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第三章

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「あなたの返事を保留にして、その上時間を欲しいとこんなところまで連れてきた。まずはそのことを謝りたい」

 すまない、と言って、ヴィルヘルムは頭を下げる。
 アシュリーはそのことに驚き、そして慌てた。
 しかし、彼女が口を開く前にヴィルヘルムが畳み掛けるように言葉を続ける。

「きっとすべてを伝えたら、あなたに幻滅されるだろう。だが、このままあなたを諦めることになるのなら、格好悪くてもきちんと話して、俺の気持ちを知ってもらいたかった」
「ライ、ンフェルト副団長」

 彼の言葉は真剣で、真っ直ぐで、アシュリーは目を逸らせない。心が揺れて、自身も好きだと言ってしまいそうになる。
 けれどそれは、だめなのだ。
 アシュリーは痛む胸を押さえながら、首を横に振った。

「お気持ちは、本当に嬉しいのです。ですが例え、話を伺っても、わたしの気持ちは変わりません」
「……その理由を、聞いてもいいだろうか」

 尋ねられて、アシュリーは言葉に詰まる。
 そしてひとつ呼吸をしてから、答えを口にした。

「先日両親から、婚約の話が来ていると話がありました。……恐らくこの話は、進める形になるでしょう」

 ヴィルヘルムが息を飲んだような、気がした。
 顔を見られなくて、アシュリーは目線を下に落とした。

「そうなれば、わたしにも婚約者ができます。お相手の方はどうかわかりませんが、少なくともわたしは、例え遊びでも──婚約者以外の男性と同時に付き合うことは、できません」

 この世界にきちんと順応できていれば、こんなに難儀なことを考えなくても良かったのだろう。そうすれば、結婚しないなんて我儘を言って両親を困らせることもなかった。
 けれどどうしても、譲れなかったのだ。
 ただ婚約の話が確定したという前提で話をしたが、この話が破談になる可能性は十分にあり得た。
 アシュリーはもう生娘ではない。そのことを厭う相手であれば、婚約の話を白紙にすることを望むだろう。
 アシュリーには勿体ないぐらいの縁談だった。貴族令嬢としては自分は少し、枠を外れていると自覚はしている。だから白紙にされたとしても、やむを得ない。
 ──それに、好きな人から一夜の夢を貰うことができた。悔いは、もうない。
 自分にそう言い聞かせて、アシュリーは頭を下げた。

「それが、ラインフェルト副団長の告白を受けられない理由です。ごめんなさい」

 静かにアシュリーの言葉が部屋に響く。
 ヴィルヘルムがどんな顔をしているのか見られなくて、アシュリーは顔を上げられない。

「……そうか」

 静寂の中に、ヴィルヘルムの頷きの言葉が落ちる。
 きっと話をする価値もないと思われたのだろう。そう思うとアシュリーの胸が痛んだ。
 ──このままここにいたら、泣いてしまいそうだ。
 アシュリーは何とか顔に笑みを貼り付けて、退室を望む言葉を口にしようとした。 

「なら次は、俺の話を聞いて貰えるだろうか。……空回りばかりした、男の話だ」
「え……」
「すべてを話すと言った。あなたには全部聞いて欲しい」

 驚きでアシュリーが顔を上げると、ヴィルヘルムは彼女が思っていたよりも、遥かに穏やかな顔をしている。
 けしてその表情に絆されたわけではない。けれど気付けば、アシュリーは頷いていた。
 穏やかな中に緊張を含ませていたヴィルヘルムの表情が緩む。そして、静かに彼は話し始める。

「俺が初めてアシュリー嬢、あなたのことを知ったのは、ローウェルに部下だと紹介されたときではない」

 ヴィルヘルムの告白に、アシュリーは目をぱちくりと瞬かせた。
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