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四日目
あまたの生贄を殺してきた呪縛
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魔力がぶつかる風の渦に薄水色の髪を浮かばせて、キトエがかたわらで決死の表情で見つめていた。手をきつく握りしめられる。
「俺は何もできない。リコが苦しんでても何もできない。でも、どんなことがあっても、ずっと、リコのそばにいる」
濃紺のマントがはためくなかで、声を張った。
死にたくない。ひとりではない。そうだった。
(そんなこと言われたら、泣きそうになる)
キトエがいる。今までも、今も。
死ぬとしても、抗う死を。抗って死んでも、キトエが絶対に手を離さないでくれれば後悔しない。
けれど、絶対に死なない。
絶対に、生きる。
「お願い。絶対に、離さないで」
力を振りしぼって、微笑んだ。
無意識に弱めていた魔力を強めた。薄紫の帯と赤い光の壁が弾き合ってこすれる音、体の内側からちぎられて外に出てくる痛みに、自分のものとは思えない声が喉から出てくる。揺れているのが自分なのか大地なのか分からない。
きつく、つないだ手を壊してしまうくらい握りしめる。体を折っても逃れられない。痛みからまだ魔力を抑えている。全部、体が吹き飛んでも、全力を。
雷鳴がとどろくがごとく薄紫の光が赤い光を押し返す。風の渦に体が突き飛ばされる。握りしめた手が、指が、ほどけそうに。
手をきつく握り直されて、引き戻されるように肩から、背を抱きしめられる。薄紫の光の中で、とても近くで、強く見つめられた。
「もう絶対離さない、何があっても!」
風の音を越えて、染みこんでくる。
(そうだね。どこまでも一緒だね)
涙があふれてくる。
「ありがとう」
息の上がった、か細い声だったから、届かなかったかもしれない。歪みそうになる顔で、思いきり、笑った。
あまたの生贄を殺してきた呪縛よ。
わたしは、キトエと生きる。
耳をつんざく大木をなぎ倒すような音とともに、赤い光の壁に亀裂が入る。広がっていく。
薄紫色の中で、ガラスが割れるように、赤い光が砕け散った。
たゆたう薄紫から、赤い欠片がゆっくりと降ってくる。うそのように、静寂に包まれる。
呆然と仰いでいたら、抱きしめられて、その腕が痛いほど強くて、力の入らない体をよじる。
「痛い、キトエ」
気付いたように腕が緩んで、キトエの顔を見ると、瞳いっぱいに涙が浮かんでいた。濡れた黄緑の瞳は虹色が大きく揺らめいて、何て綺麗なのだろう、と場違いにも思ってしまった。
キトエの綺麗な顔がぎゅっと崩れて、金の翼に水色の宝石が下がったピアスが揺れる。また抱きしめられて、キトエの背を抱きしめ返した。
割れた満月が浮かぶ紺の空に、赤い光が降る。
「ありがとう」
今度はちゃんと、届いたはずだ。
空の群青が薄くなり始めている。
リコは眼下に目をやった。渦巻く切り立った岩肌の道で、道とは呼べないほど凹凸が激しく、傾斜が強く、ふたり並べるかという幅しかない。城を出てここまで登ってきた風景は、らせんのようだった。
夜が明ければ、見届け人と神官が生贄の生死を確認しに城へやって来る。その前にできるだけ遠くへ。ひとまず隣国を目指していた。水と食料をできるだけつめこみ、風よけとして城のリネンやカーテンを持ってきた。遠回りになってしまっても、追手がかかりにくい険しい道を選んだ。
かたわらのキトエが地図をたたんで見つめてくる。
「疲れてないか?」
「平気だよ。魔力で補ってるぶん、キトエより疲れない。まだまだ先は長いのに、そんなに何度も聞かなくていいよ」
変わらず主に過保護でいてくれて、笑ってしまった。登りながら、キトエが気まずそうに視線を外す。
「リコは最初から逃げられるって考えてたのか? その……ああいう方法で」
「ああいう方法って?」
キトエをのぞきこむと、思いきり顔をそらされた。羞恥にとらわれた横顔が見える。どちらが乙女か分かったものではない。
意地悪をするのはこのくらいにして、前を向く。純潔を失わせて生贄の資格をなくし、神か呪いかとのつながりを断ち切って魔力を戻したことだろう。
「全然。まったく考えてなかったよ。その前に結界が作り話だって思ってたから逃げる準備はしてたけど」
今キトエが持っている地図は、リコが城に入るときに持ちこんだもののひとつだ。
「でも結界が本当だって分かって、逃げる方法を考えたけど何も浮かんでこなくて……魔力が戻ったときはびっくりした。生贄の資格を失ったことが理として通用するとは思ってなかったから。でも魔力が戻っても、わたしの魔力で城の結界を壊せる保証はなかった」
いつの間にかリコのほうを向いていたキトエに、微笑みかける。
「ありがとう。信じてくれて。もう絶対離さないでね」
