精霊王の番

為世

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第二章 神の手に阻まれる幼き日の夢

第35話

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「引き分けだったな! いやぁ、おしかった!!」
「何言ってる。 お前の狩り漏らしを片付けたのは俺だろ。 あれは完全に俺の勝ちだ」
「お前こそ何言ってんだ? それを言うなら、十匹全部に火が通ってるだろ。 どうしても白黒付けたいなら、頭にでも判定してもらうか? 良い勝負になると思うぜ」
「お前……。 良い性格してやがる」

 ”村”外部に十匹もの霊獣を確認した二人はすぐに討伐に向かい、そしてそれを終えていた。

 二人は戦闘の前に交わした口約束───より多く霊獣を狩った方の見張りの役割を、負けた方が肩代わりする───について、互いに自身の勝利を主張していた。

 結果からすると、カルロの放った火球は全ての霊獣を捉えていた。しかし、実際にとどめの一撃を入れたのはアイビスであったため、勝敗の判定は迷宮入りとなっていた。

 カルロは、第三者であるローブスに勝敗の判定を委ねてはどうかと提案する。ローブスは合理的な気質であるため、付き合いの長いカルロとビジネスパートナーであるアイビスを天秤に掛ける事などはしないだろう。確かに彼なら、平等な判定を期待出来る。しかし、実際の戦闘の様子を見ていないローブスが審判では、炎による外傷の目立つ骸を見て、カルロに軍配が上がるだろう。そう判断して、アイビスは「引き分け」を受け入れる。

 実力者二人が覇を競うには、獲物が十匹では少なかったようだ。

「で、どうする? これ、頭になんて説明する?」
「普通に、”手土産が三倍になったぞ”で良いんじゃないか?」
「あぁそれ良いな! よしそれで行こう!」

 狩りを終えて引き返す道中、霊獣の処遇を気にするカルロを他所に、アイビスは覚えのある気配が場所を移さずその場に留まっていることを、霊視能力により確認する。

「……やっぱりアイツだな。 ずっとあそこに居たのか」
「ん? あぁ、白髪しらがのあんちゃんか。 それにしても、昼間っから読書とか砂漠でする事か?って感じだよな」
「読みたい奴はどこでも読むし、読まない奴は一生読まない。 そんなものだろう」

 やがて、声の届く距離まで接近すると、二人の気配を察したのか、木陰で熱心に本を読む白髪の青年が二人に声を掛ける。

「やぁ奇遇だね、また会うなんて」
「まだ終わんねぇのかその読書は」
「ちょうど今、区切りまで読めたところだよ。 そう言う君達は、随分派手にやってたみたいだね」

 アイビスは霊獣の襲来を事前に察知し、カルロと共にそれを退けていた。

 そんな中、この男、ルイスは先程までと変わらず読書を続けていたようだ。アイビス達と別れる時点で彼が霊獣の襲来を知っていたのかは定かではないが、彼の発言を聞くに、自分達が戦闘を行なっていた事には気付いていたらしい。随分のんびりとした態度だとアイビスは感じる。

「なんだよ。 見てたのか?」
「あれだけ派手にやってたら分かるよ。 君達、相当やるようだね」

 カルロの問いに軽快に回答するルイス。
 褒められたと感じたのか、カルロは口元を歪めていた。アイビスは対照的に無表情を貫いている。

「そうだ、君達暇なら一緒に”村長”に会いに行かない?」
「あ? 何で俺達が……」
「おう、良いぜ! なぁアイビス!」
「お前何言って……」

 アイビスは軽い調子で安請け合いするカルロを睨み付ける。

 そしてその瞳の奥の光を見る。彼の真意を汲み、アイビスは溜息と共に同意する。

「……わかったよ。 その代わりお前、”あれ”の搬入手伝えよ」

 アイビスは右手の親指を立て、自身の後方を指す。いくら二人が戦闘に長けているとはいえ、十匹もの巨大化した霊獣を運ぶのは、骨が折れる。

 そこで、アイビスは「村人に運ばせよう」と提案した。
 どうせ”手土産”なのだから、彼らに奪われる事も考える必要は無いし、彼らもあれだけの霊獣を受け取れるとなれば喜んで手を貸すだろうと考えていた。
 恐ろしく他力本願な発想にカルロはドン引きしたが、合理的判断には違いなかったため受け入れた。
 アイビスはそれを、ルイスにも手伝わせようと言うのである。カルロの表情が引き攣るのを、アイビスは気配で感じ取ったが無視した。

「ふふっ、僕に力仕事を頼むなんて、珍しい人もいるもんだね」
「おいおい、断って良いんだぞあんちゃん」
「もの分かりが良くて助かる。 得意だろ? こういうの。 俺にはそう見えるぞ」

 アイビスは言葉と共に、試すような視線をルイスに送る。

「買い被り過ぎだよ」

 対してルイスは嘆息と共に返答するのみであった。

「だったら、先にそっちを片付けようか。 素材が傷んでしまってはいけないからね」
「いや、後で良い。 コイツがご丁寧に、全部に火を通してるからな。 ちょっとくらいほっといても構わないだろう」
「な? 俺の手柄デカいだろ?」

 アイビスの言葉を聞いて、カルロは得意げに胸を逸らす。

「そう。 じゃあお言葉に甘えて、先にこちらの用事に付き合って貰おうかな」
「あぁ。 だが悪い。 その前に車の様子を見に行きたい。 来るか?」
「うん、良いよ。 じゃあ行こうか」

 ルイスの言葉を合図に、彼を日差しから守っていた木がスルスルとその背を縮めていく。やがて、完全にその姿を消してしまった。もう既に、そこに緑の気配は微塵も残っていない。

「……へぇ。 そんな事も出来るのか」
「ふふ。 少し練習すれば皆出来るよ」
「いや、そんな簡単じゃねぇだろ……」

 そう言って、ルイスはアイビスの言葉をはぐらかす。一連の様子を見ていたカルロは、驚きを言葉に漏らす。
 そんな二人の様子を見て満足を笑みにかえ、ルイスは出発を切り出す。

「よし、行こうか」

 ルイスの後に続く形で、二人も歩き出すのだった。
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