リング上のエンターテイナー

knk

文字の大きさ
2 / 36

1話

しおりを挟む
背中にも軽く風を感じながら、乗り慣れた自転車で街を駆け抜ける。
4月の朝はまだ肌寒いけど、自転車を漕げばひんやりした風が心地良い。
道路脇の桜の花もピークを過ぎ、優雅に舞い落ちていく。
淡いピンクの花びらが道を彩り、私の心にも春の息吹が広がっていく。

私は前田陽菜(まえだひな)。
この春に都立朝日丘高校に入学した一年生だ。
まだちょっと違和感が残る新しい制服を身にまとい、ようやく覚えてきた通学路をすいすいと進んで行った。

自転車が高校の門をくぐると見慣れた後ろ姿を見つけて声を掛ける。

「あかね、おはよう」
「お、陽菜おはよー。今日もぎりぎりじゃん」
「人のこと言えないでしょー」

彼女は小山あかね。
小学校からの幼馴染みで家も近所だ。
中学2年間は別々の学校だったけど、定期的に会っていたし、私があかねの通う地元の中学に転校してからも運良く同じクラスで、また毎日顔を合わせるようになった。

「ねぇ、昨日のドラマ観た?ちょーおもしろかったくない!?もう来週まで待てないわー。いよいよ不倫ばれそうなとこまで来ててさ...」
「ドロドロしたの観てるのね。いよいよってまだ今期のドラマ始まったばっかりなのにもう佳境なの?」

駐輪場に自転車を止める私の背中にあかねが話しかけてくる。
それを肩越しに返事をする。小学生の頃から変わっていないように感じるけど、私たちももう高校生だ。

あかねは流行に明るくていろんなことを知っている。
今どきの子という感じで、この3年間はしっかりと華の女子高生を謳歌するつもりらしい。
少し前から韓国ドラマにもハマっていて、高校受験終わりに新大久保に連れて行ってくれた。というより、連れていかれた。

一見テキトーにやってるように見えるのに実は入試をトップで合格した成績優秀者。
もっと上を狙えるって、この高校を受けるのも中学の担任に随分止められていた。
受ける理由が家から電車一本だからとか言うからなおさらだ。

「いいドラマは序盤から展開盛沢山なんですぅー。で、昨日どうだったの?プロレス部作るって話。先生のとこ行ったんでしょ?」

そう。私はこの高校で女子プロレス部を作ろうとしている。
昨日担任の先生に部活を作りたいと職員室まで行って相談したところだ。
入学したばかりでほとんど喋ったことのない先生に突拍子もない話をしに行ったのでかなり驚かれた。

「一応オッケーもらったよ。5人以上いないと部にはならないらしくて、とりあえずサークルってことになったんだけどね。今年着任した先生が顧問になってくれるだろうって言ってた。まだ会ってないけど」
「ふーん。5人かぁ。人集まるといいね。でなきゃ練習もままならないでしょ」

女子プロレス部?そんな危ないこと学校じゃちょっと…。と昨日職員室で言われた。
怪我しないために受け身の練習だってやるし、柔軟もしっかりやる。他
のスポーツでもそれなりに怪我が起こっているはずなのに、マイナースポーツは何となくのイメージで判断されこういう扱いを受けやすい。慣れっこだけど。

「これから仲間集め大変だよ。でも場所は柔道場使っていいって。今年度で柔道部も5人切ってサークルに降格して、活動自体あんまりしてないみたい。だから結構自由に使えそう」

あかねがうわーという顔をする。
柔道部が廃部寸前ってどんな学校だよって私も思った。

「うちが普通に部活盛んな学校だったら練習場所もなかったかもじゃん。これで部員集まらないだけじゃなくて全然練習できなかったら、聖華辞めたの悔やまれるとこだったね」

あかねが何気なく口にした聖華とは聖華女学園のことで、私が転校前に通っていた私立学校だ。
中高一貫校で女子プロレス部の強豪校。学費は決して安くはなかったと思う。
でもどうしてもここに入ってプロレスをやりたいというわがままを両親は叶えてくれた。
なのに私は辞めた。
もうあそこにはいられなかった。

「部員はこれから集めるんですぅ!いいチーム作るんですぅ!今に見てろっ」

あかねにはいろいろあったことを全部話している。
だから深妙にならないよう明るく応えた。
辞めたことを悔やんではいない。
散々考えて、嫌というほど考えて、それで決めたことだから。
何より、これからやることがたくさんあって後ろを向いてる暇なんてない。

「もう今月ブロック大会だから、早く練習しなくちゃ!」

高校に入ってまだ間もない春先。
4月末から全国大会路線の大会が始まる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

処理中です...