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二章
四十八話
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成り行きで、父と自宅に帰ることになってしまった。心底嫌で仕方ないが、聞きたいことがあるのもまた事実だった。どう考えても父の様子はおかしいし、佐久間のメールもただのいたずらとは思えない。
「昨日家を出て何をしていたんだ?」
ずっと抱えていた疑問をぶつける。
父はぎこちない仕草で顔を傾けた。さながら油の切れたロボットだ。薄気味悪い。
「知ってるぞ、翼。全部見ている」
なんだ? ホラー映画の殺人鬼気取りか? 今度は怒りが沸き立ってきた。
「なんの話だ?」
「父さんは翼の夢を応援するぞ。満足するまで好きなだけ絵を描きなさい」
心なしか、父の呂律が回っていないように感じられた。
「この前言ってることと違うじゃないか」
違う。他に言いたいことはある。しかし、父の異常な気迫がそうはさせなかった。彼は、次々に脈絡のない言葉を紡いでいく。
「違う。こんなの、誰も望んじゃいない」
なんだよ。苛立ちと恐怖が入り交じる。俺の五感に、腐敗した不協和音がなだれ込む。父の目を覗き込んで、ぞっとした。瞳から何かが虚脱している。父の精神が崩れ落ちている。
父の先には、なんのレールも敷かれていないのだろう。未来も、現実すらも彼には存在しない。きっと今の父に残された道は、過去の情景だけなのだ。
その時俺は、初めて父に怒り以外の感情を抱いた。
ただひたすら哀れだった。
何か尋ねたかったが、思い出せない。
無言のまま、歩を進める。自宅が見えてくると、父は子供のように駆け出したのだった。
「昨日家を出て何をしていたんだ?」
ずっと抱えていた疑問をぶつける。
父はぎこちない仕草で顔を傾けた。さながら油の切れたロボットだ。薄気味悪い。
「知ってるぞ、翼。全部見ている」
なんだ? ホラー映画の殺人鬼気取りか? 今度は怒りが沸き立ってきた。
「なんの話だ?」
「父さんは翼の夢を応援するぞ。満足するまで好きなだけ絵を描きなさい」
心なしか、父の呂律が回っていないように感じられた。
「この前言ってることと違うじゃないか」
違う。他に言いたいことはある。しかし、父の異常な気迫がそうはさせなかった。彼は、次々に脈絡のない言葉を紡いでいく。
「違う。こんなの、誰も望んじゃいない」
なんだよ。苛立ちと恐怖が入り交じる。俺の五感に、腐敗した不協和音がなだれ込む。父の目を覗き込んで、ぞっとした。瞳から何かが虚脱している。父の精神が崩れ落ちている。
父の先には、なんのレールも敷かれていないのだろう。未来も、現実すらも彼には存在しない。きっと今の父に残された道は、過去の情景だけなのだ。
その時俺は、初めて父に怒り以外の感情を抱いた。
ただひたすら哀れだった。
何か尋ねたかったが、思い出せない。
無言のまま、歩を進める。自宅が見えてくると、父は子供のように駆け出したのだった。
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