プロクラトル

たくち

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獣王との戦い

山の神と地の神

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「サリス、あなたが私に勝てると思うの?」

 サリスにより土砂の海に沈められたシン達を救出したミアリスは、サリスを挑発する。

『私が少しサリスを引き受けるからその間にさっさと回復しなさい』

 ミアリスは、土砂から救出したシン達の回復を急がせる。
 いかにミアリスとはいえ、神の座から降りた現状では、サリスには及ばない可能性が高いのだ。

 拮抗する為にはシン達の協力も必要であり、勝つつもりならば必要な戦力だ。
 サリスの登場にシン達は困惑していたが、戸惑っている時間はないと判断し、治癒薬を惜しみなく使用する。

「シン、君達はサリスの事を甘く見過ぎだよ。神の力の前では、人族の命なんて儚い物とよくわかっただろう?」

 神との戦いに油断していたつもりはないが、一瞬にして全滅寸前まで追い込まれた。
 その状況を目撃したノアの言葉に秘められた激情にシンは気付く。

 本来ならこの場にミアリスを連れ出す事をしたくなかったのだろう。
 このサリスとの戦いは、シン達のみで解決しなければならない事だったのだ。

 シン達ならばサリスに拮抗する事は可能、そうノアが考えていた。
 その期待をシン達は裏切ってしまったのだ。
 それだけでノアが激怒する事はないが、何かしらの心境の変化があってもおかしくはない。

「ユナとアイナは大丈夫か?」

「ええ、まだ戦えるわ」

 シンとエルリックよりも負傷の多いユナとアイナは、なんとか止血を終わらせ戦場に復帰出来る状態にまで回復した。
 足を木々に貫かれた為、機動力の部分は奪われてしまったが、まだ戦闘の続行は可能だ。

「ミアリスは、さすがだな」

 治癒薬による傷の修復を待つ間、時間を稼いでいるミアリスとサリスの戦闘は、想像の域を超えていた。

 砂の世界で、ミアリスと直接相対していない為、その力を見る事は初めてであったが、元神とだけあり格が違う。

 サリスはあらゆる物質や植物を際限なく生み出していく。
 山の神とだけありその生み出した物は、木々や土砂、岩石など山に関連する物が多い。

 対してミアリスは、何かを生み出す事はしない。
 しかし、地の神は大地に関するあらゆる物を支配し武器とする。
 サリスは己の生み出した土砂や岩石をミアリスに奪われるのだ。

 サリスには何かを生み出す能力があるが、その生み出した物を支配する力はない。
 それはノアも同じ事だ。
 ノアは何かを無に帰す事は可能だが、何かを生み出す事は自身の支配する無の世界でしか出来ない。

 サリスの生み出した土砂や岩石をミアリスは奪い、サリスに向け武器として使用している。
 岩石を尖らせ射出したり、土砂を波のように動かし、サリスから生み出される木々を防ぐ。

 一進一退の攻防は、終わりがなく感じられる。
 だが、ミアリスには余裕がない。
 神として君臨している時であれば、サリスなど相手にはならなかっただろう。
 しかし、今ミアリスは地の神ではない。

 サリスが生み出した物をすべてコントロール出来ないのだ。
 膨大に溢れ出す物質のほんの一部の支配権を奪い、己の力とする。

 おそらく現在拮抗した状況を保てるのは、サリスに戦闘経験が少ないからだろう。
 サリスが生み出す量に比べたらミアリスが操れる量は、ほんの僅かにしかならない。

 それでも拮抗出来ている訳は、サリスがただひたすらに何かを生み出す事しかしないからだ。
 強弱や誘導、フェイントなどが一切含まれない一定の攻撃では、敵に勘付かれ通用しない。
 戦闘をほとんどした事がないサリスにはそれがわからないのだ。

 だが、サリスにそれがわからないからと言って、攻撃が無駄な訳ではない。
 サリスの攻撃は、それを感じさせないほど量が膨大であるのだ。

 質より量、それを証明するかのようにサリスは次々と木々や植物を生み出す。
 先端を尖らせた木々は、ミアリスを貫かんと迫り、触手のような無数の蔓は、ミアリスからの攻撃を防ぎ動き回るミアリスを捕らえようと辺りにその触手を広げていく。

「ふん、私の力を利用するとは、不快だな」

 土砂や岩石を生み出す事が不利になるとサリスは気付き、ミアリスが操れない植物を武器にし始めたのだ。

「そっちこそ相変わらず、めんどくさい力ね」

 そしてサリスの攻撃は、時としてサリスの意思と関係なく、予測不可能な動きをする。
 後先考えず物質を生み出し続けるサリスにより、ノアによって無に帰された空間は、数多の物が入り乱れた空間となっている。

