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氷の世界
アイナ・ルーベンス 2
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「お兄ちゃんのばかぁ」
「ごめんねアイナちゃん、悪気はなかったの」
アイナが泣き始めてから30分ほどの時間が経過した。
彼女は大声は出さないものの、未だ涙を流し続けていた。
黒い冊子の情報からアイナは16歳とシンとユナは知っている。
普段の高圧的な態度とは真逆に泣きじゃくるアイナに戸惑っていたシン達だが、ユナはアイナを落ち着かせる為にあやし始めた。
その甲斐もあって徐々に落ち着きを取り戻しているアイナだが、ユナの事は許し始めたらしい。
だがシンについてはまだ思うところがあるらしく、泣きながら小さな声で精一杯の文句を言っていた。
「シンも謝りなさい!やりすぎよ!」
「ああ、アイナ悪かった」
「知らないもん」
ユナに咎められアイナに謝罪をするが、アイナは子供のようにそっぽを向き、シンと顔を合わせる事をしない。
シンとしてもアイナから導かれし者などと、何か意味ありげな事を言われていながらも、全部がアイナの脳内設定だった事に腹を立てていたが、ここまで泣かれてしまっては自分もやり過ぎたと感じていた。
だがアイナはシンの言う事を聞こうともしない。
アイナの正体に対する追及はシンが主導で行っていたのは事実なので、アイナがシンを嫌うのは仕方がないと言えるだろう。
このままアイナに嫌われたままと言うのは不味い。
アイナとの会話の中で獣王の事は本当だと言っていた記憶がある。
Sランク冒険者ならばその情報網を無下には出来ない。
何とかしてアイナと仲直りをしたいのだが、先ほどから謝り続けているもののシンの事を無視し続けて顔を合わせて貰えない。
「ユナ、助けてくれ」
ユナに関しては許して貰えたらしく、ユナが話しかけると反応は示してくれる。
言葉を話す事はしないものの、首を振って返事は伝えられる。
「ダメね、シンの事は許して貰えないわ」
ユナが何度シンの事を許して貰えるよう語りかけるが、アイナの首は横を振るだけだ。
このままでは2人の関係は平行線を辿ったままだ。
「中二病か、厄介な」
「中二病?何それ?」
アイナの正体は確実に中二病だ。
このような状態の事をシンは知っている。
この剣や魔術の存在する世界で、中二病があるとは思ってもおらず、シンはこめかみの辺りに痛みを感じていた。
シンの言葉にユナが疑問を返して来たので、シンは中二病について知っている事を伝える。
シンもそれほど詳しい訳ではないが、わかる限りの事を教えている。
「じゃあ、この子が言ってた魔眼とか呪いの暴走とかは嘘なのね?」
「あっ、バカ!」
シンの話を聞き終えたユナは確認するように声を出してしまう。
だが真っ直ぐな彼女はアイナの正体について包み隠さず言葉にしてしまう。
すぐにシンが口を塞ぐが確実にアイナの耳に入ってしまっただろう。
「うぅ」
ユナの言葉にやはりアイナはまたも泣き出してしまう。
今アイナとの会話が出来るのはユナだけだ、そのユナまで嫌われてしまえばアイナとの接触は困難になる。
「ちょっとこっち来い」
アイナがうつむいたのを良い事にシンはユナと小さな声での会話を試みる。
ユナも今のアイナの反応からシンの意図を察したようだ。
「良いか?中二病の奴にはそういう事を言っちゃいけない」
「何でよ?」
「俺も詳しくはわからないが、中二病ってのは自分の作った設定通りに現実を歪めている。ありもしない事をあると思い込んでいるんだ。まさか魔術とか魔獣とかがある世界でこんな奴がいるとは思わなかったけどな」
「魔術とかがあるのは当たり前じゃない」
魔術や魔獣があるのはユナにとってだけでなく、この世界の人々には当たり前の事だ。
