卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜

ポルカ@縁の下のチカラモチャー

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ふっくらヤマメ

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 朔の厨房が、子供たちの笑い声に満たされるようになって、2週間が過ぎた。

 もはや、彼の元へ遊びに来ることは、カイナ村の子供たちの間ですっかり日常の風景となっていた。朔もまた、その無邪気な喧騒に、孤独な心が癒されていくのを感じていた。

 彼は、毎日違うおやつを作ることで、この時代の限られた食材で己の技術を試すという、料理人としての喜びに再び目覚めていた。

 子供たちは子供たちで、毎日違う魔法が生み出されるその厨房を、宝箱のように感じていた。

 いつの頃からか、朔は子供たちの変わった行動を目にするようになった。

 子供たちが、朔の作ったおやつをすぐには全部食べず、いくつかを大きな朴《ほお》の葉に、宝物のように大切に包んで懐にしまうのだ。

(……なるほど。家に、持って帰っているのか)

 朔はその子供らしい健気な行動に、思わず頬を緩ませた。

 きっと、自分が体験したこの魔法の味を、父親や母親にも分けてあげたいのだろう。

 朔は同時に微かな緊張も覚えていた。

 村の大人たちが、自分の料理をどう思うかは全く別だからだ。
 最悪、子供達がここに来れなくなる可能性もあるだろう。

 だがそうなったらそうなったで、仕方のないことだ。

 朔は、その日から持ち帰りやすいものを作るよう、さりげなく心を配るようになった。

 汁物ではなく、串に刺した焼き鳥や、燻製にして日持ちするようにした小魚の干物。

 味付けも、子供向けの甘いものだけでなく、大人の舌にも合うような、醤《ひしお》や魚醤の試作品を使い、香ばしさや深いコクを意識したものに変えていった。
 


 ◇◆◇◆◇◆◇



 ある日の夕暮れ、朔が一人、厨房で自分のための食事の準備をしていると、家の外から人の気配が近づいてくるのを感じた。

 子供たちの、軽やかで遠慮のない足音ではない。もっと重く、躊躇いがちな、大人の足音だ。

 朔は、作りかけの手を止め、静かに戸口へと向かった。
 そこに立っていたのは、一組の夫婦だった。屈強な体つきの無口そうな男と、その半歩後ろに立つ、利発そうな目をした女。
 
 男の手には、数日前に朔が子供たちに与えた、朴の葉に包まれたままの燻製魚が握られていた。そして二人の傍には、今回の案内役を務めたのであろう、タケルが心配そうな顔で立っていた。

 タケルの父親、カズマと、母親のシノだった。
 カズマは村一番の猟師であり、その眼光は、獲物を射抜くかのように鋭く、朔の全身を値踏みするように見つめている。

 沈黙を破ったのは、母親のシノだった。

「あなたが、サク殿ですね」

「はい、朔と申します」

 朔が応じると、今度は父親のカズマが、手にした燻製魚を無言でずい、と突き出した。

「……タケルがこれを持ってきた。これは本当にあんたが?」

 言葉は短く、ぶっきらぼうだが、その声には敵意よりも、純粋な戸惑いと疑念が滲んでいた。

「ええ。子供たちに、少しばかりお裾分けを」

「とんでもない裾分けだよ」

 カズマは、燻製魚の匂いをくん、と嗅いでみせる。

「こんなものは、食ったことがない。ただの干物じゃない。煙の香りがするし、噛めば噛むほど、魚の味が濃くなる。まるで魔法だ。子供たちは、あんたを魔法使いだと言う。……一体何者なんだ、あんたは」

