
「……ルイスと言ったか。 悪いが俺達は用が出来たんで行ってくる。 邪魔したな」
「あぁ。 それは構わないよ」
白髪の青年は、最後まで微笑みの表情を崩すことなく二人を見送った。
「あんたが”村長”か?」
「あ、あの、はじめまして!」
ハルを伴って”村長”と呼ばれる立場の人間に会いに来たローブスは、自身の目の前の初老の男にそう声を掛ける。その様子を見ていたハルは、緊張した表情で挨拶をしていた。
村長は何やら子ども達数人の相手をしているようだったが、声を掛けてきたローブスを一瞥すると、子ども達に席を外す───と言っても、青空の下に広がる砂色の大地に「席」などと呼べるものはなく、単なる比喩表現であった───よう指示していた。
「……”村長”か。 その呼び方はあまり好きではない」
初老の男はそう言ってローブスに向き直った。
「私はフーズ。 この”村”の一員じゃ」
「……そうか。 これは失礼した」
このフーズと名乗る男に対し、ローブスは強い違和感を感じた。
まず、着ている服が他の者と違う。彼は襟の付いたシャツの上に、砂漠の風景に溶け込むような砂色のジャケットを羽織っている。更にそれは汚れや傷などの劣化が見られるものの、元は上等な品だったのだと商人のローブスにはわかる。他の住人達同様、照りつける陽光と砂の大地に晒され続けた彼の衣類は、元の上品さを失ってはいるものの、最低限の手入れが施されているように見える。
そして彼の所作はまるで、”都市”上流階級の紳士の立居振る舞いを思わせる。
この砂漠において、そんな事は有り得ないのだ。
「言い方を変えよう。 この”村”を指揮しているのはあんたか?」
「言葉を変えても同じ事。 ここに居る者達に立場の上下などないのじゃ。 私はただ、ここに住む他の者達を守る事が、自分の役割だと信じてそうしているだけじゃ」
「……そうかい」
ローブスは内心驚いていた。
拠点を出て外界を旅していた奔放な彼は、これまで多数の”村”を訪れた経験がある。そんな彼ですら、会った事が無かったのだ。この男、フーズのような存在には。
「おっと、そういえばまだこちらが名乗っていなかったな。 俺はローブス。 旅の商人だ」
「僕はハルです」
「あと、今ここにはいないが、他に二人仲間がいる。 あぁ、あと二人子どもも居るな。 そいつらは後で紹介するつもりだ」
二人は遅れて自己紹介をした。
ハルは未だに緊張感の拭えない表情をしている。対してローブスは終始真剣な表情で澄ましているが、目の前の男の異質さに僅かな動揺を覚えていた。
「そうかい。 安心せよ。 私は元々、お主らの素性を疑うつもりはない」
「……ありがとよ。 今俺達は西を目指していて、悪いが少しの間ここに滞在したいんだが……」
「お、お願いします!」
「構わないか?」という質問を、ローブスは明言しない。
フーズ自身が「”村長”ではない」と言い切ったのだ。彼の意志がこの”村”の総意には繋がらない事を、ローブスも分かっていた。
そしてその上で、この男は自分達を拒みはしないだろうとローブスは考えていた。お互いに素性の知れない関係ではあるが、この男は他者を排するような人格ではない。
「お主らの素性を疑うつもりはない」そう言ったフーズの言葉に嘘はないと、ローブスは見抜いていた。
「好きなだけ滞在すると良い。 こちらにも生活がある故、”タダ”でとは言えんがの」
「あ、ありがとうございます!」
「恩に着るよ。 心配しなくとも”手土産”は用意してる。 他に必要なもんがあったら言ってくれ」
ハルは元気よく礼を述べ、ローブスは胸を撫で下ろした。
───いつぶりだろうな。これ程緊張した交渉は……。
ローブスは商人。相手の”欲”を引き出し、それを満足させる条件を提示するのが仕事である。
如何に人心の扱いに明るい彼といえど、これ程”欲”の無い男の相手をするのは不得手であった。
「行こう、ハル。 あいつらにも結果を報告しねぇとな」
「はい!」
ローブスは自身の欠点を再認識しながらも、今回ばかりは仲間に良い報告が出来る事を内心で喜ぶのだった。
「見えてきたな」
「あぁ。 数もピッタリ十匹とは、全く流石としか言いようがねぇな」
ルイスと別れた二人は”村”から離れた地点に足を運び、そこに対面から向かい来る霊獣の群れと対峙していた。
「で? 俺が半分やる、で良いのか?」
「……冗談だろ」
カルロの言葉を一笑に付す態度でアイビスは言う。
「競争だ。 負けた方が今後、勝った方の見張り役を肩代わりする。 期限は、次の”村”まで。 どうだ?」
「……おもしれぇな。 やるか!」