だがそうではない事を知っているシンはユナに対する説明を間違えたと少し後悔した。
「まあ良いわ、でも何でそんな事知ってるのよ?」
細かい事をユナが気にしない性格なのでシンについては深く追求されなかったが、中二病を知っている事についての言及は求められる。
「前の手刀の技と同じで俺の故郷にはそういう病気があったんだよ」
「病気?何も異常はないんでしょ?」
「ああ、体に異常はないんだがな。考え方が人とちょっと違うらしい」
「意味がわからないわ、なら別にどこも悪い訳じゃないのよね?」
ユナの言葉にシンは肯定を示すがユナはまだ納得出来ないようだ。
ユナの見る限りアイナの黒い冊子に書いてある内容は、別におかしい事でなく武器の特殊能力や技名などならいくらでもある事だ。
それはユナのもつ皇龍刀”契”にも言える事だった。
「ねえ、それって病気なんだけど病気じゃないのよね?」
「ああ」
ユナの言う事をシンはすぐに肯定する。
中二病は病と書くが、別に本当に病と診断され治療などは行われないだろう。
シンもユナと同じように考えていた為、否定する事はない。
「なら、世界樹の試練ってアイナがいれば良いんじゃないの?」
「どういうことだ?」
「だってその中二病って病気じゃないんでしょ?世界樹の30階層の試練は病でない病って言ってたじゃない、ならアイナがいれば試練は終わるんじゃない?」
ユナの言葉にシンは目を丸くした。
確かにユナの言う通りだ。
もしかしたら試練の答えは中二病の人物を探し出す事かもしれない。
「確かにそうだな、でも今は世界樹の試練よりアイナ自身の事だ。このままだと俺達は嫌われて終わりだぞ」
世界樹の試練にしてもアイナと言い関係を築けなければならない。
今のアイナは完全に拗ねてしまっており、未だに鼻をすする音が聞こえて来ている。
「どうするの?もう話を聞いて貰えないわよ?」
「俺に考えがある」
「何よ?」
アイナに近付くシンをユナは不思議そうな目で見つめる。
シンがアイナに話しかけても無視されるのはわかりきっている。
「仕方ないが、同じ土俵に立ってみよう」
シンの言う事の意味をユナは正しく理解出来ない。
現状アイナにどう対したら良いのかユナにはわからないのでシンに任せる事にした。
「アイナ、俺達が見た事は誰にも言わない。それで許して貰えないか?」
シンが初めに言うのはアイナの正体についてだ。
呪いや魔眼、自分で刻んだであろう腕の刻印について、アイナの仲間達にも秘密にするとまず約束すると誓うのだ。
「ほんと?」
「ああ、本当だ。俺とユナはここで見た事、知った事を誰にも言わない」
シンの言葉に初めてアイナが反応を示した。
ここまでは好感触と言っていいだろう。
「お兄ちゃんが嘘つきかもしれないもん」
悪くない反応だと思ったがアイナはまだシンの事を信用出来ないようだ。
子供のように頬を膨らませ、シンの事を睨みつける。
だが涙に滲んだその瞳にシンは睨みつけられているようには見えなかった。
「嘘はつかない、それにまだお前に言ってない事もあるしな」
何?とアイナは視線で先を促す。
シンの考えはここからが重要だ。
「実は俺も昔、この左眼は魔眼が宿っていた」
「えっ⁉︎」
シンの言葉に反応したのはユナだった。
彼女もシンに昔、魔眼が宿っていたなど知らなかった。
だがそれは当たり前の事だ。
シンに魔眼があった事など嘘なのだから。
「でも、お兄ちゃんは何も戒めを受けてない」
シンの言葉にアイナは反応を示した。
この事からシンはこの会話が悪いものでないと判断した。
「ああ、今の俺は戒めを受けてない。それは俺が魔眼のもたらした災いを乗り越えたからだ」
「そんな事、出来ない!」
「出来る。創世の力を抑えきれなかった俺はここではない異世界を滅ぼした。だがその時に俺は神に救われたんだ」
これまでの話はシンの考えた嘘の歴史だ。
アイナの反応を伺いながら慎重に言葉を選ばなくてはならない。
