卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜

ポルカ@縁の下のチカラモチャー

文字の大きさ
3 / 15

切り株の上の焼き菓子

しおりを挟む

 
 森が白み始め、鳥の声が夜の静寂を破る頃、朔は目を覚ました。がばり、と起き、桶の水でじゃぶじゃぶと顔を洗う。

(……ちゃんと食べれてないんだろうな)

 昨日の光景を思い出す。

 あの村の子供達だろう。
 気づくと、家のすぐ外までやって来ていた。
 居る、ということよりも、そのあまりに痩せ細った姿に驚いた。

 典型的な栄養失調の姿だ。
 育ち盛りなのに、なにもかもが足りてない。

 朔は厨房に立った。
 また彼らが来た時のために、何か渡せるものを用意しておこう。

 こればかりは一料理人、いや人間として、放っておけない。
 どうせ家のことばかりだと飽きるしな。



     ◇◆◇◆◇◆◇



 その日の昼過ぎ、朔が家の壁を補修する作業をしていると、また森からの視線を感じた。昨日と同じ、茂みの奥で、いくつかの小さな影が揺れている。

(来たか)

 決して彼らを驚かせないよう、朔はゆっくりとした動作を心がけた。

 まず作業の手を止め、家と森の中間にある大きな切り株の元へ歩み寄る。
 そして、朝のうちに焼いておいたとあるものを、大きな木の葉の皿に乗せて、そっと切り株の上に置いた。

 朔は、子供たちの方を一瞥し、小さく頷くと、今度は家の戸口まで戻り、子供たちに背を向けて腰を下ろした。

 食べていい、自分はここから動かないし、食べても気づかないというアピールだった。

「………」

 森の中の沈黙が続いた。
 子供たちは、甘い匂いに誘われながらも、朔の真意を測りかねているようだった。

 やがて一番年かさの、昨日もいた少年(タケル)が、おずおずと茂みから姿を現した。

 彼は他の仲間たちに目配せすると、まるで獲物に近づく獣のように、一歩一歩、切り株へと近づいていく。

 タケルは切り株の上の焼き菓子の匂いを嗅ぎ、指先でつつき、しばらくの間真剣な顔で観察していた。

 そして、ちらりと家の戸口に座る朔を見る。
 朔はただ背を向けたまま動かない。

 少年は意を決したように、その一つを手に取ると、小さな口で、恐る恐るかじった。

「―――!」

 その瞬間、少年の目が見開かれた。
 驚き、困惑、そして、すぐに抑えきれない喜悦の表情へと変わっていく。

 サクッとした歯触りの後に広がる、栗のほっくりとした優しい風味と、濃厚で華やかな謎の甘み。

 それは、彼が生まれてこの方、一度も経験したことのない、衝撃的な美味しさだった。

 少年は、後ろで固唾を飲んで見守っていた仲間たちを手招きした。

 その明るい表情が何よりの安全の証だったのだろう。
 他の子供たちが、わっと茂みから飛び出し、切り株の上の焼き菓子に殺到した。

「んまい!」

「なんだこれ! 甘え!」

「もっとねえのか!」

 口々に、歓声とも悲鳴ともつかぬ声を上げながら、子供たちは夢中で焼き菓子を頬張った。

 その小さな口の周りは、お菓子の粉だらけだ。
 朔は、その光景を、ただ微笑みながら見ていた。

 ミシュランの星も、美食家たちの賞賛も、今の自分にはない。

 だが、目の前で繰り広げられる、この剥き出しの「美味しい」という感情の爆発は、朔の乾いた心を温かいもので満たしてくれていた。

 そして同時に、改めて子供たちの姿を直視していた。
 陽に焼け、泥に汚れてはいるが、その衣服の下から覗く腕や足は、あまりにも細い。

 頬はこけ、腹は低栄養から来る腹水と肝腫大でぽっこり膨らんでいる。

 この焼き菓子一つに、これほどまでに夢中になるのは、彼らの日常がいかに飢えと隣り合わせであるかの証明だった。

 焼き菓子が全てなくなると、子供たちは名残惜しそうに切り株の周りをうろついていた。

 タケルが朔の方へ向き直り、何か言いたそうに口をもぐもぐさせていたが、結局、仲間たちと共に森の中へと帰っていった。


 その日を境に、奇妙な交流が始まった。

 翌日も、そのまた次の日も、子供たちは同じ時間にやってくる。朔は、毎日違うおやつを用意して、切り株の上に置いた。

 栗はもちろん、甘く煮詰めた木の実の皮を乾燥させたもの(フルーツレザー)、完璧な火加減で焼き上げた、香ばしい川魚。

「これ、おいしい」

「この木の実の皮か?」

「うん。もっと食べたいな」

 最初は切り株の上で完結していた交流は、次第にその距離を縮めていった。

 子供たちは、朔が危険ではないと理解すると、切り株から、家の軒先へ、そしてついには厨房の中へと、自然に入り込んでくるようになった。

 朔の、孤独なはずだった厨房は、いつしか村一番の賑やかな場所へと変わっていた。

「これ、なあに?」

「鉄でできたフライパンというものさ」

「じゃあこれは?」

「落とし蓋って言ってね。料理の素材が浮かんでこないように押さえるものだよ」

 子供たちは、興味津々で朔の手元を覗き込み、彼の作るもの全てに歓声を上げた。彼らは、朔に自分の名前を教え、村の言葉を教え、森の秘密の遊び場を教えてくれた。

 朔は、彼らにただおやつを振る舞うだけでなく、簡単な手伝いをさせたり、食材の名前を教えたりした。

 石と木と粘土だけで作られた無機質な空間に、子供たちの笑い声が響き渡る。

 朔は、竈の火を調整しながら、その光景に目を細めた。

(人生ってわからないものだ)

 朔はひとりで生きるために、この家と厨房を作った。

 だがその孤独な砦の扉をいとも簡単にこじ開け、温かい光を持ち込んできてくれたのは、想像もしなかった、小さくて腹を空かせた訪問者たちだった。

 朔はもう、孤独ではなかった。
 
 いつの間にか、彼は「森の魔法使い」として、この村の子供たちのかけがえのない友達になっていたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...