標識上のユートピア

さとう

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一章

十二話

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 抜けたい。抜けたい。助けてくれ。助けて。
 
 
 
 
 肺が圧迫されて、ひどく息苦しい。身体を冷たいアスファルトに置いていたからだ。アスファルトは真っ赤だった。
地面での寝覚めは最悪だった。あの後、眠ってしまったのだ。おれ、柿市翼は素早く身体を起こした。
みんなの声が聞こえる。おれを憎み、見下している。確かな殺意を持って、おれを殺そうとしている。
「止めろ」
 震える声で言うが、無駄だった。
おれをどうするつもりだ? 屋上から突き落とすつもりか? それから靴を脱がせて、冷たい池に突き落とす……。 
嫌だ。おれは何も悪くない。
「ダサいんだよ」
 容赦ない罵声が飛び交う。
「センスもねえ、救いようのない馬鹿だな」 
「お前はコンプレックスの塊だ」
「裸足で歩け」   
「才能もないくせに」
「大義もない、夢もない、ビジョンもない。そんなお前にどんな価値があるというんだ?」  
 膝が痛い。アスファルトについてしまったためだ。耳を塞ぐ。声はなおも聞こえてきた。 
「クズが」 
「意志も目標もない」 
「考えない芦に生きる意味はない」
「馬鹿なヤツだな」 
「甘ったれるんじゃねえよ」 
「両手が腐り落ちればいい」
 今までの罵詈雑言が、無数の刃となっておれの胸を貫いた。
頭がぐらぐらする。喉元から苦くて酸っぱいものが込み上げてきて、口をつく。たまらず吐いてしまった。
下腹部が振動して、ますます気分が悪くなった。上着のポケットに入っている携帯電話から、着信音が鳴っていた。 
携帯電話を取り出し、宛先を確認する。
差出人は「岸本陸」。 
岸本の荷物は、昨日死体を遺棄した後に、学校から遠く離れた場所に捨てたはずだ。携帯電話はその時破壊した。
見たくない。そう思いながらも、下にスクロールしてしまう。
本文は極めて簡潔だった。
 
『展示会、楽しみだね!』
 
「ぐえっ」 
 かつてないほど胃がむかついてきて、また嘔吐してしまった。先ほど胃の内容物は全て吐き出してしまったので、胃液だけがアスファルトを汚した。
赤いパーカーが、脳裏に浮かぶ。
「許してくれ」
 懇願する。誰からの返事もなかった。
再び携帯電話から着信音が聞こえ、跳ね上がるように肩が震えた。差出人は凛奈だった。
岸本のことがバレたのではないか?
戦々恐々としながら、メールを開く。
 
『翼、バイト休みだったけれど、大丈夫? あまり無理しないでね。それと、展示会のチケットも取りに行きたいんだけれど、大丈夫かな?』
 
 岸本のことはバレてないと分かり、ホッとする。
しかし、どこでチケットを渡そうか。できれば学校には来てもらいたくない。とりあえずバイト先の近くにある喫茶店を指定して、メールを送る。
待ち合わせ場所に行くことになったのはよしとしても、このままではまずい。近くの公衆トイレで身だしなみを整えてから、喫茶店に向かった。
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