標識上のユートピア

さとう

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三章

六十三話

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 病院の受付とは顔馴染みになりつつある。当然だ。会社をクビになった後、自宅のように毎日毎日通い詰めた。受付を済ませる過程すら、無音の世界を生きている気分でいた。無愛想で虚ろな目つきをした受付とも、これっきりだ。
許可証を受け取り、まっすぐに目的の場所へと向かう。自分でも驚くほど落ち着いていた。
「あなた、ビックリしたわ」
 妻のしゃがれ声が聞こえる。病室に入っていたらしい。いや、全ては俺の妄想なのかもしれない。
「そんなに来てくれなくてもいいのよ。最近は昼間でもここにいるじゃない……」
 その後に続く言葉が分かる。
彼女の声を先読みして、分かりやすく、そして慈悲もなく告げる。
「辞めたよ。もうお金なんて必要ないからね」
 彼女は大きく目を見開いた。やつれきった顔のなかで、その瞳だけが餌を求める雛のように爛々と輝いた。何らかの勘が働いたらしい。
湿ったポケットを探る。それはすぐに見付かった。
「なんでこうなるかは分かるよな?」
 鈍く光るナイフを見せる。 
妻は全てを悟った様子だった。何故俺が彼女を個室に移したのか。そして、何故自分が殺されるのかも。
妻の手がナースコールへと動く。すかさず押さえつける。彼女は、声も出せないほどに弱っていた。 
「翼が悲しむ」
 それが命乞いなのか、それとも本当に彼女の息子を案じてなのかは分からなかった。
「すまない」
 簡潔な一言を最期に、俺は振りかぶったナイフを突き刺した。
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