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二章
五十八話
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母の病室で不穏な事実を知ることになった。
父は見舞いに来ていないと言うのだ。
前回は病室にいたので、今回も見舞いに訪れているものと考えていたが、どうやら違ったらしい。かといって会社に行ったとも思えない。
母の容態は、良くも悪くも変わっていないらしかった。まさか「父がいなくなりました」とは言えまい。適当にはぐらかすしかなかった。
「翼、早く病気を治して、家に帰ってくるからね」
細い声で彼女は告げた。その瞳は草食動物のように潤んでいる。
「うん。待ってるから」
本心から放った言葉なのは間違いない。しかし、家の現状はお世辞にも良好とは言い難い。母が帰ってきたらどうなってしまうのだろうか。それが怖くもあり、母の帰宅を拒むような感情を抱いた自分を憎んだ。
自宅に帰ってきても、やはり父はいなかった。記憶を頼りに父の勤務先を思い出し、棚にあった資料などから勤務先の電話番号を割り出す。息を吸い込み、一つずつボタンを押した。
「もしもし。突然すみません、父がそちらの企業に勤めているのですが……」
警戒心を剥き出しにしている先方に事情を話す。分かりました、調べてみますと言われ、そのまま待つことになった。不安な気持ちを嘲笑うかのように、受話器を介し穏やかなメヌエットが耳に流れていった。たっぷり五分は聞かされて、耳にベートーベンのしかめ面とメヌエットが染み付いた気がした。
ようやく戻ってきた先方から告げられたのは、到底信じられないような事実だった。
『貴方のお父様は、とっくに会社を退職されていますよ』
父は見舞いに来ていないと言うのだ。
前回は病室にいたので、今回も見舞いに訪れているものと考えていたが、どうやら違ったらしい。かといって会社に行ったとも思えない。
母の容態は、良くも悪くも変わっていないらしかった。まさか「父がいなくなりました」とは言えまい。適当にはぐらかすしかなかった。
「翼、早く病気を治して、家に帰ってくるからね」
細い声で彼女は告げた。その瞳は草食動物のように潤んでいる。
「うん。待ってるから」
本心から放った言葉なのは間違いない。しかし、家の現状はお世辞にも良好とは言い難い。母が帰ってきたらどうなってしまうのだろうか。それが怖くもあり、母の帰宅を拒むような感情を抱いた自分を憎んだ。
自宅に帰ってきても、やはり父はいなかった。記憶を頼りに父の勤務先を思い出し、棚にあった資料などから勤務先の電話番号を割り出す。息を吸い込み、一つずつボタンを押した。
「もしもし。突然すみません、父がそちらの企業に勤めているのですが……」
警戒心を剥き出しにしている先方に事情を話す。分かりました、調べてみますと言われ、そのまま待つことになった。不安な気持ちを嘲笑うかのように、受話器を介し穏やかなメヌエットが耳に流れていった。たっぷり五分は聞かされて、耳にベートーベンのしかめ面とメヌエットが染み付いた気がした。
ようやく戻ってきた先方から告げられたのは、到底信じられないような事実だった。
『貴方のお父様は、とっくに会社を退職されていますよ』
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