標識上のユートピア

さとう

文字の大きさ
37 / 67
二章

三十六話

しおりを挟む
 喫茶店を出て、岸本と別れる。板垣の見舞いについても約束を取り交わした。
夕日の差すアスファルトを歩きながら、鬱蒼とした気持ちになる。二日連続で自宅に帰らないのは流石にまずい。父親と和解する気はさらさらないが、戻ることにする。
父親の忌々しい顔と母親の微笑が同時に浮かんでくる。元気だった頃の母。
涙が零れそうになった。何故今までお見舞いに行かなかったのだろう。岸本が言ってくれなければ、あるいは板垣が入院しなければ、母の顔など思い出しもしなかったかもしれない。
俺は薄情だ。
風が吹いて、ポケットが僅かにはためく。少しだけメタリック仕様が施された、清々しい緑の機体。
そうだ。佐久間に連絡しておくか。挨拶くらいなら、相手にも悪くは思われないはずだ。
『メアド登録させてもらいました。初めまして、柿市翼です。色々と協力してもらって、ありがとうございます』
 簡潔に礼の言葉を加え、送信する。
再び携帯電話をポケットにしまい、歩き出した。
自宅である一軒家が見えてくるにつれ、気が重くなる。入りたくない。強い抵抗感が、胸を塞いだ。
そんな俺を驚かせようとするかのように、ポケットが振動する。
厚い液晶に浮かんだ名前は「佐久間尊」。
意外に早く返信が来たな。おそらく挨拶だろう。メッセージを開く。そこには、簡潔にこう記されていた。
『お前の父親は会社に勤めているか?』 
 目の前の文字列が信じられず、首をかしげる。
間違えて送ってきたのだろうか? 文面も高圧的だし、意図も全く読み取れない。普段なら怒って返信しないところだが、内容が内容だけに困惑の方が勝っていた。
考えあぐねた挙げ句『そうだけど』と返信する。間もなく『そうか』短い返事が表示されて、やり取りはそのまま終わった。
しおりを挟む
感想 173

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...