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獣王との戦い
復讐の終わり
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世界樹の試練により、過去に過ごしていた世界へと転移したシンは、悪行の限りを尽くし、その世界に住むあらゆる者達に襲いかかっていた。
この世界において、空想でしかありえないほどの身体能力、特殊能力を持つシンに抗う術はなく、繰り広げられるのは、一方的な虐殺である。
シンは目的地に移動しながらも、目につく存在全てを破壊する。
その対象に性別、年齢、種族、は関係がない。
生きとし生けるもの全てに死をもたらすシンの存在は、まさしく死神と呼ぶべきであろう。
中には些細な抵抗をする者もいる。
かつてはシンも恐れていた不良と呼ばれる者達、格闘技と呼ばれる競技を経験している者達、無差別に襲いかかるシンは、そのような者達からは攻撃をされる事もある。
だが、その拳はまるで止まっているかのように感じられる。
当然、シンにその拳が届く事は一度もなく、突き出した腕や足を斬り飛ばされるだけであった。
その者達も、この世界では強者と呼ばれているのだろう。
だが、ユナやナナ、アイナと共に旅をするシンにとって、その存在は小さな虫と変わりないほど弱い。
仮に、シンと同じ速度で動けたとしても、シンに勝つ事は不可能である。
敵を殺す、その事に特化し、生死をかけて戦ってきたシンにとって、その者達がしている喧嘩や格闘技など子供の遊びのように感じてしまう。
殺意のない攻撃など、脅威にもならず、隙だらけの構えには、思わず失笑してしまうほど、くだらない存在であった。
携帯電話などで助けを求めようとしても、無駄である。
まずその隙を与える事はないうえに、虚無の大鎌により、通信網など存在していないのだ。
「なるほどな、俺の知っている場所までしか再現出来てないのか」
住宅街を抜け、一際大きな商業施設へと赴いたシンは、屋上から辺り一面を見回した。
すると、見回した場所で所々、不鮮明な箇所が見受けられた。
シンの記憶に残る場所、というよりは訪れた事がある場所は、正確に再現されている。
この街から離れれば、不鮮明な箇所は増えるだろうが、今の所そのつもりはないので向かう必要はない。
「おい、シンじゃねぇか。こんなとこで何してんだよ?」
商業施設の屋上にて、シンに声をかける者達が現れた。
シンの服装は、この世界では異質な物だが、都合良く解釈されているらしく、ここまで指摘される事はなかった。
見覚えのある者達は、数人の男女であり、薄ら笑いを浮かべながらシンに近寄る。
「なんか言えよ」
男は反応を示さないシンに不快感を持ったらしく、怒りを浮かべたような表情をする。
「まあいい、金よこせ。それで許してやるよ」
見下した笑みをした男は、シンに対し金銭を要求する。
それにつられ、他の男女もゲラゲラと笑い出す。
その行動に、今度はシンが不快感を持つ。
「ああいいよ、ちょっと待って」
「素直だな、早くしろよ」
シンが素直に従ったと受け取った男は、機嫌が良くなったのだろう。
共にいた者達に振り返り、何買うか? などと話をしている。
もちろん、シンは金銭を渡すつもりなどない。
渡そうにしても、もとよりこの世界の金銭を持ち合わせていない。
金銭を取り出すふりをして、無の証である腕輪の形状を、大鎌でなく大きめのナイフに変化させる。
笑みを浮かべたシンは、視線を逸らした男の腹部へ、ナイフを突き立てる。
「あっぐお?」
突然全身を駆け巡る激痛に、男は痛みを堪えるように目を見開き、顔を赤く染める。
あまりの痛みに、声を発する事が出来ず、ナイフを刺し込まれた箇所を見つめる事しか出来ない。
「ちょっと、どうしたの?」
男の異変を感じた1人が声をかける。
しかし、男にはその問いかけに答える余裕はない。