「どうしたの?」
「俺に災いをもたらしたのはこの世に名を残す事すら禁忌とされた史上最悪の邪神が残したものだ。その邪神の一部が俺の中に宿り、邪神の意思に支配された俺は体の主導権を奪われ破壊の化身となった」
シンはもう自分で何を言っているのかわからなくなっていた。
思いついた事を適当に話すだけのシンは恥ずかしさから穴に入りたい気分だが、ここは我慢して続けるしかない、
シンの事を見るユナの視線がどんどん厳しくなり、可哀想なものを見るようになっていくが、ここでやめるわけにはいかないのだ。
「そんな時だ、俺は自分の中に潜むもう一つの存在に気が付いた。邪神に支配される中、奴の隙を突きそのもう一つの存在に手を伸ばした。本当に手を伸ばした訳じゃない、感覚の話だがな」
「それで、お兄ちゃんはどうなったの?」
「その存在は大いなる神々の意思だった。邪神の復活を危惧した神達は、邪神に押しとどめられていた俺の意思を呼び覚まし、暗黒世界に住む邪神との最終決戦へと向かわせた。俺と邪神、互いに寿命を縮めるほどの激闘で、暗黒世界は戦いに耐えきれず崩壊をした」
もう本当に何を言っているのか自分で理解が出来ない。
ユナに関しては完全に話を聞いておらず、何故か哀れみを浮かべている。
だがそんな中でただ1人アイナのみがシンの言葉に惹かれていた。
「お兄ちゃんは今、生きてるよ」
「そうだ、世界の崩壊に巻き込まれた俺は、残された力を使い神々の造ったこの世界に転移した。俺の力は失われ、以前の半分にも満たないが邪神に打ち勝ち、今もこうして生きる事が出来る」
「わぁぁ」
シンの破茶滅茶な話にアイナただ1人が感嘆の息を吐いていた。
彼女のシンを見る瞳は話を始める前と違い、輝いているように見える。
「詳しく話す事は創世の戒めによりする事は出来ない。だが今話した事は事実だ」
戒めを乗り越えたと言いながらまたも戒めにより縛られているシンだったが、これ以上アイナに追求されては必ずボロが出る。
都合良く戒めには働いてもらおう。
「本当に、創世の戒めを乗り越えたんだ」
話していたシンですら意味のわからない話をアイナは理解したようだ。
先ほどまでのシンに対して徹底的に無視していた態度はなくなり、まるで英雄を見るような目で見つめていた。
「お兄ちゃん、いや、師よ。我を師の弟子にしては頂けないか?」
「へっ?」
「何でそうなるのよ?」
アイナは立ち上がり、初めて会った時のような威厳さを取り戻した。
そんなアイナはシンに向かい頭を垂れ、弟子にしてくれと頼み込んでくる。
突然の変化にシンとユナは思わず声を出してしまう。
先ほどまでの弱々しいアイナから急激に威厳を持ったアイナの変化に頭がついていかないのだ。
その変化はまるで別人を相手にしているようだ。
「弟子ってのはどういう意味だ?」
「我を師の下で学ばせて頂いたいのです。未だこの身は創世の戒めに蝕まれ、魔眼の制御もままなりません。師の昔話を戒めにより聞く事が出来ないのは残念ですが、この無知の我に師の偉大なる教えを欠片だけでもご教授願えませんか?」
「ようするに俺について来るって事か?」
「はっ!未熟な身なれど、師の為にどこまでも付き従う覚悟でございます」
アイナの言葉にシンはユナを助けを求めるような視線を向ける。
アイナには獣王についての話を聞きに来ただけであり、弟子にするなど考えてもいなかった。
「双蒼の烈刃はどうするのよ?」
アイナはSランク冒険者パーティーの中心だ。
Sランク冒険者はその影響力の強さから行動を縛られる傾向にあるし、中心であるアイナが抜けては”双蒼の烈刃”は成り立たないだろう。
「関係ありません。もともと、双蒼の烈刃は我が他のものを救う為に集めたパーティー。セレス達ならもう我なしでも心配はいらないはずです」
「そうは言ってもなぁ」
「やはり、我では足手まといなのですか?」
