ネオンと再生

ふら

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1. プロローグ

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大手建設会社、東亜ハウジング。丸の内の一等地にそびえる本社の最上階、その一角にある営業部長室は、山下修一(やました しゅういち)にとって聖域だった。

五十歳を過ぎた山下は、この部屋で十年を過ごしてきた。窓の外には東京のビル群がジオラマのように広がり、彼の成功を祝福しているようだった。彼の辞書に「失敗」という文字はなく、常に数字は目標を上回り、部下からの信頼は厚かった。彼は「伝説の営業部長」と呼ばれ、次期役員候補の筆頭と目されていた。彼の背後には、妻と成長した娘の安定した生活があった。

その日も山下は、特注の革張りソファに深く腰掛け、大型プロジェクトの契約書に目を通していた。この契約が取れれば、今期の業績は過去最高を更新する。勝利の予感に、山下の口元はわずかに緩んだ。彼は成功者だった。この都市の光は、彼のために輝いていると信じていた。

ノックの音とともに、山下の直属の部下である若手エース、田中が神妙な面持ちで入室してきた。田中は顔面蒼白で、手にしたタブレット端末を握りしめている。

「部長、大変です。例のK社の件、大きな問題が発生しました」

山下は契約書から目を離さず、冷静に答えた。「何だ、小さなトラブルなら田中で処理しろ。今、集中している」

「それが……小さな問題ではないんです。現場責任者が、下請けへの発注で架空請求を繰り返していた疑いがあります。内部監査が入る寸前です」

山下の動きが止まった。K社。それは彼が心血を注いだ最大のプロジェクトだ。架空請求――それはただの経理上のミスではない。会社全体を揺るがしかねない、重大な不祥事だった。

「誰がやった」と問う山下の声は、驚くほど低く、静かだった。

田中は俯いたまま、絞り出すように答えた。「現場の担当者です。ですが、部長……最終的な承認は、すべて部長のサインで行われています」

山下の脳裏に、数か月前の光景が蘇った。多忙を極める中、彼は部下の持ってきた書類に、詳細を確認せずに次々とサインをしていた。部下を信頼していたからだ。いや、正確には、自分自身の「嗅覚」と「成功」を過信していたからだ。

窓の外の景色が、一瞬にして色を失ったように感じられた。自分の築き上げた帝国が、足元から崩れ去っていくような感覚。最上階のこの部屋は、もはや栄光の頂ではなく、断崖絶壁のように思えた。

彼は、自分の人生のハンドルを、いつの間にか他人に委ねていたことに、初めて気づいた。そして、その結果、これから迎えるのは、夜のように暗く、冷たい転落だった。山下の営業部長としての「栄光」は、その瞬間、音もなく終えんを迎えた。
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