「金が欲しいんだろ? ならお前の内臓を売れば良いじゃないか」
男の腹部を切り開くように、切れ味の良いナイフを、ゆっくりと滑らせていく。
何が起きているのかわからない他の男女は、硬直したまま動かない。
「えっ?」
しかし、男の腹部が切り開かれると同時に溢れ出る血が、地面を叩く音を聞き、何が起きているのか察してしまう。
「ほら、これを打って来いよ。どこで売れるのかは知らないけどな」
「ひゃぁっ」
ベチョッと音を立てて受け取った物は、刺された男の体内にあるはずの何かの臓器である。
初めて目にする脈動する臓器を受け取った女は、顔を青く染め、凍りついたように動く事が出来ない。
「なんだ? 要らないのか」
現実を受け入れられられない者達に、シンは言葉を出す事を許さなかった。
叫ぼうとした者の喉を斬り裂き、残った者達を威圧する。
この平和な世界で、シンの威圧に耐えられる者はいない。
シンを見下していた者達は、自分達が狩られる立場の存在である事を、本能的に察し、膝から崩れ落ちる。
逃げ場などない事を理解してしまったのだ。
「ただでは殺さないからな」
シンの言葉を聞いた者達は、己の悲惨な運命を呪う。
こんな事になるなどと、誰もが思ってもいなかった。
「これは、ちょうど良いな」
商業施設の屋上から吊るされる宣伝用の垂れ幕を見つけたシンは、それを回収する。
「やっやめてよぉ」
数名の10代の女性は、衣服を剥がれ、縛り付けられた縄を見て、己の未来を悟り、泣きながら懇願する。
だが、その程度で許されるシンの憎悪ではない。
「ほら、体を張って宣伝しろよ」
何をされるのが1番嫌なのか、それを考えた結果が、この行動であった。
シンに近づいた者達は、この後、大衆の晒し者として、忘れられない記憶を植え付けられる事となる。
屋上から移動し、晒し者となった者達の末路を、シンは笑いながら眺めている。
上空に吊るされる恐怖に、生まれた末路をままの姿を、商業施設の近くにいる全ての人達に目撃される様は、シンの憎悪を晴らす為に役立った。
羞恥と恐怖に顔を歪めた者達は、至る所で写真を撮られ、いつの間にか現れた警備員などの者達により、救出されようとしていた。
十分に愉しんだシンは、その者達が救出される事を許さなかった。
近くの店舗より盗んだ刃物を遠方からその者達に向け投擲する。
見事に直撃した刃物は、対象となった者を貫通し、直線上にいた者達も巻き添えにする。
鮮血が舞い散り、興味本位で野次馬に来ていた者達も、事態の激変に戸惑いをみせる。
集まった人々は、シンの投擲は速すぎた為、何が起きているのか理解が出来ていないのだ。
騒めく群衆だが、徐々にただならぬ事態であると察する者達が増えてきた。
嘲笑が支配していた場所に、悲鳴が巻き起こる。
「煩いな、騒いだところで、全員助からないよ」
混乱する群衆は、我こそはと他人を蹴落とし、逃げ惑う。
シンが手を出さずとも、この混乱の中、何人かの命は失われていた。
群衆の流れを読み、逃げ出そうとする場所の地面を、シンは虚無の大鎌の力で消滅させる。
後方から押し出される形で、次々とシンの作り出した底の見えない断崖に、人々は雪崩れ込んでいく。
「ほら、次はそっちだぞ」
次々と群衆を追い詰めるシンは、世界分断前、ノアが愉しそうに人々を殺していた事に同感した。
自分の思い通りに死にゆく者達を見ると、気分が高揚する。
今のシンは、ユナ達の知る、何かとやる気のないシンとは、別の存在であった。
「はははっ血の海が出来るぞ!」
哀れな人間達は、シンにより弄ばれていた。
シンの作り出した断崖は、死んだ者達の血や肉塊により、どす黒く、それでいて赤い海を形成する。
これだけの事をしながらも、誰もシンの仕業だと気付く事は出来ない。
助かる事に必死なあまり、他の事を考えられないのだ。
商業施設の周辺に死をもたらしたシンは、目的地に向け再度進み出す。
余計な時間を使ってしまったが、シンにとって有意義な時間であった。
