プロクラトル

たくち

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獣王との戦い

魔術が使いたい

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 サリスとの戦いの二日後、燃えるような赤い髪をした少女、ユナは宿屋の一室にて目を覚ました。

 まだ眠気の残る脳内で思い出されるのは2代目獣王アルミドラとの一戦、そして山の神サリスとの戦いだ。

「何も、出来なかったわ」

 この二つの戦いで、ユナが残した功績は少ない。
 アルミドラとの戦いでは、能力の不明な敵に対し有効な対策を見出せぬまま終わった。
 それのせいでエルリックが重傷を負う事となってしまった。
 最悪、エルリックは死してしまっていたかもしれないのだ。

 サリスとの戦いでも、ユナは戦果を上げる事が出来ていない。
 アイナと共に最前線でサリスを封じ込める役割を受けたものの、不用意な行動でサリスから反撃を受ける事となった。

 氷の侵食による攻撃は、ノアとアイナの助けがなくては脱出不可能であったはずであり、あそこで氷の彫像と化してサリスに砕かれる未来が待っていたはずだ。

 その後に本体で戦闘を始めたサリス相手にも、ユナは活躍が出来なかった。
 序盤で愛刀である皇龍刀を奪われ、ナナがいなければ足手纏いとなっていた。

 サリスに反撃の隙を与えないよう攻め続ける役目は果たしたが、決定的な一撃を与えたのはシンとミアリス達の遠距離攻撃である。

「アイナは、やっぱり凄いなぁ」

 ユナと同じく武器を奪われたアイナであったが、その後の活躍は見事なものだった。
 人族最強の証である序列1位に君臨している理由がはっきりとわかった。

 アイナにはユナにない魔術があった。
 あの雷の魔術はかつて対戦した”風帝”ニグルとは比べ物にならないほど洗練され、そして強力であると。

 その魔術を放たれれば、ユナには対応がしょうがない。
 広範囲に及ぶ魔術もあれば、追尾する魔術もある。
 多種多様なアイナの魔術は、本人の力量もありその場で最適なものが繰り出される。

 ユナとアイナ、2人の間で何が違うのか、それを単純に考えるとやはり魔術の差なのだ。
 ユナが主とする近接戦闘でもその差が出てしまう。

 雷を武器に纏わせ威力や斬れ味の向上、麻痺などの追加効果を敵に与える事も出来るし、何よりアイナは雷の速度で移動する事を可能にする。

 ユナ自身も音速を超える移動をする事は可能だ。
 しかし、雷の速度はそれを軽く凌駕する。
  それに加え、ユナは直線上の動きに対してだけであるのに対し、アイナは様々な動作でそれを実現出来る。

 序列1位と4位、数字にすれば僅かな差しかないが、その内容は大きくかけ離れている。

「シーナも強くなったわね」

 年下のクールな少女もサリスとの戦いでは頼り甲斐のある者だった。
 使命を果たし、氷狼の力を完全に掌握したシーナは、まさに空間の支配者であった。

 空気中に含まれる水分ですら己の武器とし、ありとあらゆる場所で氷の武器を作り出し、サリスに対しては遠距離からでもその肉体を凍りつかせた。

 威力を増した氷の弓矢は、正確無比な一撃を誇り、要所要所でサリスを翻弄した。
 相棒となった氷狼との連携も完璧であり、阿吽の呼吸をするシーナと氷狼は、シン達近接戦闘員以上にサリスを追い詰めていた。

「ナナも頑張ってたわね」

 武器をなくしたユナの補助に、ミアリス達との連携による魔術の嵐を見舞ったナナは、戦闘後力尽きすぐ眠りについた。

 あれほど疲弊したナナを見るのは初めてである。
 傭兵時代いつも単独で行動し、無傷で生還するナナはシンと出会ってから変化を見せていた。

 自分勝手な印象の強いナナが、仲間を強く意識し始めているのだ。
 以前は赤姫の団員であろうと気に入らない者は容赦なく制裁を加えようとしていた。

 その度、ユナが止めに入るのだがユナのいない所では止めようがない事もあり、団員がナナにより殺害される事もあった。

 それが、今ではほとんどない。
 シンには懐き、エルリックは食事を提供してくれる者と認識され、同じく感情を表に出す事の少ないシーナと仲が良い。
 アイナと話している場面は少ないが、悪いと言う訳ではない。