「いや、そういう意味じゃないんだ」
Sランク冒険者が足手まといなはずがない。
むしろ戦力としてシン達の中で最高位になるだろう。
だが問題はシンの事を誤解している事だ。
シンは自分で始めた事とはいえ、アイナが弟子入りとなれば、また何かしら理由を付けて訓練などしなくてはならないのではないかと考えていた。
正直に言うと面倒なのだ。
「弟子ってのはやめないか?」
「師よ、それは出来ません。これでも我はSランク冒険者です。その我でも乗り越えられぬ戒めに打ち勝った方と我を同列になど、ありません」
自分が蒔いた種とはいえ、まさかこんな事になるとは、とシンは頭を抱える。
年下の女性に慕われるのは嫌ではないが、何かと仰々しい。
「もう良いじゃない、アイナはシンの弟子!はい、これで良いでしょ?」
シンの懸念を無視してユナが話を終わらせる。
ユナとしてはアイナが仲間になるならば、獣王についても世界樹についても問題ない。
さっさと終わらせたいのだ。
「ユナの姉貴、感謝します」
「あっ姉貴⁉︎」
ユナの一声でシンへの弟子入りが確定したアイナはユナを姉貴と慕う事にしたらしい。
慕われる事に悪い気はしないユナは最初は戸惑ったものの、アイナに対しそれらしく接し始めた。
「はぁ、まあ良いよ。アイナ、これからよろしくな」
「はっ!我の事は迅雷や雷轟とお呼び下さい!」
「いや、普通に呼ぶから」
黒い冊子にアイナの異名についてのページがある。
それを知っているシンはアイナが自分でつけた異名とすぐにわかったが、そんな仰々しい呼び方をする事はしない。
シン達の新たな仲間となった桃色の髪のSランク冒険者はシンの弟子となり、無の代行者の右腕として世界に名を轟かせる事となる。
「ごめんねアイナちゃん、悪気はなかったの」
アイナが泣き始めてから30分ほどの時間が経過した。
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黒い冊子の情報からアイナは16歳とシンとユナは知っている。
普段の高圧的な態度とは真逆に泣きじゃくるアイナに戸惑っていたシン達だが、ユナはアイナを落ち着かせる為にあやし始めた。
その甲斐もあって徐々に落ち着きを取り戻しているアイナだが、ユナの事は許し始めたらしい。
だがシンについてはまだ思うところがあるらしく、泣きながら小さな声で精一杯の文句を言っていた。
「シンも謝りなさい!やりすぎよ!」
「ああ、アイナ悪かった」
「知らないもん」
ユナに咎められアイナに謝罪をするが、アイナは子供のようにそっぽを向き、シンと顔を合わせる事をしない。
シンとしてもアイナから導かれし者などと、何か意味ありげな事を言われていながらも、全部がアイナの脳内設定だった事に腹を立てていたが、ここまで泣かれてしまっては自分もやり過ぎたと感じていた。
だがアイナはシンの言う事を聞こうともしない。
アイナの正体に対する追及はシンが主導で行っていたのは事実なので、アイナがシンを嫌うのは仕方がないと言えるだろう。
このままアイナに嫌われたままと言うのは不味い。
アイナとの会話の中で獣王の事は本当だと言っていた記憶がある。
Sランク冒険者ならばその情報網を無下には出来ない。
何とかしてアイナと仲直りをしたいのだが、先ほどから謝り続けているもののシンの事を無視し続けて顔を合わせて貰えない。
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ユナに関しては許して貰えたらしく、ユナが話しかけると反応は示してくれる。
言葉を話す事はしないものの、首を振って返事は伝えられる。
「ダメね、シンの事は許して貰えないわ」
ユナが何度シンの事を許して貰えるよう語りかけるが、アイナの首は横を振るだけだ。
このままでは2人の関係は平行線を辿ったままだ。
「中二病か、厄介な」