口元を三日月の如く歪めて話すアイビスの提案を、カルロは歯を見せて笑い、受け入れた。
「悪いがアイビス。 この距離なら飛び道具が使える俺の方が有利だぜ! ”ガゼル”!」
カルロの言葉に応じ、彼の守護霊が宿主の前に現れる。
「行くぜ! 《火の矢》!」
カルロの指示に応え、ガゼルはその姿を変えると共に右手の掌を敵に向ける。するとそこに巨大な火球が生成されていき、次いで推進力を得た火球は向かい来る敵に吸い込まれるように突進を始める。
更に、その火球による攻撃は一度で終わらない。
「出し惜しみは無しだ! もう一発行くぜ!」
───バリバリッ
「やるな」
カルロの攻撃を見て、アイビスは自身の守護霊を傍に召喚する。破裂音と共に閃光を迸らせる、漆黒の守護霊を。
「が、それじゃあ遅い。 ……行け」
既にカルロの撃ち出した炎によって肉体を損傷されている霊獣にとどめを刺すべく、漆黒の守護霊は上空高く跳び上がると、落下の推進力を得て霊獣の生命に最期を与えていくのだった。
「……始まったみたいだね」
白髪の青年は遠くを眺めるように目を細め、見下ろす。
彼の足元を支えるのは、大地を埋め尽くす砂ではない。彼が遠くを見据えるための”高さ”を確保するべく、その幹を天高く発達させた”木”の枝に青年は立っている。
そして彼は、手にしていた分厚い本に栞を挟みゆっくりと閉じると、霊獣と交戦する黒髪の青年に向けて呟く。
「お手並み拝見と行こうか。 ふふふ。 ……ん?」
呟いたと同時、ルイスは見覚えのある気配をその霊視能力で察知する。
「あれは……」
遠方をただ見据えるアイビスに対し、カルロが声を掛ける。
「みたいだな。 数は、十匹ってとこか。 固まって近付いて来てる」
「ほう。 近いのか?」
カルロはアイビスの返答を聞いて、更なる質問をする。
「いや、まだ距離はある。 だがかなり速いな。 これだと、言ってる間にこの”村”に辿り着くだろう」
「そうか。 俺にはさっぱり何も見えん。 流石だな、アイビス」
カルロは実力のある戦闘職と言える。しかし、彼がその真価を発揮するのは戦闘の中だけで、普段はおちゃらけた様子から分かる通り、ただの陽気な男なのだ。
彼の霊視にはムラがある。アイビスはそう評価していたため、カルロが霊獣の接近を察知出来なくとも驚くことは無かった。
「で? やるのか?」
「この統率の取れた行動を見るに、群れだろう。 面倒くさいが、やっと着いた拠点を破壊される訳にはいかないからな」
”村”に住む多くの人間は戦闘を得意としていない。彼らはまともな駆霊術を扱えないのだ。十匹もの巨大化した霊獣の襲来は、そんな彼らにとっては悪夢そのものだろう。
そしてその霊獣達の狙いは、高度の霊指数を持つアイビス一行であると予想できる。災いを招いておきながら、知らんふりという訳にもいかないだろう。
そう思って、アイビスは決断する。
「……ルイスと言ったか。 悪いが俺達は用が出来たんで行ってくる。 邪魔したな」
「あぁ。 それは構わないよ」
白髪の青年は、最後まで微笑みの表情を崩すことなく二人を見送った。
「あんたが”村長”か?」
「あ、あの、はじめまして!」
ハルを伴って”村長”と呼ばれる立場の人間に会いに来たローブスは、自身の目の前の初老の男にそう声を掛ける。その様子を見ていたハルは、緊張した表情で挨拶をしていた。
村長は何やら子ども達数人の相手をしているようだったが、声を掛けてきたローブスを一瞥すると、子ども達に席を外す───と言っても、青空の下に広がる砂色の大地に「席」などと呼べるものはなく、単なる比喩表現であった───よう指示していた。
「……”村長”か。 その呼び方はあまり好きではない」
初老の男はそう言ってローブスに向き直った。
「私はフーズ。 この”村”の一員じゃ」
「……そうか。 これは失礼した」
このフーズと名乗る男に対し、ローブスは強い違和感を感じた。
まず、着ている服が他の者と違う。彼は襟の付いたシャツの上に、砂漠の風景に溶け込むような砂色のジャケットを羽織っている。更にそれは汚れや傷などの劣化が見られるものの、元は上等な品だったのだと商人のローブスにはわかる。他の住人達同様、照りつける陽光と砂の大地に晒され続けた彼の衣類は、元の上品さを失ってはいるものの、最低限の手入れが施されているように見える。
そして彼の所作はまるで、”都市”上流階級の紳士の立居振る舞いを思わせる。
この砂漠において、そんな事は有り得ないのだ。
「言い方を変えよう。 この”村”を指揮しているのはあんたか?」