シンはもはや、人の命をなんとも思っていない。
歩いていたら蟻を踏んでしまった、その程度の感情しか持ち合わせていない。
「久し振りだな」
目的地に到達したシンは、懐かしい風景を眺め、独り言をつぶやく。
休日である為、建物の中に人は少ないが、運動場は、様々な競技を練習する者達で溢れている。
「よぉ、元気か?」
施設内に入り込み、適当に見つけた人物に気軽に声をかける。
しかし、その声をかけられた者は返事をする事はない。
シンが通り過ぎると同時に、その者の首は、 消滅するのだから。
シンが運動場を進むたび、人が倒れていく。
倒れた者達が、シンの過ぎ去った道を作り出すと、異常な事態に気付く者が増え始める。
「きゃああぁ!」
大きな建造物に、悲鳴がこだまする。
その声を不快に感じたシンは、声を上げる者の場所へと瞬時に移動し、黙らせるように痛みつける。
これまでと違い、残った大勢の人々は、簡単には殺されない。
「シッシン君!何をしているのです!」
「先生か」
シンの姿を見つけた1人の女性が、なんとも表現しがたい表情で、声をかけてくる。
怒り、悲しみ、驚き、様々な感情が女性から伝わる。
だが、シンは止まる事が出来ない。
この機会を逃しては、復讐を果たせないかもしれないからだ。
「何をしているのかと聞いているんです!」
問い詰めるように言う女性だが、シンが何をしたのか、それは聞かずとも誰もが知っている。
「見たらわかりませんか?」
「そういう事を言っているのでは、ありません!」
この女性が何を言いたいのか、シンにも理解出来る。
だが、何を言われようとシンには関係がない。
それが、かつて自分を救おうと行動した恩人であろうとだ。
「あなたに恨みはない、でも俺はやらなきゃならないんだ」
虚無の大鎌を縦に振る。
たったそれだけの動作で、大地は裂け、女性は中心から真っ二つにわかれる。
それは、女性のみにとどまらず、直線上にいた者も同様に分断されてしまう。
非現実的な光景を目にした者達は、声すら出す事が出来ない。
その光景を生み出した者がシンである事も理解しがたい。
「動くな!」
急激に冷めた気持ちになったシンは、抵抗しない者達を次々と殺害していった。
活気に溢れていた運動場には、肉を斬り裂く音と血が舞い散る音しか聞こえなくなっていた。
その時、運動場の外から、何度か聞き覚えのある音と共に、何台もの自動車と、武装した集団が、シンを威嚇するように並んでいた。
その者達の到着に、運動場でただ殺されるだけの運命であった者達は、安堵する。
絶対の信頼の置ける者達が登場したのだ、当然だろう。
しかし、シンにとってその者達は脅威にならない。
シンは銃口を向けられている事を知りながらも、現れた集団に歩み寄る。
「止まれ!それ以上近寄れば射撃する」
近づくシンを威嚇するように、さらに向けられる銃口が数を増す。
だが、シンは立ち止まらない。
それを確認した集団は、シンに向け、弾丸を放つ。
「なんだこれ? 銃弾ってのはこんなに遅いのか」
幻滅をしたように、シンは迫り来る銃弾を全て弾き飛ばす。
常人では視認すら出来ない銃弾を、シンは確実に捉えていた。
「はっ?」
その光景は、銃弾を放った者達ですら、予想していない事だった。
その者達が思い描いていたのは、無残にも銃弾に撃ち抜かれるシンの姿のみだ。
それが全くの無傷である。
無意識のうちに、その者達の体は震えだす。
かつてないほどの存在を前に、その手に持つ凶器が、玩具のように感じる錯覚をする。
「もういいか、さよならだ」
シンは当初想定したよりも、あっさりと終わりを決断する。
なんとも言えない感情をシンは感じていた。
自分があれだけ切望していたはずの復讐は、何か違う気がしていた。
一振りで終わらすべく、虚無の大鎌を横に振り切る。
繰り出すのは、かつて砂の世界で皇都ミスラン、王都ラピリアの2大都市を一撃で廃墟とした虚無の閃刃。
