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第一章
(09)
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見慣れない印で封をされたその封筒は、すでに一度開封されているようだった。封筒に使われている紙もまた、この世界でアシュリーが使うものよりも遙かに良いものだ。
「ね? ボクにエスコートされて美味しいもの食べるだけの簡単なお仕事だよ? しかも特別給金付き」
「食事とお金で釣るのは卑怯では……」
「やだなあ。使えるものなら何でも使うのがボクの信条だからね」
「……何か良からぬことを考えてません? やっぱりわたしは遠慮させて、」
「だーめ。どうしてもって言うなら、上司命令にしちゃおうかな」
「そのときは、パワハラで訴えます」
「じゃあ、」
そう言って、彼は身を乗り出してアシュリーの方へ手を伸ばしてきた。そして彼女の頤に指を掛けると、口角を持ち上げて面白そうに笑う。
「──訴えられたくないから、お願いしてる時点でいいよって言って?」
「かん、ちょ、う……」
前髪の隙間から、琥珀色の瞳が覗く。一瞬アシュリーは胸を高鳴らせたけれど、その瞳の中に見えるからかいの色を見て、すぐにその気持ちを引っ込めた。
「……館長、人で遊ばな、」
いでください、とアシュリーは苦言を続けようとした。だが、何やら騒がしい部屋の外からの声に、言葉が途切れてしまう。
どうやらその声はこの室長室に近付いてきているようだった。何か起こったのだろうかと席を立とうとするが、目の前で楽しそうな雰囲気を醸し出している男の所為で身動きが取れない。
そうこうしているうちに室長室の扉が、勢いよく開け放たれた。
「ローウェル!」
いつもはあまり変わらない表情を焦りの色に変え、艶のある黒髪を乱して部屋に飛び込んできたのは、この国の騎士団服を身につけた男だった。
深紫色の瞳がローウェルとアシュリーの体勢を見て、険しく歪む。
そしてずかずかと室内に入り込んできたと思うと、その人はアシュリーに触れているローウェルの手を払い、彼を睨みつけた。
「ラインフェルト、副団長……?」
驚いたようにアシュリーが声を上げる。何せその人は、つい先ほど会話に出た、この国の騎士団のナンバーツー、ヴィルヘルム・ラインフェルトだったのだから。
彼はローウェルに向けていた視線をアシュリーの方へと向けてくる。その表情には先ほどまでの険しい顔付きはなく、どこか優しげで労るものだった。
「何かおかしなことはされていないか、アシュリー嬢」
「え? あ、はい、大丈夫です。……まだ」
「まだ?」
こっそりと呟いたつもりだったが、見事に言葉を拾われてしまった。次の瞬間には、ヴィルヘルムは再び鋭い視線でローウェルを睨みつける。
だが睨まれている当人のローウェルは、涼しい顔をして「やあ、ヴィルヘルム」と軽い挨拶をして、ヴィルヘルムの眉間の皺を増やしていた。
「……ローウェル、お前は俺を怒らせたくてここに呼んだのか」
「違う違う、全然別件。そんな怖い顔しないでよ。アシュリーちゃんとはただの面談。最近残業が多いから、その原因は何かなーって話してただけ。ね?」
「そうなのか?」
危うく話で済まなくなりそうだったが、ローウェルの言葉は間違いではないので、アシュリーは首を縦に振った。
「ね? ボクにエスコートされて美味しいもの食べるだけの簡単なお仕事だよ? しかも特別給金付き」
「食事とお金で釣るのは卑怯では……」
「やだなあ。使えるものなら何でも使うのがボクの信条だからね」
「……何か良からぬことを考えてません? やっぱりわたしは遠慮させて、」
「だーめ。どうしてもって言うなら、上司命令にしちゃおうかな」
「そのときは、パワハラで訴えます」
「じゃあ、」
そう言って、彼は身を乗り出してアシュリーの方へ手を伸ばしてきた。そして彼女の頤に指を掛けると、口角を持ち上げて面白そうに笑う。
「──訴えられたくないから、お願いしてる時点でいいよって言って?」
「かん、ちょ、う……」
前髪の隙間から、琥珀色の瞳が覗く。一瞬アシュリーは胸を高鳴らせたけれど、その瞳の中に見えるからかいの色を見て、すぐにその気持ちを引っ込めた。
「……館長、人で遊ばな、」
いでください、とアシュリーは苦言を続けようとした。だが、何やら騒がしい部屋の外からの声に、言葉が途切れてしまう。
どうやらその声はこの室長室に近付いてきているようだった。何か起こったのだろうかと席を立とうとするが、目の前で楽しそうな雰囲気を醸し出している男の所為で身動きが取れない。
そうこうしているうちに室長室の扉が、勢いよく開け放たれた。
「ローウェル!」
いつもはあまり変わらない表情を焦りの色に変え、艶のある黒髪を乱して部屋に飛び込んできたのは、この国の騎士団服を身につけた男だった。
深紫色の瞳がローウェルとアシュリーの体勢を見て、険しく歪む。
そしてずかずかと室内に入り込んできたと思うと、その人はアシュリーに触れているローウェルの手を払い、彼を睨みつけた。
「ラインフェルト、副団長……?」
驚いたようにアシュリーが声を上げる。何せその人は、つい先ほど会話に出た、この国の騎士団のナンバーツー、ヴィルヘルム・ラインフェルトだったのだから。
彼はローウェルに向けていた視線をアシュリーの方へと向けてくる。その表情には先ほどまでの険しい顔付きはなく、どこか優しげで労るものだった。
「何かおかしなことはされていないか、アシュリー嬢」
「え? あ、はい、大丈夫です。……まだ」
「まだ?」
こっそりと呟いたつもりだったが、見事に言葉を拾われてしまった。次の瞬間には、ヴィルヘルムは再び鋭い視線でローウェルを睨みつける。
だが睨まれている当人のローウェルは、涼しい顔をして「やあ、ヴィルヘルム」と軽い挨拶をして、ヴィルヘルムの眉間の皺を増やしていた。
「……ローウェル、お前は俺を怒らせたくてここに呼んだのか」
「違う違う、全然別件。そんな怖い顔しないでよ。アシュリーちゃんとはただの面談。最近残業が多いから、その原因は何かなーって話してただけ。ね?」
「そうなのか?」
危うく話で済まなくなりそうだったが、ローウェルの言葉は間違いではないので、アシュリーは首を縦に振った。
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