プロクラトル

たくち

文字の大きさ
127 / 174
獣王との戦い

本物の日常

しおりを挟む
「戻って来たか。みんなは、まだ戻ってないか」

 試練を終え、世界樹90階層の試練の間へと戻ったシンは、他の仲間達の様子を確認する。
 やり切れない気持ちを抱えたまま試練は終わってしまったが、突破出来たのなら良いと、シンは気持ちを切り替える。
 現状、試練を終えたのはシンが最初のようであり、何もない空間には、シンのみが存在している。

「急に、暇になったな」

 激情に駆られるまま、偽の砂の世界と同じく試練で訪れた世界を破壊し尽くしたシンは、静寂に包まれた空間を寂しく感じていた。

 部屋から出る訳にはいかないので、本当にやる事がない。
 以前の試練で、よく仲間達はシンの事を待ち続けたと感心していた。

「あっ、エルリックが戻らないと飯がないんじゃないか?」

 食料の管理はエルリックの担当だ。
 それを思い出したシンは、自身の持つ魔導具の袋の中身を確認する。
 焦りを感じるシンの期待を、自身の魔導具の袋は裏切る事となる。

 袋の中には、食料の類は一切入っておらず、その中身は、興味本位で購入していた用途の不明な魔導具ばかりが入っている。

 食料がない、そう実感した直後から、シンは空腹感を感じ始める。
 こうなるならば、試練の世界で何か食べておけば良かったと後悔する。
 この世界にはない食事を、久々に堪能する機会を失った事が、名残惜しい。
 もう2度とあの世界の料理を食す機会は訪れないだろう。

「さすがは師ですね、1番に戻るとは」

 次第に大きくなる空腹感に嫌気がさしていた頃、アイナがシンの次に試練を終えた。
 アイナの中でシンの株が上昇するが、今はそれどころではない。

「アイナは何か食べる物持ってないか?」

 シンの言葉を聞いたアイナは、魔導具の袋から何かを取り出す。

「口に合うかわかりませんが、これを」

 仰々しく、貢物でもするかのように渡してきた物は、何かの動物の肉なのだろう。
 乾燥させた肉は、独特の形状をしており、ほのかに香る香辛料に食欲をそそられる。

「うまいな、なんの肉なんだ?」

 程よい味付けをされた肉の内側には、歯ごたえのある野菜のような物が詰められている。
 食べた事のない食材だが、その味は悪くなく、シンは味わいながら食べ続ける。

「お気に召したようでなによりです。それは機甲虫の炒め物を星蛙の肉で包んだ逸品です。なかなか不人気ですが、我は気に入っていましてな」

「ぶっ!」

 アイナの説明を聞いたシンは、口の中に含んだ物を全て吐き出す。

「ゲッゲホ、お前は人になんてもの食わせてんだ」

 先ほどまで、美味しそうに食していたくせに、材料を聞いた瞬間に吐き出すシンは、文句を言う資格はない。

 だが、それも仕方ないだろう。
 蛙の肉に虫を詰め込んだ物など、到底食べる気にはならない。

「むっ師よ、吐き出すとはもったいない」

 ゲホゲホと咳き込むシンを横目に、アイナはその蛙の肉を食べ続けていた。
 彼女は見た目よりも、味を重要視しており、多少変わり物の食材でも美味であれば何でも口にする。

「他はないのか?」

 シンは変わりの食事を要求するが、アイナが持つ食料は、全て変わり種の物ばかりであった。

 取り出した食料は、ほとんどが虫やヌメヌメした謎の生物などと気色の悪い物が多く、その中にシンが食べられると思える物は1つもない。

「いや、もう良いよ」

 色々と取り出したアイナに悪いと告げ、シンは大人しくエルリックの帰還を待つ事にする。
 美味しそうに食事をするアイナは、口の端から虫の足をはみ出させながら、満足そうにしている。

「シンとユナが最初か、負けたわ」

 空腹を耐えるシンの側に、いつの間にかユナが座り込んでいた。

「何よそれ? 私にもちょうだい」

 ユナも少し空腹であったようで、アイナの持っていた食事を受け取り、食べ始める。
 不気味な食材をためらいなく食べるユナに、シンは戦慄を覚えるが、アイナと同じく美味しければ何でも良いタイプなのだろうと無理矢理納得する。

「私も、食べる」

 続いて戻ったナナも同じく、その食事を奪い取り、食べ始める。
 傭兵として戦場を闊歩していたユナとナナは、食べられる物であるならば何でも食べる。

「君達は、何て物を食べてるんだ」

 女性陣の豪快さに恐れをなしていたシンに、味方となる者が試練から戻る。
 女性陣の食す不気味な食材を目にしたロイズは、シンと同じく衝撃を受けたようで、顔を歪めていた。