不可視の防御不能の斬撃が、シンを中心に繰り出される。
人、建物、植物、空気に至るまで、不可視の斬撃の通る場所に残る物は何もない。
世界樹の試練により完璧に再現された世界は、たった一撃で壊滅をする事になる。
「そういや、どうすれば終わるんだ?」
壊滅させた世界で、シンは1人つぶやく。
過去を壊せと言われた通り、視界に移る物全て壊滅させたが、試練は終わろうとしない。
「また俺だけ、攻略が遅くなるのか? それはやだな」
自分のいない世界に行った際も、シンは誰よりも試練の攻略に時間をかけた。
待たされていた仲間達の心配そうな顔を、また見たくはないので、早く終わらせたい。
だが、試練が終わる気配は全くない。
仕方なく移動を始めたシンだが、進む限りしっかりと破壊されており、人1人残ってはいない。
「シンちゃん? シンちゃんなの⁉︎」
途方にくれるシンの耳に、懐かしい声が聞こえてきた。
壊滅した都市の中、奇跡的に生存した者が、シンに近寄る。
その人物は女性であった。
シンの事をその呼び方をするのは、1人しか知らない。
記憶にある顔よりも、少しだけ老けていたが、間違えるはずがない。
「母さん」
シンに名前を呼ばれた女性は、涙を浮かべる。
幼い頃、なぜこの女性について行かなかったのか。
それは、シンが思い続けている事であった。
「大きく、なったわね」
何年ぶりになるだろうか。
シンに安心感を与える笑顔は、今も変わらない。
だが、シンは理解した。
この人を殺さなくてはならない。
それが条件とは限らない、しかしそれが条件であるとなぜか確信を持てた。
「母さん、俺は母さんを殺さなきゃならない」
嘘をつく事は出来ない。
正直に言わなくてはならない、そうシンは思った。
「そう、何があったのかわからないけど、シンちゃんの好きにしなさい」
目を瞑り、母親は最後の時を待つ。
虚無の大鎌を取り出したシンは、躊躇する前に、一気にとどめを刺す。
せめて痛みのないように、痛覚を感じさせる間もなく、母親を消滅させる。
『試練は乗り越えられた』
母親の死にゆく姿を最後に、シンの視界は暗黒に支配されていく。
この世界において、空想でしかありえないほどの身体能力、特殊能力を持つシンに抗う術はなく、繰り広げられるのは、一方的な虐殺である。
シンは目的地に移動しながらも、目につく存在全てを破壊する。
その対象に性別、年齢、種族、は関係がない。
生きとし生けるもの全てに死をもたらすシンの存在は、まさしく死神と呼ぶべきであろう。
中には些細な抵抗をする者もいる。
かつてはシンも恐れていた不良と呼ばれる者達、格闘技と呼ばれる競技を経験している者達、無差別に襲いかかるシンは、そのような者達からは攻撃をされる事もある。
だが、その拳はまるで止まっているかのように感じられる。
当然、シンにその拳が届く事は一度もなく、突き出した腕や足を斬り飛ばされるだけであった。
その者達も、この世界では強者と呼ばれているのだろう。
だが、ユナやナナ、アイナと共に旅をするシンにとって、その存在は小さな虫と変わりないほど弱い。
仮に、シンと同じ速度で動けたとしても、シンに勝つ事は不可能である。
敵を殺す、その事に特化し、生死をかけて戦ってきたシンにとって、その者達がしている喧嘩や格闘技など子供の遊びのように感じてしまう。
殺意のない攻撃など、脅威にもならず、隙だらけの構えには、思わず失笑してしまうほど、くだらない存在であった。
携帯電話などで助けを求めようとしても、無駄である。
まずその隙を与える事はないうえに、虚無の大鎌により、通信網など存在していないのだ。
「なるほどな、俺の知っている場所までしか再現出来てないのか」
住宅街を抜け、一際大きな商業施設へと赴いたシンは、屋上から辺り一面を見回した。
すると、見回した場所で所々、不鮮明な箇所が見受けられた。
シンの記憶に残る場所、というよりは訪れた事がある場所は、正確に再現されている。