 その一つ一つは動きを見せないが、新たに生み出した木々や植物は違う。
 激突し、跳ね返り、破片を撒き散らす。
 その動きが時として不意の一撃をミアリスに与えるのだ。

 土砂を巧みに操り、自身に迫る木々を防ぐミアリスだが、その土砂の壁の強度は強くない。
 完全に防ぐのではなく、方向を逸らすなどで躱すのが限界なのだ。

 そしてその防御に使用出来る土砂の量は決して多くない。
 最大でも3方向の攻撃をいなすのが限界と言った所だろう。
 その防御を時に不意の一撃が突破してくるのだ。

「ほんと、厄介な能力よね」

 さらにミアリスの攻撃も、サリスを覆う植物により防がれてしまう。
 どれだけ削り取ろうとも瞬時に新たな物が生み出され、サリスの体にダメージを与える事が出来ない。

「どうした? 偉そうな事を言っておきながら随分ギリギリじゃないか」

 少しずつ傷の増え始めたミアリスを見て、サリスはまたも勝ち誇るように笑みを浮かべる。
 世界分断前、見下させていたミアリスを追い詰め始めている事が嬉しくてたまらないと言った表情である。

「神ではなくなった私を、まだ仕留められないの? 見た目も最悪なら実力も最弱と言う事かしら?」

「貴様ぁ」

 ミアリスが劣勢と言うのは誰が見ても明らかである。
 だが、ミアリスはそれを感じさせないほど余裕の態度を見せ、サリスを挑発する。

「神である私を愚弄するか!」

 それを受けたサリスは、杖を握る手に力を込める。
 ミアリスを挑発したつもりが、逆に開き直られてしまうサリスは怒りが収まらない様子である。

 サリスの目が完全にミアリスに向かう中、シン達は順調に回復を済ませ、この戦いに参入する機会を窺っていた。

「ユナとアイナは、援護に徹してくれ。武器がないからな」

 ユナとアイナは、未だに皇龍刀”契”と蒼紅蓮を奪われたままである。
 サリスの体に突き刺さったままの状態である。
 2人を欠くのは良い状況ではないが、アイナは魔術での応戦が可能だ。

「ナナ、ちょうど良いの作って」

 ユナの役割を考えていたシンであったが、武器を失った事による対応は既にユナ自身が考えていた。

「こんな感じ?」

 長年の付き合いであるナナは、ユナが求める刀を瞬時に読み取り創造する。

「うん、これでいいわ。ありがと」

「壊れたら、また創る」

 ナナが創り出した刀は、”契”ほどではないがかなりの業物である。
 しかし、サリスとの戦いでは、破壊される事も考慮に入れなければならない。
 その為、ナナは常にユナへ渡す分を確保しておかなくてはならないのだ。

「持ちやすいし、重さも良い。これなら行けそうよ」
  
 軽く素振りをさたユナは、戦力となれる確信を持つ。
 ユナに合わせるよう創り出したその刀は、持ちやすく、すぐにでも実践が可能だ。
 これで、ユナも前線に参加する事が出来る。

「俺とユナ、エルリックがサリスに向かう。後はミアリスと同じようにしてくれ」

 シン達の役割は、ミアリスに足りない火力を補う事だ。
 アイナの魔術にシーナの氷狼の力、その2つはサリス相手にも通用する事は証明されている。

「僕達は、あの植物を破壊するんだね」

 シンとユナ、エルリックの役目は、サリスの周囲の防御を突破する事と相手の自由を奪う事。
 危険であるが、神を相手にリスクなしで勝つ事など不可能だ。

「我の魔術なら、サリスの体にダメージを与えられる」

「ならアイナは大技に集中してくれ、俺達がその隙を作る」

 シンの言葉で、アイナは魔力を練り始める。
 魔王であるティナに賞賛されたアイナの大規模魔術なら、神にすら届き得る。

「私の氷狼とロイズさんで防御は固めます。おにぃさん達の援護は任せて下さい」

 シーナならばサリスの生み出した物を凍てつかせ無効化出来る。
 ロイズは、吸引闇虫により、その力を増幅させる事が可能だ。

 先ほどのような失敗は繰り返せない。
 サリスに大技を繰り出させる隙は与えてはならない。
 それを体感したシン達に、サリスへの恐怖心が生まれる。

 1度の失敗も許されない戦いは、シン達へ緊張をもたらす。
 心を落ち着かせ、武器を握る。
 ミアリスの時間稼ぎも、あと少ししか持たない。

「準備はいいな? いくぞ」

 山の神と元地の神、2人の戦いに再びシン達は身を投じる事となる。
 結末は、まだ誰にも予測が不可能である。
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