偽りの恋人と生贄の三日間

有坂有花子

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四日目

カードで勝ったときのお願い

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「すごく遠回りしたけど、お互い好きでよかった」

 勇気を出して今の気持ちを言葉にしたのだが、キトエはどこか沈んだ顔付きをしていた。にわかに不安になる。

「もしかして好きじゃない? うそだった?」

「違う、そんなわけないだろ! 愛してる、ずっと前から」

 途中で恥ずかしくなったのか、顔をそらされてしまった。

「でもリコは主だから……主と好き合うなんて本当は」

 手を伸ばして、キトエの頬に触れた。驚いて振り向かれる。

「キトエが今もわたしを主と思ってても、そうじゃなくても、どっちでもいいんだよ。もう自由なんだから。今ここにいるのは、家柄も、身分も、立場も関係ない、ひとりの人同士なんだから。この先ずっと逃げ続けないといけないかもしれない。けど、もう何にも縛られてない。自由だよ」

 不意に視界に差しこんだ光に目を細める。横を向くと、らせんの岩山のはるかな地平から日が昇っていた。夜が明けたのだ。空の青が柔らかな橙色に温められていく。

 いきなり抱きしめられて、驚いて変な声をあげてしまった。

「何? どうしたの?」

「俺にとってリコはこれからもずっと主だ。でも、主でも、恋人として、好きでいていいか?」

 仰いだキトエは必死な顔をしていて、朝日のせいかもしれないが、目元が綺麗に色付いていた。

「いいよ。というか、好きでいてくれなきゃ嫌だよ。恋人同士ですること全部すっ飛ばしちゃったから、これからゆっくり恋人らしいこと、たくさんしようね」

 今度こそ朝日のせいではなく、キトエの頬に薄く色がかぶさって、笑ってしまった。

「リコ。カードで勝ったときのお願い、今使ってもいいか?」

「お願い? ああ」

 何のことかと思ったら、城でカードをしたとき、『勝ったほうが負けたほうに何でもひとつお願いできる』というルールで、キトエは何もお願いしなかったのだった。

「いいよ。なあに?」

「キスしたい」

 見つめられて、リコは思考が止まる。理解して、首筋が熱くなった。

「お城では断固拒否してたくせに!」

「あれはリコを汚すわけにはいかなかったからだ! 今は俺はリコのものだし、リコは、俺の」

 それ以上は声が小さくなっていって聞こえなかった。リコは不満で頬を膨らませてキトエをじっとりと仰いでいたが、仕方がないので目をつぶった。

 風が頬に触れて、唇が触れ合う。革と、みつろうのほのかに甘い香りと、キトエの香りがした。

 唇が離れて、照れ隠しに不満を口にしようとしたら、もう一度強く唇を触れ合わされて、体が固まる。固まった体をきつく抱きしめられて、鼓動が強く跳ねた。頬が熱い。

 キトエの腕をきつくつかんでしまうと、唇が離れた。間近で、綺麗に頬を染めたキトエが、からかうように微笑む。

「今ので、お願いふたつぶん」

 キトエはカードで二回勝っていたから、お願いはふたつ余っていたのだ。してやられたようで悔しくて、今しがたの感覚が蘇ってきて目を見られなくて、思いきり顔をそむけた。

 目を向けた先の空に、息をのんだ。

「キトエ。見て、すごい」

 地平から出た橙の日の上に雲があって、雲から光の帯が幾本も天へ伸びていた。雲から降り注ぐ光の帯は見たことがあるが、天を指すものは初めて見た。

 吉兆か、凶兆か。けれど意味などないのだろう。人が意味を持たせるだけで、この幻想のような光景は、ただ幻想のように美しいという事実しかないのだから。

「綺麗だな」

「うん。綺麗」

 紺の地平、橙の日と、青灰の雲、雲から青い天へ昇る白い光の帯。絵画のような、けれどたしかに目の前にある光を、覚えておこうと見つめた。

「キトエ、そろそろ行かないと」

 控えめにキトエの胸を押すと、「あ、す、すまない」と腕をほどかれた。キトエの恥ずかしそうな表情のなかに、名残惜しさが混じっていたように見えて、うぬぼれかもしれないがくすぐったい気持ちになる。

 キトエの手を取る。

「行こう」

 黄緑の瞳が微笑んで、朝日の欠片の色を宿す。髪の色と同じ水色の宝石が、耳元で光の粒をきらめかせる。

「ああ」

 たとえ命あるかぎり逃げ続けなければいけないとしても、あの場所で命を終えていたことより不幸なことなどない。

 もう絶対に離さないと言った、騎士と、恋人と、キトエと、一緒に生きていく。
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