「中二病?何それ?」
アイナの正体は確実に中二病だ。
このような状態の事をシンは知っている。
この剣や魔術の存在する世界で、中二病があるとは思ってもおらず、シンはこめかみの辺りに痛みを感じていた。
シンの言葉にユナが疑問を返して来たので、シンは中二病について知っている事を伝える。
シンもそれほど詳しい訳ではないが、わかる限りの事を教えている。
「じゃあ、この子が言ってた魔眼とか呪いの暴走とかは嘘なのね?」
「あっ、バカ!」
シンの話を聞き終えたユナは確認するように声を出してしまう。
だが真っ直ぐな彼女はアイナの正体について包み隠さず言葉にしてしまう。
すぐにシンが口を塞ぐが確実にアイナの耳に入ってしまっただろう。
「うぅ」
ユナの言葉にやはりアイナはまたも泣き出してしまう。
今アイナとの会話が出来るのはユナだけだ、そのユナまで嫌われてしまえばアイナとの接触は困難になる。
「ちょっとこっち来い」
アイナがうつむいたのを良い事にシンはユナと小さな声での会話を試みる。
ユナも今のアイナの反応からシンの意図を察したようだ。
「良いか?中二病の奴にはそういう事を言っちゃいけない」
「何でよ?」
「俺も詳しくはわからないが、中二病ってのは自分の作った設定通りに現実を歪めている。ありもしない事をあると思い込んでいるんだ。まさか魔術とか魔獣とかがある世界でこんな奴がいるとは思わなかったけどな」
「魔術とかがあるのは当たり前じゃない」
魔術や魔獣があるのはユナにとってだけでなく、この世界の人々には当たり前の事だ。
だがそうではない事を知っているシンはユナに対する説明を間違えたと少し後悔した。
「まあ良いわ、でも何でそんな事知ってるのよ?」
細かい事をユナが気にしない性格なのでシンについては深く追求されなかったが、中二病を知っている事についての言及は求められる。
「前の手刀の技と同じで俺の故郷にはそういう病気があったんだよ」
「病気?何も異常はないんでしょ?」
「ああ、体に異常はないんだがな。考え方が人とちょっと違うらしい」
「意味がわからないわ、なら別にどこも悪い訳じゃないのよね?」
ユナの言葉にシンは肯定を示すがユナはまだ納得出来ないようだ。
ユナの見る限りアイナの黒い冊子に書いてある内容は、別におかしい事でなく武器の特殊能力や技名などならいくらでもある事だ。
それはユナのもつ皇龍刀”契”にも言える事だった。
「ねえ、それって病気なんだけど病気じゃないのよね?」
「ああ」
ユナの言う事をシンはすぐに肯定する。
中二病は病と書くが、別に本当に病と診断され治療などは行われないだろう。
シンもユナと同じように考えていた為、否定する事はない。
「なら、世界樹の試練ってアイナがいれば良いんじゃないの?」
「どういうことだ?」
「だってその中二病って病気じゃないんでしょ?世界樹の30階層の試練は病でない病って言ってたじゃない、ならアイナがいれば試練は終わるんじゃない?」
ユナの言葉にシンは目を丸くした。
確かにユナの言う通りだ。
もしかしたら試練の答えは中二病の人物を探し出す事かもしれない。
「確かにそうだな、でも今は世界樹の試練よりアイナ自身の事だ。このままだと俺達は嫌われて終わりだぞ」
世界樹の試練にしてもアイナと言い関係を築けなければならない。
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「俺に考えがある」
「何よ?」
アイナに近付くシンをユナは不思議そうな目で見つめる。
シンがアイナに話しかけても無視されるのはわかりきっている。
「仕方ないが、同じ土俵に立ってみよう」
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呪いや魔眼、自分で刻んだであろう腕の刻印について、アイナの仲間達にも秘密にするとまず約束すると誓うのだ。