結界の中でのことを思い出したのか、キトエは恥ずかしそうに唇を引き結んでそっぽを向く。「当たり前だ」と呟く。リコは穏やかに笑ってしまう。
「俺は何もできない。リコが苦しんでても何もできない。でも、どんなことがあっても、ずっと、リコのそばにいる」
濃紺のマントがはためくなかで、声を張った。
死にたくない。ひとりではない。そうだった。
(そんなこと言われたら、泣きそうになる)
キトエがいる。今までも、今も。
死ぬとしても、抗う死を。抗って死んでも、キトエが絶対に手を離さないでくれれば後悔しない。
けれど、絶対に死なない。
絶対に、生きる。
「お願い。絶対に、離さないで」
力を振りしぼって、微笑んだ。
無意識に弱めていた魔力を強めた。薄紫の帯と赤い光の壁が弾き合ってこすれる音、体の内側からちぎられて外に出てくる痛みに、自分のものとは思えない声が喉から出てくる。揺れているのが自分なのか大地なのか分からない。
きつく、つないだ手を壊してしまうくらい握りしめる。体を折っても逃れられない。痛みからまだ魔力を抑えている。全部、体が吹き飛んでも、全力を。
雷鳴がとどろくがごとく薄紫の光が赤い光を押し返す。風の渦に体が突き飛ばされる。握りしめた手が、指が、ほどけそうに。
手をきつく握り直されて、引き戻されるように肩から、背を抱きしめられる。薄紫の光の中で、とても近くで、強く見つめられた。
「もう絶対離さない、何があっても!」
風の音を越えて、染みこんでくる。
(そうだね。どこまでも一緒だね)
涙があふれてくる。
「ありがとう」
息の上がった、か細い声だったから、届かなかったかもしれない。歪みそうになる顔で、思いきり、笑った。
あまたの生贄を殺してきた呪縛よ。
わたしは、キトエと生きる。
耳をつんざく大木をなぎ倒すような音とともに、赤い光の壁に亀裂が入る。広がっていく。
薄紫色の中で、ガラスが割れるように、赤い光が砕け散った。
たゆたう薄紫から、赤い欠片がゆっくりと降ってくる。うそのように、静寂に包まれる。
呆然と仰いでいたら、抱きしめられて、その腕が痛いほど強くて、力の入らない体をよじる。
「痛い、キトエ」
気付いたように腕が緩んで、キトエの顔を見ると、瞳いっぱいに涙が浮かんでいた。濡れた黄緑の瞳は虹色が大きく揺らめいて、何て綺麗なのだろう、と場違いにも思ってしまった。
キトエの綺麗な顔がぎゅっと崩れて、金の翼に水色の宝石が下がったピアスが揺れる。また抱きしめられて、キトエの背を抱きしめ返した。
割れた満月が浮かぶ紺の空に、赤い光が降る。
「ありがとう」
今度はちゃんと、届いたはずだ。
空の群青が薄くなり始めている。
リコは眼下に目をやった。渦巻く切り立った岩肌の道で、道とは呼べないほど凹凸が激しく、傾斜が強く、ふたり並べるかという幅しかない。城を出てここまで登ってきた風景は、らせんのようだった。
夜が明ければ、見届け人と神官が生贄の生死を確認しに城へやって来る。その前にできるだけ遠くへ。ひとまず隣国を目指していた。水と食料をできるだけつめこみ、風よけとして城のリネンやカーテンを持ってきた。遠回りになってしまっても、追手がかかりにくい険しい道を選んだ。
かたわらのキトエが地図をたたんで見つめてくる。
「疲れてないか?」
「平気だよ。魔力で補ってるぶん、キトエより疲れない。まだまだ先は長いのに、そんなに何度も聞かなくていいよ」
変わらず主に過保護でいてくれて、笑ってしまった。登りながら、キトエが気まずそうに視線を外す。
「リコは最初から逃げられるって考えてたのか? その……ああいう方法で」
「ああいう方法って?」
キトエをのぞきこむと、思いきり顔をそらされた。羞恥にとらわれた横顔が見える。どちらが乙女か分かったものではない。
意地悪をするのはこのくらいにして、前を向く。純潔を失わせて生贄の資格をなくし、神か呪いかとのつながりを断ち切って魔力を戻したことだろう。
「全然。まったく考えてなかったよ。その前に結界が作り話だって思ってたから逃げる準備はしてたけど」
今キトエが持っている地図は、リコが城に入るときに持ちこんだもののひとつだ。
「でも結界が本当だって分かって、逃げる方法を考えたけど何も浮かんでこなくて……魔力が戻ったときはびっくりした。生贄の資格を失ったことが理として通用するとは思ってなかったから。でも魔力が戻っても、わたしの魔力で城の結界を壊せる保証はなかった」
いつの間にかリコのほうを向いていたキトエに、微笑みかける。
「ありがとう。信じてくれて。もう絶対離さないでね」
結界の中でのことを思い出したのか、キトエは恥ずかしそうに唇を引き結んでそっぽを向く。「当たり前だ」と呟く。リコは穏やかに笑ってしまう。
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