「ほう? それは水蜘蛛の燻製だの、1つ頂こう」

 試練を終えたティナは、すぐさまアイナの持つ食材に食らいつく。
 細く、長い足をした大きな蜘蛛を食らうティナは、まさしく魔王といった堂々たる姿である。

 そろそろ空腹が無視出来なくなってきたシンであるが、女性陣のような頼もしさを持ち合わせていない。
 美味であるのは反応を見ていればわかるのだが、それを食す事を、本能が拒否していた。

 リリアナがいれば、シン達と同じくあの食材を口にする事を拒否すると考えたいが、生憎と今は行動を共にしていない。
 仮にこの場にいたとしても、王室育ちで世間知らずな部分があるリリアナは、興味本位で口にする可能性もあるのだが。

 ティナが戻って来た事で、残りはエルリックとメリィのみであったが、すぐ次に帰還したのはメリィである。

 獄炎鳥となったメリィが、どのような試練になったのかは不明だが、アイナの持つ食料をつつきながら食べる姿を見るに、試練を乗り越えた事は間違いない。

「あとはエルリックね」

「奴は真面目だからの、案外苦戦するやもしれん」

 食事に夢中かと思いきや、エルリックが戻らない事を気にしていたユナは、エルリックの戻りが遅い事を心配する。

 エルリックに指導をしていた為、エルリックの事を知るティナは、エルリックの性格的にこの試練が難しい事を示唆している。

 それはシンも同様に考えていた。
 自身の受けた試練を省みるに、エルリックも両親を殺す事になるだろう。
 シンの場合は踏ん切りがつく事であるし、父親については、前々から考えていた事だ。

 母親の殺害も抵抗はあったが、幼い頃に別れていた事で、今回は躊躇うことはなかった。
 試練の世界である事を知っていたのも関係するが、エルリックには難しいだろう。

 砂の世界で、エルリックの両親に会った事があるが、あの両親は本当に良い親であった。
 シンがエルリックの立場でも殺害する事を躊躇うだろう。
 それに、主人と崇めるリリアナの殺害も、試練には含まれる。

 ティナの言う通り、エルリックには厳しすぎる試練である。
 他の面々は、一様にそういった存在と決別しているので、苦戦しなかったのだ。
 魔王であるティナの試練内容は、違ったかもしれないが、ユナやナナ達はシンと同じ様な試練であった事は、心配する事から察する事が出来る。

 どの様な試練だったか気になるが、ここでそれを聞くのは、シンには躊躇われた。
 自分と同様に、誰にも知られたくない過去はあるはずだからだ。

 それに、シンの空腹もそろそろ限界である。
 エルリックには、早く戻って来てもらいたい所だ。

「ようやく終わったか、僕が最後か。シン達は、やはり凄いな」

 しばらく待つと、疲労を隠せないエルリックが帰還する。
 その表情を見るに、相当消耗しており、苦戦した事が伺える。

「エルリック、良く帰ってきた」

 ようやく帰還したエルリックに、シンは思わず抱きついてしまう。
 苦笑いを浮かべるエルリックだが、シンが心配していたと思い、悪い気はしていない様子である。
 シンとしては、一刻も早くまともな食事をしたいというのが大きく、戻って来た事に感激しただけなのだが、後ろからユナのうわぁと言うひいたような声を聞き、すぐにエルリックから離れる。

 恥ずかしさから咳払いをしながらもエルリックの帰還を喜ぶシンは、食料の催促をしようとしたのだが、エルリックの行動がそれを許さない。

「おや? アイナさん、なかなか美味しそうな物を食べてるね。僕も頂いて良いかな?」

 シンが吹き出した蛙の虫詰めに、エルリックは舌鼓をうつ。
 まさかの行動に、シンはその食料の正体をエルリックに言うが、エルリックは気にせず食べ続ける。

「シンもどうだい? なかなか美味だぞ」

 丁重に断りを入れ、エルリックから普通の食料を受け取る。
 待ち望んだ普通の食事だが、シンはどうも釈然としない。

「まあ、こんなのも悪くないか」

 仲間達との感覚のズレを感じるシンであるが、これが今のシンが生きる世界であり、本物の日常である。
 かつて生活していた場所とは違う。
 今、こうして仲間達と共にいるシンこそが、本物のシンなのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐
ファンタジー
 ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。  しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。  しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。  ◆ ◆ ◆  今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。  あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。  不定期更新、更新遅進です。  話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。    ※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...