プロクラトル

たくち

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森の世界

一次予選開始

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「これは、強敵ですね」

 獣王選定予選初日、シン達は世界樹の都市ユグンにある闘技場へと赴いていた。
 予選第1組の競技は31名の獣王候補者達による全員参加の戦闘だった。
 最後まで生き残った10名が一次予選突破となる。

 だが最後に残ったのはシーナが要注意と言っている、ロイズと呼ばれた黒髪の青年1人だけだった。
 同じ組に振り分けられた候補者達は結託しその青年を攻め立てた。

 しかしその青年は己の分身である吸引闇虫の力を使い、無数に及ぶ斬撃や打撃、候補者達の命令によって放たれた魔獣達の攻撃を吸収した。

 黒い一定の形を保たずに揺らめいていた塊は全てを吸収し巨大化する。
 その大きさは闘技場のステージを覆い隠すほど膨れ上がり、30名の候補者達は一瞬にして吸引闇虫に飲み込まれた。

 ロイズと言う青年は動く事なく予選の突破を決めたのだ。
 候補者が1人しか残らなかったという事態に獣王選定の責任者は他の候補者の仲間による代理戦闘を始める。

「あいつ、笑ってたな」

 シンの頭に残るのは降り注ぐ攻撃の前で笑っているロイズの顔だった。
 その顔は他の候補者達を嘲笑うかのように見えていたのだ。

「あの人は性格も悪いらしいです。今ので確信出来ましたね」

 メリィから性格についても最悪と聞いていたのを思い出し、シーナはロイズと言う青年の姿を睨み付けていた。

 候補者達を殺しこそしなかったものの、その態度がシーナには気に入らなかった。
 吸引闇虫に飲み込まれた候補者達は皆、その泥沼のような体の中でもがき苦しんでいた。

 シーナの事を罵っていた候補者達も中にはいたのだがいくらなんでもやり過ぎだと思っていたのだ。

「今回のような競技で彼と戦うとなると不味いかもしれないね。シンを彼にぶつける事が難しい」

 あの青年にはシンであれば対処可能だ。
 だが今回のように候補者のみでの戦闘ではシンの参加は出来ない。
 競技内容によっては敗北もあり得ると言う事だ。

 **

「一昨日と比べて地味すぎないか?」

 乱闘が競技となった第1組と比べ第2組の競技は地味に他ならない。

「筆記試験とかわざわざこんなとこでやらんでも良いだろうに」

 第2組の競技は筆記試験、集まった候補者達は闘技場に並べられた机に向かい回答用紙に答えを書き込んでいる。

「こんなのじゃつまらないじゃない」

 派手な見ごたえのある戦いを期待していたユナは口をへの字に曲げ不満を漏らしていた。
 シンも同じ事を思っていたので2人して文句を言い続けている。

「学力もまた、力でございます」

 そんな中でリリアナとエルリックは真剣に競技を見ている。
 特にリリアナに関してはこの頭脳を使った競技こそ自分が活躍出来る分野であり、大型の映像機器に映し出された試験内容に挑戦していた。

