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第二章 神の手に阻まれる幼き日の夢
第37話
しおりを挟む「あ、フーズさん! お勉強教えてー!」
「フーズさん、その人達誰ー?」
「フーズさん一緒に遊ぼう!」
フーズが歩く度、近くの子ども達が近寄って来ては親しげに声を掛けていた。
「ふむ、後での。 それよりお主達、大人達を集めてくれんか。 ”お客様”を紹介するからの」
フーズは集まってくる子ども達にそう言う。
「はーい」
「良いよー!」
子ども達はそう言うと、フーズの言いつけに従って散り散りになっていった。
「またお客様だって!」
「男の人ばっかりだね!」
「でも子どももいるよ!」
「僕達も連れてって貰えるかな?」
走り去る子ども達は口々にそんなことを話していた。
大多数の子ども達がフーズに走り寄って来て、彼の言いつけによりすぐに走り去っていく中、一部の子どもはフーズやアイビス達に興味を示さず別の事に夢中になっている。
ローブスはそんな二人の少年に注目した。その二人は背丈からハルより少し歳下───ネア、ミアよりは年上の少年に見える───であると予想されるが、彼らは何やら木屑を前にして話していた。
「”メークリ”」
そして、一人の子どもが守護霊を召喚する。これ自体は驚く事では無い。
守護霊を召喚した子どもは、続けて言葉を口にする。
「言の葉を介して命ずる。 精霊よ、その力”灼熱”を以って燈を灯せ」
まるで歌うかのように、言葉を放つ。
そして次の瞬間、ローブスは驚くべき光景を目にする。
「《火》!!」
「……なっ!」
少年が言葉を放った瞬間、彼の守護霊が彼の目前に置かれた木屑に手をかざす。するとそこに、煌々と光る”火”が灯されたのだ。その火は木屑の一つに点火されると、徐々に勢いを増し隣り合う木屑にその手を伸ばしていく。
ローブスは確信する。
置かれたただの木屑が一人でに火を放つ事などあり得ない。間違いなくそれは、”駆霊術”が行使された結果によるものであった。
「……驚いたな。 教育レベルの低い砂漠の”村”で駆霊術を、しかも子どもが使うとは」
ローブス同様、カルロも一連の様子を目にしていたのか、驚きを言葉にしていた。
「はい。 しかもあの子、多分僕より歳下です。 自信が、無くなりそうです」
ハルは衝撃を通り越して泣きそうになっている。
「何に驚いてる? 子どもでも火くらい出すだろ」
「……お前なぁ」
呆れたように返答するのはローブスである。
「カルロも言ったが、ここは砂漠だ。 教育なんてものが成立しない環境なんだよ。 更に言えば今の駆霊術、俺達が普段使用しているものとも若干違う」
ローブスは自身の驚きをアイビスに説明していく。
「”貧者の詩”だ」
「いや、その表現は正しくないよ」
ローブスの言葉をルイスは否定する。
「”それ”は蔑称だよ。 あれはまだこの星の文明が発達し切らない頃、”文字”を介さない方法で広められた原初の駆霊術体系、”詠唱術”だよ」
「詠唱術? 聞いた事ねぇな」
「僕も実際に見るのは初めてだ。 ねぇ君達」
そう言って、ルイスは少年達に接近していく。
「なに?」
「アンタ誰?」
「僕はルイス。 さっきの術、凄かったね。 僕にもう一度見せてくれないかな?」
すると少年は首を横に振る。
「ダメだよ。 ”精霊”は無駄遣いしちゃいけないって、フーズさんに言われてるから」
「そうか、そうだよね。 でも大丈夫。 僕の”精霊”を君に分けてあげよう」
そう言って、ルイスは右手を少年の頭上にかざす。
「……どうかな? これでもう一度火は出せそうかい?」
「え、すごい! ”精霊”が増えてる! どうやったの?」
「なになに? 何したの??」
ルイスは少年に、自身の内包する精霊を分け与えていた。
駆霊術を用いれば他者に自身の精霊を譲渡することが出来る。”回復術”はこれの応用であるが、砂漠で生まれた少年達にはそれが珍しかったのか、興味津々といった様子でルイスに尋ねていた。
「うーん、これは”譲霊”と言ってね。 えっと……参ったな」
ルイスは困り果てて苦笑していた。アイビスが見たその表情はいつもの貼り付けたような作り笑いではなく、純粋な感情の表現であるように感じられた。そして。
「何やってんだよ、お前……」
アイビスは溜息と共に呟くのだった。
「……と言う訳じゃ。 しばらくこの者達が滞在する。 互いに揉め事は起こさぬようにの」
フーズは集まった村の住人達に向け、来訪者を紹介した。
紹介されたアイビス達に対し、集まった住人達はそれぞれの反応を示す。
「集まってくれてありがとうの。 話は以上じゃ」
「フーズさん、ちょっと待ってくれよ!」
フーズの言葉を最後に、集会はお開きとなるはずであった。
フーズが話を終えるや否や、住人の中の一人、痩せた男が声高に反対意見を口にした。
「外の人間なんか信用出来ねぇ! 今すぐ追い出してくれ!」
すると、彼の近くに居た女性がその意見に反発する。
「あんた何言ってんの! 見な! 若い子やあんな小さい子もいるじゃない! 追い出せなんて、滅多なこと言うもんじゃないよ!」
「そうだぞ。 砂漠で路頭に迷ってた所をフーズさんに拾われたのは誰だ? 俺達は何者も拒まない。 それがルールだったじゃねぇか」
更に別の男が女性の意見に加勢する。
「ぐっ! そうは言ってもよ……」
「見苦しいよ! ここに住もうって訳じゃない、滞在するだけなんだ。 潔く迎え入れてやんな!」
「悪いな、あんた達。 旅で疲れてるだろ。 宿へ案内するぜ。 ま、宿っつっても朽ちた建物を掃除しただけのボロ屋だがな」
「はははっ」と高らかに笑い、一人の男がアイビス達に話し掛けてくる。
「あぁ。 世話になる」
ローブスは男に短く返答する。
アイビスは彼らの一連のやり取りをただ黙って見ていた。
そして観察していた。
アイビス達の滞在に反対した彼の意見は、この集団の総意ではない。一方で、賛成した彼女の意見もまた、総意ではないのだ。
彼らの他に数十人もの住人がただ黙して事の顛末を見届けていた。
歓迎する者、納得はするが積極的に関わろうとはしない者、滞在自体に反対する者、その真意は様々であろう。また、その感情にも大小があり、喜ぶ者、苛立ちを顔に出す者、声に出して来訪者達を排斥しようとする者もいれば、全く無関心の者もいる事だろう。
彼らが何を思っているのかは計れないが、自分達に害をなす危険性もある。アイビスは顔には出さないものの、心中でそっと警戒心を呼び起こすのだった。
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