この街から離れれば、不鮮明な箇所は増えるだろうが、今の所そのつもりはないので向かう必要はない。
「おい、シンじゃねぇか。こんなとこで何してんだよ?」
商業施設の屋上にて、シンに声をかける者達が現れた。
シンの服装は、この世界では異質な物だが、都合良く解釈されているらしく、ここまで指摘される事はなかった。
見覚えのある者達は、数人の男女であり、薄ら笑いを浮かべながらシンに近寄る。
「なんか言えよ」
男は反応を示さないシンに不快感を持ったらしく、怒りを浮かべたような表情をする。
「まあいい、金よこせ。それで許してやるよ」
見下した笑みをした男は、シンに対し金銭を要求する。
それにつられ、他の男女もゲラゲラと笑い出す。
その行動に、今度はシンが不快感を持つ。
「ああいいよ、ちょっと待って」
「素直だな、早くしろよ」
シンが素直に従ったと受け取った男は、機嫌が良くなったのだろう。
共にいた者達に振り返り、何買うか? などと話をしている。
もちろん、シンは金銭を渡すつもりなどない。
渡そうにしても、もとよりこの世界の金銭を持ち合わせていない。
金銭を取り出すふりをして、無の証である腕輪の形状を、大鎌でなく大きめのナイフに変化させる。
笑みを浮かべたシンは、視線を逸らした男の腹部へ、ナイフを突き立てる。
「あっぐお?」
突然全身を駆け巡る激痛に、男は痛みを堪えるように目を見開き、顔を赤く染める。
あまりの痛みに、声を発する事が出来ず、ナイフを刺し込まれた箇所を見つめる事しか出来ない。
「ちょっと、どうしたの?」
男の異変を感じた1人が声をかける。
しかし、男にはその問いかけに答える余裕はない。
「金が欲しいんだろ? ならお前の内臓を売れば良いじゃないか」
男の腹部を切り開くように、切れ味の良いナイフを、ゆっくりと滑らせていく。
何が起きているのかわからない他の男女は、硬直したまま動かない。
「えっ?」
しかし、男の腹部が切り開かれると同時に溢れ出る血が、地面を叩く音を聞き、何が起きているのか察してしまう。
「ほら、これを打って来いよ。どこで売れるのかは知らないけどな」
「ひゃぁっ」
ベチョッと音を立てて受け取った物は、刺された男の体内にあるはずの何かの臓器である。
初めて目にする脈動する臓器を受け取った女は、顔を青く染め、凍りついたように動く事が出来ない。
「なんだ? 要らないのか」
現実を受け入れられられない者達に、シンは言葉を出す事を許さなかった。
叫ぼうとした者の喉を斬り裂き、残った者達を威圧する。
この平和な世界で、シンの威圧に耐えられる者はいない。
シンを見下していた者達は、自分達が狩られる立場の存在である事を、本能的に察し、膝から崩れ落ちる。
逃げ場などない事を理解してしまったのだ。
「ただでは殺さないからな」
シンの言葉を聞いた者達は、己の悲惨な運命を呪う。
こんな事になるなどと、誰もが思ってもいなかった。
「これは、ちょうど良いな」
商業施設の屋上から吊るされる宣伝用の垂れ幕を見つけたシンは、それを回収する。
「やっやめてよぉ」
数名の10代の女性は、衣服を剥がれ、縛り付けられた縄を見て、己の未来を悟り、泣きながら懇願する。
だが、その程度で許されるシンの憎悪ではない。
「ほら、体を張って宣伝しろよ」
何をされるのが1番嫌なのか、それを考えた結果が、この行動であった。
シンに近づいた者達は、この後、大衆の晒し者として、忘れられない記憶を植え付けられる事となる。
屋上から移動し、晒し者となった者達の末路を、シンは笑いながら眺めている。
上空に吊るされる恐怖に、生まれた末路をままの姿を、商業施設の近くにいる全ての人達に目撃される様は、シンの憎悪を晴らす為に役立った。
羞恥と恐怖に顔を歪めた者達は、至る所で写真を撮られ、いつの間にか現れた警備員などの者達により、救出されようとしていた。
十分に愉しんだシンは、その者達が救出される事を許さなかった。