「言葉を変えても同じ事。 ここに居る者達に立場の上下などないのじゃ。 私はただ、ここに住む他の者達を守る事が、自分の役割だと信じてそうしているだけじゃ」
「……そうかい」
ローブスは内心驚いていた。
拠点を出て外界を旅していた奔放な彼は、これまで多数の”村”を訪れた経験がある。そんな彼ですら、会った事が無かったのだ。この男、フーズのような存在には。
「おっと、そういえばまだこちらが名乗っていなかったな。 俺はローブス。 旅の商人だ」
「僕はハルです」
「あと、今ここにはいないが、他に二人仲間がいる。 あぁ、あと二人子どもも居るな。 そいつらは後で紹介するつもりだ」
二人は遅れて自己紹介をした。
ハルは未だに緊張感の拭えない表情をしている。対してローブスは終始真剣な表情で澄ましているが、目の前の男の異質さに僅かな動揺を覚えていた。
「そうかい。 安心せよ。 私は元々、お主らの素性を疑うつもりはない」
「……ありがとよ。 今俺達は西を目指していて、悪いが少しの間ここに滞在したいんだが……」
「お、お願いします!」
「構わないか?」という質問を、ローブスは明言しない。
フーズ自身が「”村長”ではない」と言い切ったのだ。彼の意志がこの”村”の総意には繋がらない事を、ローブスも分かっていた。
そしてその上で、この男は自分達を拒みはしないだろうとローブスは考えていた。お互いに素性の知れない関係ではあるが、この男は他者を排するような人格ではない。
「お主らの素性を疑うつもりはない」そう言ったフーズの言葉に嘘はないと、ローブスは見抜いていた。
「好きなだけ滞在すると良い。 こちらにも生活がある故、”タダ”でとは言えんがの」
「あ、ありがとうございます!」
「恩に着るよ。 心配しなくとも”手土産”は用意してる。 他に必要なもんがあったら言ってくれ」
ハルは元気よく礼を述べ、ローブスは胸を撫で下ろした。
───いつぶりだろうな。これ程緊張した交渉は……。
ローブスは商人。相手の”欲”を引き出し、それを満足させる条件を提示するのが仕事である。
如何に人心の扱いに明るい彼といえど、これ程”欲”の無い男の相手をするのは不得手であった。
「行こう、ハル。 あいつらにも結果を報告しねぇとな」
「はい!」
ローブスは自身の欠点を再認識しながらも、今回ばかりは仲間に良い報告が出来る事を内心で喜ぶのだった。
「見えてきたな」
「あぁ。 数もピッタリ十匹とは、全く流石としか言いようがねぇな」
ルイスと別れた二人は”村”から離れた地点に足を運び、そこに対面から向かい来る霊獣の群れと対峙していた。
「で? 俺が半分やる、で良いのか?」
「……冗談だろ」
カルロの言葉を一笑に付す態度でアイビスは言う。
「競争だ。 負けた方が今後、勝った方の見張り役を肩代わりする。 期限は、次の”村”まで。 どうだ?」
「……おもしれぇな。 やるか!」
口元を三日月の如く歪めて話すアイビスの提案を、カルロは歯を見せて笑い、受け入れた。
「悪いがアイビス。 この距離なら飛び道具が使える俺の方が有利だぜ! ”ガゼル”!」
カルロの言葉に応じ、彼の守護霊が宿主の前に現れる。
「行くぜ! 《火の矢》!」
カルロの指示に応え、ガゼルはその姿を変えると共に右手の掌を敵に向ける。するとそこに巨大な火球が生成されていき、次いで推進力を得た火球は向かい来る敵に吸い込まれるように突進を始める。
更に、その火球による攻撃は一度で終わらない。
「出し惜しみは無しだ! もう一発行くぜ!」
───バリバリッ
「やるな」
カルロの攻撃を見て、アイビスは自身の守護霊を傍に召喚する。破裂音と共に閃光を迸らせる、漆黒の守護霊を。
「が、それじゃあ遅い。 ……行け」
既にカルロの撃ち出した炎によって肉体を損傷されている霊獣にとどめを刺すべく、漆黒の守護霊は上空高く跳び上がると、落下の推進力を得て霊獣の生命に最期を与えていくのだった。
「……始まったみたいだね」
白髪の青年は遠くを眺めるように目を細め、見下ろす。
彼の足元を支えるのは、大地を埋め尽くす砂ではない。彼が遠くを見据えるための”高さ”を確保するべく、その幹を天高く発達させた”木”の枝に青年は立っている。
そして彼は、手にしていた分厚い本に栞を挟みゆっくりと閉じると、霊獣と交戦する黒髪の青年に向けて呟く。
「お手並み拝見と行こうか。 ふふふ。 ……ん?」
呟いたと同時、ルイスは見覚えのある気配をその霊視能力で察知する。
「あれは……」
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