「ほんと?」
「ああ、本当だ。俺とユナはここで見た事、知った事を誰にも言わない」
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悪くない反応だと思ったがアイナはまだシンの事を信用出来ないようだ。
子供のように頬を膨らませ、シンの事を睨みつける。
だが涙に滲んだその瞳にシンは睨みつけられているようには見えなかった。
「嘘はつかない、それにまだお前に言ってない事もあるしな」
何?とアイナは視線で先を促す。
シンの考えはここからが重要だ。
「実は俺も昔、この左眼は魔眼が宿っていた」
「えっ⁉︎」
シンの言葉に反応したのはユナだった。
彼女もシンに昔、魔眼が宿っていたなど知らなかった。
だがそれは当たり前の事だ。
シンに魔眼があった事など嘘なのだから。
「でも、お兄ちゃんは何も戒めを受けてない」
シンの言葉にアイナは反応を示した。
この事からシンはこの会話が悪いものでないと判断した。
「ああ、今の俺は戒めを受けてない。それは俺が魔眼のもたらした災いを乗り越えたからだ」
「そんな事、出来ない!」
「出来る。創世の力を抑えきれなかった俺はここではない異世界を滅ぼした。だがその時に俺は神に救われたんだ」
これまでの話はシンの考えた嘘の歴史だ。
アイナの反応を伺いながら慎重に言葉を選ばなくてはならない。
「どうしたの?」
「俺に災いをもたらしたのはこの世に名を残す事すら禁忌とされた史上最悪の邪神が残したものだ。その邪神の一部が俺の中に宿り、邪神の意思に支配された俺は体の主導権を奪われ破壊の化身となった」
シンはもう自分で何を言っているのかわからなくなっていた。
思いついた事を適当に話すだけのシンは恥ずかしさから穴に入りたい気分だが、ここは我慢して続けるしかない、
シンの事を見るユナの視線がどんどん厳しくなり、可哀想なものを見るようになっていくが、ここでやめるわけにはいかないのだ。
「そんな時だ、俺は自分の中に潜むもう一つの存在に気が付いた。邪神に支配される中、奴の隙を突きそのもう一つの存在に手を伸ばした。本当に手を伸ばした訳じゃない、感覚の話だがな」
「それで、お兄ちゃんはどうなったの?」
「その存在は大いなる神々の意思だった。邪神の復活を危惧した神達は、邪神に押しとどめられていた俺の意思を呼び覚まし、暗黒世界に住む邪神との最終決戦へと向かわせた。俺と邪神、互いに寿命を縮めるほどの激闘で、暗黒世界は戦いに耐えきれず崩壊をした」
もう本当に何を言っているのか自分で理解が出来ない。
ユナに関しては完全に話を聞いておらず、何故か哀れみを浮かべている。
だがそんな中でただ1人アイナのみがシンの言葉に惹かれていた。
「お兄ちゃんは今、生きてるよ」
「そうだ、世界の崩壊に巻き込まれた俺は、残された力を使い神々の造ったこの世界に転移した。俺の力は失われ、以前の半分にも満たないが邪神に打ち勝ち、今もこうして生きる事が出来る」
「わぁぁ」
シンの破茶滅茶な話にアイナただ1人が感嘆の息を吐いていた。
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「詳しく話す事は創世の戒めによりする事は出来ない。だが今話した事は事実だ」
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「何でそうなるのよ?」
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正直に言うと面倒なのだ。
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「あっ姉貴⁉︎」
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