近くの店舗より盗んだ刃物を遠方からその者達に向け投擲する。
見事に直撃した刃物は、対象となった者を貫通し、直線上にいた者達も巻き添えにする。
鮮血が舞い散り、興味本位で野次馬に来ていた者達も、事態の激変に戸惑いをみせる。
集まった人々は、シンの投擲は速すぎた為、何が起きているのか理解が出来ていないのだ。
騒めく群衆だが、徐々にただならぬ事態であると察する者達が増えてきた。
嘲笑が支配していた場所に、悲鳴が巻き起こる。
「煩いな、騒いだところで、全員助からないよ」
混乱する群衆は、我こそはと他人を蹴落とし、逃げ惑う。
シンが手を出さずとも、この混乱の中、何人かの命は失われていた。
群衆の流れを読み、逃げ出そうとする場所の地面を、シンは虚無の大鎌の力で消滅させる。
後方から押し出される形で、次々とシンの作り出した底の見えない断崖に、人々は雪崩れ込んでいく。
「ほら、次はそっちだぞ」
次々と群衆を追い詰めるシンは、世界分断前、ノアが愉しそうに人々を殺していた事に同感した。
自分の思い通りに死にゆく者達を見ると、気分が高揚する。
今のシンは、ユナ達の知る、何かとやる気のないシンとは、別の存在であった。
「はははっ血の海が出来るぞ!」
哀れな人間達は、シンにより弄ばれていた。
シンの作り出した断崖は、死んだ者達の血や肉塊により、どす黒く、それでいて赤い海を形成する。
これだけの事をしながらも、誰もシンの仕業だと気付く事は出来ない。
助かる事に必死なあまり、他の事を考えられないのだ。
商業施設の周辺に死をもたらしたシンは、目的地に向け再度進み出す。
余計な時間を使ってしまったが、シンにとって有意義な時間であった。
シンはもはや、人の命をなんとも思っていない。
歩いていたら蟻を踏んでしまった、その程度の感情しか持ち合わせていない。
「久し振りだな」
目的地に到達したシンは、懐かしい風景を眺め、独り言をつぶやく。
休日である為、建物の中に人は少ないが、運動場は、様々な競技を練習する者達で溢れている。
「よぉ、元気か?」
施設内に入り込み、適当に見つけた人物に気軽に声をかける。
しかし、その声をかけられた者は返事をする事はない。
シンが通り過ぎると同時に、その者の首は、 消滅するのだから。
シンが運動場を進むたび、人が倒れていく。
倒れた者達が、シンの過ぎ去った道を作り出すと、異常な事態に気付く者が増え始める。
「きゃああぁ!」
大きな建造物に、悲鳴がこだまする。
その声を不快に感じたシンは、声を上げる者の場所へと瞬時に移動し、黙らせるように痛みつける。
これまでと違い、残った大勢の人々は、簡単には殺されない。
「シッシン君!何をしているのです!」
「先生か」
シンの姿を見つけた1人の女性が、なんとも表現しがたい表情で、声をかけてくる。
怒り、悲しみ、驚き、様々な感情が女性から伝わる。
だが、シンは止まる事が出来ない。
この機会を逃しては、復讐を果たせないかもしれないからだ。
「何をしているのかと聞いているんです!」
問い詰めるように言う女性だが、シンが何をしたのか、それは聞かずとも誰もが知っている。
「見たらわかりませんか?」
「そういう事を言っているのでは、ありません!」
この女性が何を言いたいのか、シンにも理解出来る。
だが、何を言われようとシンには関係がない。
それが、かつて自分を救おうと行動した恩人であろうとだ。
「あなたに恨みはない、でも俺はやらなきゃならないんだ」
虚無の大鎌を縦に振る。
たったそれだけの動作で、大地は裂け、女性は中心から真っ二つにわかれる。
それは、女性のみにとどまらず、直線上にいた者も同様に分断されてしまう。
非現実的な光景を目にした者達は、声すら出す事が出来ない。
その光景を生み出した者がシンである事も理解しがたい。
「動くな!」
急激に冷めた気持ちになったシンは、抵抗しない者達を次々と殺害していった。