 何より、獣王となったシーナの異変にいち早く気付いたのはナナである。
 砂の世界にいた頃のナナでは、同じ様な事があっても気にも留めないはずだ。

 妹の様な存在であるナナの成長はユナにも喜ばしい事でもあるが、同時に悲しくもある。

 成長するナナと違い、自分はどうなのか、そう考えてしまうのだ。
 砂の世界で、皇龍刀を手にする前、ユナの持つ力の器は満たされていた。

 しかし、皇龍刀を手にする事でその器は大きくなり、ユナはまだ強くなれると確信した。
 ところが、器が大きくなってもそこに注ぎ込まれるはずのものが、全く増えていないのだ。

 それゆえ、ユナは焦りを感じていた。
 強くなれない、そんな考えさえ今のユナは持ってしまう。
 いくら器が大きかろうと、その中に何もないのならば意味はない。

「魔術、か…」

 ユナに足りないもの、それは魔術であると感じている。
 何も派手な攻撃だけが魔術ではない。
 身体能力の強化や治癒、その他にも魔術は多種多様にわたり存在する。

 扱える者は数少ない、だからこそ魔術師は重宝される。
 しかし、その中に一つくらい自分も使えるのではないかと試すのは誰もが経験したはずだ。
 魔術師の素養は簡単にわかるものではない。
 事実、年老いてから魔術の才能に気づく者も少なくない。
 魔術は1人につき1つまで、それが絶対条件であるからだ。

 アイナであれば雷がそうであり、ナナであれば鉄を生み出す事。
 その才能を見抜く方法は、まだ確立されていないのだ。

「私も、使えないかな」

 無い物ねだり、今のユナはそう捉えられるだろう。
 魔王であるティナから、ユナは魔術の才能がないと言われている。
 その代わり、身体能力に優れているとも言われているが、それだけではダメなのだ。

「えいっ!」

 ユナが思う魔術師のイメージそのものなのだろう。
 両手を前に突き出し、気合を込めるアイナだが、その期待にその両手は応えてくれなかった。

 虚しい静寂に包まれる室内で、ユナは硬直する。
 こんな姿、誰かに見られる訳にはいかなかったのだが、すでに取り返しのつかない状況だと気付いたのだ。

「ユナ姉さん、それは何の修行なのだ?」

 桃色の髪を持つ少女が、眼帯を着けながら真剣な眼差しでユナを見つめる。
 新たな何かを考えついたのか、アイナは期待しているようである。

「なっ何でもないわ!」

 恥ずかしさから顔を紅葉のように染め上げ、ユナはそっぽを向く。
 まさか、今の行動が魔術を使えるか試した事など、魔術師であるアイナに言えるはずがない。

「しかし、やけに気合いが感じ取れたのだが」

 逃げようとするユナをアイナは流すつもりはないようである。
 アイナの態度は馬鹿にしたものではなく、真剣そのものだ。
 だが、それが余計にユナには恥ずかしかった。

 何度かの押し問答のあと、ついにユナが折れる事となる。
 魔術が使いたい、それをアイナに相談する事となったのだ。

「なるほど、魔術か」

「アイナは、いつから魔術が使えたのよ?」

「我は気がついたら使ってたと言った方が正しい。頭で考えてばかりいたので、詳しくはないのだが」

 アイナは幼少より、既に魔術を行使していた。
 その時から、他の追随を許さない存在だった為、どうしたら使えるのかなど考えた事がない。
 その答えは、ユナにとって期待外れなものだった。
 Sランク冒険者であり、序列1位のアイナなら何か知っているかもしれないと考えていたのだ。

「まだ諦めるのは早い、我と共に魔道を極めては?」

「魔道?」

 アイナの言った言葉は、ユナは初めて聞く単語であった。

「魔道とは、魔の道を極めんとする者の総称だ! 魔術とは魔の術、魔獣とは魔の獣、魔導具とは魔の道具。この世は全て魔で埋め尽くされている。すなわち、魔こそが世界の全てであり、世界根源であるのだ!」

 唐突に何かの博士のように語り出したアイナに、ユナは気圧されてしまう。
 有無を言わせぬアイナの主張を固唾を飲んで見守るしかない。

「ゆくぞ、魔の道を極めんとする者よ! 我に続けぇ!」

 戦場に赴く兵士のように雄叫びを上げ、アイナはユナを引き連れ宿屋を飛び出す。
 突発的な出来事に混乱するユナは、なす術もなくアイナの魔道へと引きずり込まれた。
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