「それに地味でもありません。彼を見て下さい」

 リリアナが指差すのは左眼に手を当て右手で書き込む男だ。
 左手を離したり当てたりを繰り返している男だけに注目すると不自然なのは明白だ。

「おそらく彼は混じり合っていた魔獣の視覚を共有して他の候補者の回答を覗いていますね」

 その男の様子を伺っていたシーナは男の行動の意味を理解した。
 男は左眼に手を当てている間は回答用紙に答えを書き込まない、左手を離した後に回答しているようだ。

「そんな事して良いのか?不正じゃないか?」

 他者の回答を覗くなど不正でしかないとシンは考える。
 だがシーナからの答えはシンの思っている事とは違った。

「確かに不正ですが、試験官に見つからなければ不正にはなりません。情報収集能力も立派な力ですから」

 自分の学力だけを測る競技ではない。
 直前に知らされる競技にどうやって対応するのかもこの獣王選定には必要な能力である。

「シーナの競技はなんだろうな」

 シンが願うのは今回のような筆記の試験でなく、体を動かす競技である事だ。
 それしか取り柄が無いとも言えるが、逆に言えばその分野でなら負ける気はしない。

「おっ、シーナちゃん。来てたんだ」

 筆記の試験を見る事に飽き飽きしていたシン達に1人の女性が近付いてきた。
 名前を呼ばれたシーナは振り返り声の主に挨拶した。

「メリィさんも来てたのですね」

「うん、やっぱり他の候補者を見ておきたいし」

 シーナの隣へとその女性が座る。
 するとシーナの近くにいるシン達に目を向けてくる。

「シーナちゃんの知り合い?」

「はい、私の使命の人のおにぃさんとそのお仲間です」

「へえ、あんたがシーナの言ってた人なのね。私はメリィ、よろしくね」

 シーナの隣からメリィはシン達に挨拶をする。
 メリィの事をシーナから聞いていたシン達はそれぞれ挨拶を返す。

「シーナちゃんにも仲間が出来たんだね。良かった、良かった」

 シン達の事を見ながらメリィはシーナの頭を撫でる。
 シーナがメリィの事を慕っているのがわかる光景だ。

「じゃ、私は行くよ。またねシーナちゃん」

 紹介を済ませるとすぐにメリィはシン達から離れる。
 シンとしてもシーナの知り合いとはいえ、これから敵になる者と仲良くする気はないので止めはしない。

「シン、ちょいと耳を貸さんか」

 メリィが居なくなるとシンの肩にティナがよじ登る。
 何かあるのかとシンはティナに耳を近付ける。

「先ほどの女子だが気を付けておいた方が良い」

「何でだ?」

「妾の力は知っておろう?シーナは慕っているようだがの、妾はあまり良い印象を抱かんかった」

 ティナは人の本質を見抜く眼を持っている。
 その事を知っているシンはティナの言う事を信じられる。
 良い印象が持てないという事はあのメリィと言う女性にも何かあるのだろう。

「わかった。でもシーナには言うなよ」

「わかっておる、シンが注意しておけば良い」

 知人を悪く言われるのはシーナも嫌であるとシンは考えている。
 この世界でのシーナに対する扱いの悪さを知っているし、そんな彼女にも変わらずに親しくしているメリィはシーナにとって数少ない知人であろう。
 知人を悪く言われるのはシーナも嫌な事であるとシンは考えている。

「終わりましたね」

 ティナとそんな話をしているといつの間にか予選が終わっていた。
 2日後はいよいよシーナ達の第3組の予選だ。

「何の競技かはわからないけど色々と買っておいた方が良いかもしれないな」
  
 そう言うとエルリックは商店街へと向かう。
 金銭の管理はエルリックが行っているのだ。
 資金の大半はリリアナが持ち込んだ物であるが、彼女は買い物などをした事がなくエルリックに一任しているのだ。

「俺達も宿屋に戻ろう」

 エルリックにはナナとティナが着いて行った。
 おそらく買い物と聞いてエルリックに何か食べ物を買わせるつもりだろう。

「あっあの!」

「ん?」

 闘技場から出て宿屋に向かうシン達は何者かに呼び止められた。
 シン達と言うよりシーナに話しかけていた。

「明日は、よろしくお願いします!」

 何?と答えたシーナにナナと同じぐらいの背丈の男の子が挨拶をした。
 この子供は初日にシンが見つけた候補者の1人だった。
 シーナと同じ組になったので挨拶をしに来たのだろう。

「うん、でも明日は勝負だから挨拶なんかはいらない」
  
 大きな声で挨拶をした少年にシーナは冷たく答える。
 冷たく聞こえるがこれが彼女の普段の対応なのだろう。
 混じり者と罵られ続けているシーナは心の許した者でないと基本的にはこういった態度なのだ。

「シーナ、もうちょっと優しくしなさいよ」

 そんな態度を見たユナは咎めるように言う。
 相手は子供なのでそんな態度をしなくても良いと言っているのだ。

「わかりました。君、明日はよろしくね」

 ユナに咎められたシーナは握手をしようと腕を出す。
 すると少年は顔を綻ばせその手を握る。

 挨拶を終わらせ少年とシン達は別れ宿屋へと向かう。
 だがそんなシーナの耳に小さな呟きが聞こえた。

「バカだなぁ、そんなんだからまだ混ざったままなんだよ」

 嘲りの感じさせる声にシーナは思わず振り返る。
 しかし声の主を見つける事は出来ず、立ち止まっていた所をシン達に呼ばれ急いで追い付く。

 次はシーナの獣王選定一次予選だ。
 何としても獣王にならなければならないシーナは、シン達の背中を頼もしく感じながら予選へと挑む。
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