活気に溢れていた運動場には、肉を斬り裂く音と血が舞い散る音しか聞こえなくなっていた。
その時、運動場の外から、何度か聞き覚えのある音と共に、何台もの自動車と、武装した集団が、シンを威嚇するように並んでいた。
その者達の到着に、運動場でただ殺されるだけの運命であった者達は、安堵する。
絶対の信頼の置ける者達が登場したのだ、当然だろう。
しかし、シンにとってその者達は脅威にならない。
シンは銃口を向けられている事を知りながらも、現れた集団に歩み寄る。
「止まれ!それ以上近寄れば射撃する」
近づくシンを威嚇するように、さらに向けられる銃口が数を増す。
だが、シンは立ち止まらない。
それを確認した集団は、シンに向け、弾丸を放つ。
「なんだこれ? 銃弾ってのはこんなに遅いのか」
幻滅をしたように、シンは迫り来る銃弾を全て弾き飛ばす。
常人では視認すら出来ない銃弾を、シンは確実に捉えていた。
「はっ?」
その光景は、銃弾を放った者達ですら、予想していない事だった。
その者達が思い描いていたのは、無残にも銃弾に撃ち抜かれるシンの姿のみだ。
それが全くの無傷である。
無意識のうちに、その者達の体は震えだす。
かつてないほどの存在を前に、その手に持つ凶器が、玩具のように感じる錯覚をする。
「もういいか、さよならだ」
シンは当初想定したよりも、あっさりと終わりを決断する。
なんとも言えない感情をシンは感じていた。
自分があれだけ切望していたはずの復讐は、何か違う気がしていた。
一振りで終わらすべく、虚無の大鎌を横に振り切る。
繰り出すのは、かつて砂の世界で皇都ミスラン、王都ラピリアの2大都市を一撃で廃墟とした虚無の閃刃。
不可視の防御不能の斬撃が、シンを中心に繰り出される。
人、建物、植物、空気に至るまで、不可視の斬撃の通る場所に残る物は何もない。
世界樹の試練により完璧に再現された世界は、たった一撃で壊滅をする事になる。
「そういや、どうすれば終わるんだ?」
壊滅させた世界で、シンは1人つぶやく。
過去を壊せと言われた通り、視界に移る物全て壊滅させたが、試練は終わろうとしない。
「また俺だけ、攻略が遅くなるのか? それはやだな」
自分のいない世界に行った際も、シンは誰よりも試練の攻略に時間をかけた。
待たされていた仲間達の心配そうな顔を、また見たくはないので、早く終わらせたい。
だが、試練が終わる気配は全くない。
仕方なく移動を始めたシンだが、進む限りしっかりと破壊されており、人1人残ってはいない。
「シンちゃん? シンちゃんなの⁉︎」
途方にくれるシンの耳に、懐かしい声が聞こえてきた。
壊滅した都市の中、奇跡的に生存した者が、シンに近寄る。
その人物は女性であった。
シンの事をその呼び方をするのは、1人しか知らない。
記憶にある顔よりも、少しだけ老けていたが、間違えるはずがない。
「母さん」
シンに名前を呼ばれた女性は、涙を浮かべる。
幼い頃、なぜこの女性について行かなかったのか。
それは、シンが思い続けている事であった。
「大きく、なったわね」
何年ぶりになるだろうか。
シンに安心感を与える笑顔は、今も変わらない。
だが、シンは理解した。
この人を殺さなくてはならない。
それが条件とは限らない、しかしそれが条件であるとなぜか確信を持てた。
「母さん、俺は母さんを殺さなきゃならない」
嘘をつく事は出来ない。
正直に言わなくてはならない、そうシンは思った。
「そう、何があったのかわからないけど、シンちゃんの好きにしなさい」
目を瞑り、母親は最後の時を待つ。
虚無の大鎌を取り出したシンは、躊躇する前に、一気にとどめを刺す。
せめて痛みのないように、痛覚を感じさせる間もなく、母親を消滅させる。
『試練は乗り越えられた』
母親の死にゆく姿を最後に、シンの視界は暗黒に支配されていく。
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