「何者か、ですか……」

 言葉で説明するより、実際に見てもらった方がいいかな。

「……立ち話もなんです。中へどうぞ。腹は、空いていませんか?」

 朔のその申し出に、夫婦は顔を見合わせた。よそ者の男の家へ上がるということは、村の常識ではありえないことだった。

「その目で実際に見てもらいたいんです」

 戸惑う二人は、やがて意を決したように頷き合った。

「わかった」

 カズマとシノは、緊張した面持ちで、朔の厨房へと足を踏み入れた。そして、その空間の異質さに、息を呑んだ。

 土間ではなく、板張りの清潔な床。

 火が剥き出しになっていない、粘土で丁寧に固められた竈が3つ。
 腰の高さにある、広々とした調理台。

 そして、壁に整然と並べられた、黒光りする鉄の刃物(朔が自作したもの)。それは、自分たちの住処とは全く違う、合理的で、機能的な、未知の空間だった。

「そこにお座りください。すぐにあり合わせのもので支度します」

 朔は、夫婦を簡素な丸太の椅子に座らせると、流れるような動きで調理を始めた。それは、子供たちにおやつを振る舞う時とは全く違う、プロの料理人としての顔だった。

 まず、彼は竈の火を熾し、白濁したスープを温め始めた。
 厨房に、濃厚で、しかし優しい香りが満ちていく。

 朔は夫婦の前に、小さな椀を差し出した。

「まずは、これで体を温めてください」

 夫婦は、恐る恐るその白い汁を口にした。その瞬間、二人の顔に純粋な驚愕の色が浮かんだ。

「これは……なんだ?」

「なんと滋味深い。いったいどうやって……」

 朔は二人に答える代わりに、穏やかに笑う。

 次に、朔は黒い鉄の板フライパンを火にかけ、獣の脂を薄く引いた。そこに、昼間に川で獲れたばかりのヤマメを、皮目からそっと滑らせる。ジュウウウッ、という心地よい音と共に、香ばしい匂いが立ち上った。

 皮がパリッと焼き上がったところで裏返し、身にはさっと火を通すだけ。仕上げに、彼がかめで育てている熟成途中の醤《ひしお》を数滴だけ垂らすと、香ばしさに、食欲を掻き立てる塩気とコクが加わった。

 皿代わりの大きな木の葉の上に、焼き上がったヤマメと、さっと塩茹でしただけの数種類の野草が盛り付けられる。

「どうぞ」

 差し出された一皿を前に、夫婦は再び言葉を失った。ヤマメなど、食べ慣れている。

 だが、自分たちが知っているのは、串に刺して炭火で黒焦げになるまで焼いた、大味な食べ物だけだ。

 目の前のヤマメは、皮はこんがりと焼き色がついていながら、身はふっくらと瑞々しさを保っている。

 カズマが、無言で箸(朔が削って作ったもの)を取り、その身を一口食べた。
 そして、その動きがぴたりと止まった。

「これが……あの、ヤマメ……?」
 
 外はパリパリと香ばしく、中は驚くほど柔らかく、ジューシーな身。
 そして、後から追いかけてくる、醤の複雑で豊かな風味。

 全てが、彼が知っているヤマメの味ではなかった。だが紛れもなく、ヤマメの味が、今まで以上に強く鮮やかに感じられるのだ。

 シノもまた、驚きに目を見開いていた。

「……タケルの言う通りだわ。本当に魔法よ」

 言葉少なのまま、食事が終わった。
 空になった木の葉の皿が、何よりもの答えだった。

「………」

 カズマは、しばらくの間、じっと自分の手のひらを見つめていたが、やがて顔を上げ、まっすぐに朔を見た。その目には、もう警戒の色はなかった。あるのは、畏敬の念だった。

「……俺は、この山で生まれ、この山で生きてきた。この山の獣も、川の魚も、知り尽くしたつもりでいたが……。あんたの皿を食って、分かったよ。俺は何も知らなかった」

 村一番の猟師が発したその言葉は、最大の賛辞だった。
 シノも、初めてその顔に笑みを浮かべた。

「驚きました。こんなにヤマメをおいしくする方法があるなんて……」

 朔も笑って頷いた。

「喜んでもらえて、自分も嬉しいです」

 朔が求めていたのは、ただ自分の料理で、誰かが笑顔になること。その純粋な喜びを、朔はこの原始の厨房で再び見つけ出すことができていた。
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