プロクラトル

たくち

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獣王との戦い

決着

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 サリスを追い詰め、首筋に大鎌の刃を添えているシンだが、その後サリスが見せている姿に困惑していた。

 あれだけ馬耳雑言を言い続けていたにも関わらず、一点だけを見つめ沈黙し続けているのだから当然だろう。

 この反応は、シンには予測出来なかった事であった。
 山の証を渡せと言ったものの、サリスは未だに何も反応を見せない。

 サリスの虚ろな瞳が捉える先を、シンは確認する。
 サリスの定まった視線の先、そこにはノアの姿があった。

 決着の行方に満足している様子のノアは、サリスを見つめるように視線を合わせており、互いに静寂を貫いていた。

 神と神が何を考えているのかシンにはわからない。
 しかし、何かが2人の間で交わされている事は間違いない。

「シン、どうするの?」

 シンのようにサリスへと刃を添えているユナも、反応のないサリスをどうするのか戸惑っているようである。
 戦闘を始めた当初、サリスの肉体に絡め取られた真紅の刀を取り戻しているユナも、いつでもトドメを刺せる状態であるが、この状況で何をするべきか判断に迷っているのだ。

「このまま待って見るしかないよな。俺もどうしたらいいか、わからない」

 ここからどのような展開になるのか、予想するのは難しい。
 シンとユナと同じく、サリスに詰め寄っているエルリックも、成り行きを静観している。

「山の証、そうか私は敗れたのだな」

 静観が続いていた戦場で、小さな呟きがささやかれた。
 その声はどこか力なく、そして何故か清々しさを感じられた。

「そう、君は負けたんだ。ボクの代行者とその仲間にね」

 我を取り戻したサリスの言葉に、ノアが反応する。

「またしても、ノアに負けたと言うのか」

 現実を突きつけられたサリスは、悠久の時を経て再度ノアに敗れた事を悔やむ。
 幾度となくサリスの前に立ちはだかるノアを超える事はかなわなかった。

「前回は、ボクの負けだよ。これは、その仕返しさ」

 世界分断で無の世界に閉じ込められた事は、ノアにとって屈辱的な敗北として捉えられている。
 その敗北を糧に、ノアは成長しこうしてサリスに勝利したのだ。

「サリス、君は1人だ。けれどボクは違う」

 敗北に打ちひしがれるサリスに、ノアは勝敗を分けた原因を言う。
 神は全ての頂点に立つ存在であるが、自らを慕う者がいなければ、その力を全て引き出す事は出来ない。

 代行者の存在、そして神を慕う者がいるかいないか、それがこの戦いを左右したのだ。
 ノアにあってサリスにないもの、それは明確なものだった。

「私を、慕う仲間などいない」

「かつての君には、いたはずだ」

 ノアの言葉を受けたサリスは、反論を言おうとするが、その答えはとうの昔に出ている。
 サリスは、自ら仲間となる者達を遠ざけたのだ。

「しかし今はいない」

 今のサリスは、1人の信徒もいない。
 それは後悔しても変わらない。

「何故だかわからないのかい?」

 後悔するサリスに、ノアは諭すように問いかける。
 何故、それは今のサリスならわかる事だった。

「理由ならわかる。だが、気付いた所でもう遅い、遅すぎるのだ」

 ノア、そして代行者であるシンに敗れたサリスは、それに気付いた事が遅すぎた。

「山の神サリス、お前は無の神ノアに憧れていたのだな」

 ノアとサリスの会話に、アイナが入り込む。
 その言葉を聞いたサリスは、虚を突かれたように呆気にとられていた。

「憧れ? 何を言っているのだ」

 アイナが話す内容を、サリスは否定する。
 ノアを恨みこそすれ、憧れる理由など一つもない。
 サリスはそう考えている。

「むっ、そうではないのか? 異常なほどの執着は、憧れからきているのだと思ったのだがな」

 サリスのノアへの執着は、相当なものだった。
 過去に何があったか、シン達は深く知らないがノアへの執着心は対峙した事で知っている。
 アイナは、その執着心の原因を憧れだと考えたのだ。

