プロクラトル

たくち

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獣王との戦い

新たなる支配者

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「山の証を、まずは渡さなくてはならないか」

 首筋に添えられた大鎌の刃が離れるのを確認し、サリスはゆっくりと立ち上がる。
 その肉体は、未だ多くの傷跡を残し血を流しているが、それを感じさせないほど優雅な立ち姿を見せる。

 シン達の求める山の証の製造方法はサリスしか知らない。
 森の世界が誕生した時から片手で数えられる個数しか作られていない山の証は、今は誰も所持していない。

「新たな獣王を決めなければならないな」

 氷狼の背に乗るシーナを見ながらサリスは話しを続ける。
 山の証の製造には、獣王の存在が必要であるらしい。

「また、奪うのか?」

 サリスが話す内容を察したシンは、腕に力が入る。
 獣王は山の神サリスが選ばれた者の肉体を奪った存在だ。
 それを再び許す訳にはいかない。
 今の獣王はシーナであり、もう一度獣王として肉体を使わせるつもりはないのだ。

「もう今までのような事は止めだ。神でなくなる以上、これまで通りには出来んがな」

 シンの考えは杞憂に終わる。
 もとより自身の姿を気に入らずに始めた獣王と言う制度だが、ノアに従うと決めた以上必要のない事だ。
 しかし、山の証の製作に獣王の存在は必要である。

「新たな獣王はそこの者ではない、本当の意味でこの森の世界フォレオンを統治する者が必要なのだ」

 サリスは獣王と言う存在だけでなく、森の世界そのもののルールを変えるつもりであった。
 これから選ばれる獣王は、ただ座っているだけの存在ではない。
 サリスに変わり、森の世界を導く事をしなければならないのだ。

「アルファス、居るのはわかっているぞ」

 唐突に、サリスはある者の名を言う。
 それはシン達を裏切り、サリスに服従した者の名である。

「俺にその役目を押し付けると言うのか?」

 イグジステンス・イーターの力を使い、存在を抹消していたアルファスが姿を現わす。
 獣王に定時報告をしに来たアルファスだったが、その獣王がいない事に気付いたアルファスは何かが起こっていると感じ取り、獣王の個室から転移魔法陣を使いこの場に来ていたのだ。

 しかし、その瞳は嫌悪感を露わにしていた。
 目立つ事を嫌うアルファスにとって、獣王などなりたくもない役目だろう。

「お前だけではない、そこにいる獄炎鳥も同じだ。2人でこの森の世界を導いていけ」

 山の神として、最後の仕事をサリスは行う。
 それはこの森の世界が創造されてから、サリスが初めて人族の為に行う事だった。

 新たなる森の世界の王としてサリスから選ばれたのはアルファスとメリィである。
 序列10位に名を刻むアルファスならば王として相応しい実力を持っている。
 そしてメリィならば、アルファスに足りない人望を集めている。

 この2人が協力するならば森の世界も安泰だとサリスは考えている。
 この世界には優秀な者も多くいる。
 例え2人のどちらかが間違いを犯しても、それを正す者が必ずいる。

「2人が獣王なのか?」

 王と呼ばれる者はただ1人、そのイメージの強いシンは疑問に思う。
 サリスの言い方では、獣王となるのは2人ともであるように聞き取れる。

「それは2人で決めれば良い、私が決める事ではない」

 サリスの中で、アルファスとメリィが獣王になるのは決定事項であるらしく、2人に拒否権はないようである。

「詳しくは2人で話し合って決めてくれ。私はもう疲れた」

「君に休む時間はないよ。3日後、それまでに山の証を用意するんだ」

 既にサリスの疲労は極限まで溜まっていたのだろう。
 アルファスとメリィ、2人に全てを任せるつもりであったようだがノアの命令により、任せきりにする事は許されなかった。

 先ほどのアルファスのようにサリスも表情を歪める。
 しかし、今のサリスはノアの命令を聞かなければならない。
 定められた期限までに証を用意しなければ、ノアの裁きは容赦なく下されるだろう。
 有無を言わさぬノアの威圧に、サリスは冷や汗をかいていた。

「さあ、後の事はサリス達に任せてボク達は休もうじゃないか」

 ノアの指示により、シン達は世界樹の頂上から退出する事になった。
 サリスにアルファスとメリィ、この者達はユーギリア城にて森の世界の行方を左右する会議を開く為、シン達と別行動をする。

「久々に、ゆっくり過ごせるな」

 半年以上、世界樹の試練を受け続けていたシン達は、久し振りの休暇を取る事となる。
 転移した先にある世界樹の都市ユグンは、変わらず試練に挑む挑戦者達と使命を果たした者達で溢れている。
 まだ、森の世界の行方を知る者は誰もいなかった。
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