「なるほど、君はボクに憧れていたのか。ならもっと早く言って欲しいものだね。世界分断前に仲良くなれたかもしれないのに」

 アイナの言葉を聞いたノアは、納得したように笑みを浮かべる。
 しかし、サリス本人は納得がいかない。

「そんなはずはない、私は…」

 サリスが言葉を途中で止め、再び静寂が訪れる。
 神が神に憧れるなどあってはならない、サリスはそう思っている。

「嫉妬は他者への憧れからくるものだと思っていたのだがな」

 沈黙を破るのは、アイナであった。
 サリスがノアに抱いていた感情を、アイナは読み取っていた。

 アイナがサリスから感じられたものは、妬みや僻み、そして羨ましいと言う感情がほとんどであった。
 それら全ては、ノアと自身を比較しての劣等感であり、ノアへの憧れが、負の方向へと作用したものであるのだ。

「サリスは、ノア様のようになりたかったのではないですか?」

 これまで静観していたシーナが自身の考えを話し始めた。

「私も使命を果たしていた人達に憧れていました。いつか、私もそうなりたいと。でもなれなかった。その感情は、次第に変わっていきます。自分を卑下し、他者を羨む気持ちはだんだんと妬み嫉みに変わりました。こんな奴らに、どうして罵られなければならないのかと」

 シーナは、混じり者として蔑まされてきた過去の経験をサリスと重ねていた。
 そして、それは答えとなっていた。

「私は、何も持って生まれなかった」

 サリスには、ノアのように唯一神と言う血縁者はおらず、世界創造の時も1人だった。

「それは私も同じよ」

 サリスの言葉にミアリスが反応する。
 始めは1人だったのは、ミアリス達も同じ事である。

「せっかく集めた者達も私のもとを去って行った」

「それは君が怠慢だっただけじゃないか、それは今ならわかるだろう?」

 サリスは自ら努力する事を放棄した。
 それが悠久の時を経て、今の状況に繋がっている。

「やり直す事は、出来るのか?」

 首筋に添えられた大鎌の刃を見つめ、サリスは問う。
 独り言のように発せられた言葉の答えは、誰にもわからない。

「それは君次第だね。こうしてボクに負けた以上、ミアリスのように神の座からは降りてもらうけどね」

 神である事に誇りを持つサリスに、その事実は重くのしかかる。
 唯一、他者に勝る事を手離す事は難しい、そうシン達は感じていた。

「まあ、ボクのもとで働くと言うのなら、命は奪わないであげるけどね」

 ノアはサリスが神であり続ける事を許すつもりはない。
 しかし、ミアリスと同じく従うならば、拒絶するつもりはないようであった。

「私に、出来る事は少ないぞ」

「出来る出来ないじゃないよ、やって貰うしかないからね。ボクの下で働くのは、厳しいんだ」

 ノアの言葉にミアリスが小さく反応をする。
 何をされたのかシン達は知らない事だが、ノアは相当な事をミアリスにしていたのだろう。

「私を、貴方の僕にして頂けますか?」

 それでも、サリスはノアへの服従を希望する。
 何かを変える為、そしてノアを全ての世界の支配者にする為、力になる事を違うのだ。

「良いよ、けどまずはそのだらしない体をどうにかして貰わないとかね。シン達のおかげで肉は落ちたけど、まだだいぶ残ってる」

 ノアの発言にシン達は苦笑いを浮かべる。
 初めて目にした時より、無駄な肉は削がれていたが、まだ通常の者よりも太い。

 予期せぬノアの指摘にサリス自身も困惑する。
 ノアの為に初めて行う事が、無駄な肉を落とす事とは考えてもいなかった事だ。

「それが出来たら、君をボクの僕と認めよう」

 サリスをこれまでの生涯で最大の苦難が待ち受ける事になる。
 減量だけでなく、これからの他の神との争いで、サリスは難題をこなさなくてはならない。
 だが、それを乗り越えなければノアは容赦なくサリスを始末するだろう。

 サリスの服従により森の世界の戦いは、ノアの勝利に終わる。
 世界樹の攻略に、山の神サリスと連戦を続けてきたシン達は、ようやく長い戦いに終止符を打つ事となった。

 森の世界で出会ったシーナを救い出し、氷の世界で協力を仰いだアイナ、そして山の神であったサリスを新たな仲間に加え、シン達は次なる目的地である空の世界へと向かう事になる。
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