卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜

ポルカ@縁の下のチカラモチャー

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猪骨の白湯汁と根菜団子 前編

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 10日後の10月15日は、一年の収穫を祝う「新嘗にいなめの供物比べ」の日になる。

 各地の村々から、女王卑弥呼に特産の品を献上し、競い合う祝いの日である。

 それゆえ、邪馬台国の都は、各地から集まった豪族たちがこれみよがしに捧げる豪華な供物で溢れ、華やかな熱気に包まれる。

 しかし朔たちの村では、祝の日が間近に迫ろうとも、なんの準備も行われていない。

 彼らはそもそも、競うことすら許されていなかったのだ。

 供物比べとは、女王から与えられた土地の恵みを、感謝と共に返す儀式。
 痩せ細った土地で、その日を生きるのが精一杯のカイナ村は、「捧げられるほどの恵みを受けていない村」と見なされ、国の地図にも載せられず、参加する権利そのものを持たなかった。

 彼らは、国の祝祭から忘れられた民だった。

「この命がある間に、都の賑わいに参加してみたいものだ。……ゴホッゴホッ」

 咳をしながらうなだれる長老の背中に手を添え、カズマが言う。

「しかたないですよ。この村は冬を越すための蓄えすらぎりぎりですから。それでも朔が来てくれて、食糧事情がぐっと良くなってきている。きっと来年には……」

「――長老」

 そこで横から口を挟んだのは、朔だった。

「別にそんなものに参加せずとも、人が集まるのは違いないですから、都の通り沿いで屋台を開きましょう。そこで稼いだ小銭で、粟《あわ》と塩を買って帰るんです」

 長老は考えもしなかったという顔で、朔を見た。

「……そんなことができるのか」

「やってみます」

 邪馬台国への貢物など、この際どうでもいい。
 そんな暇があれば、屋台で村人の命を繋ぐ足しにするのだ。

「でも、屋台で何を売るつもりだ? この村に売り物にできるものなど……」

 カズマが怪訝そうな顔で訊ねた。

「自分に考えがあります。主材料はこの村に山ほどありますよ」

 朔は自信ありげに頷いてみせる。

 朔の意見は村長に認められ、こうして忘れられた村の小さな屋台が、都の片隅で開くことになるのだった。



    ◇◆◇◆◇◆◇



 この上ない、快晴の日。

 カイナ村の小さな屋台は、都の喧騒の中に埋もれてしまいそうなほど、粗末で見栄えの悪い、ささやかなものだった。

 宮殿へと続く大路には、威勢のいい商人たちが、串に刺して焼いた猪肉や、干し魚を威勢よく売りさばいている。

 煙と香ばしい匂いが立ち込め、人々はその馴染み深い味を求めて群がっていた。

 それに引き換え、カイナ村の屋台の前には、人影もまばらだった。

 掲げられた品書きはたった一つ、『猪骨ししこつの白湯汁と根菜団子』。

 見たことも聞いたこともないその料理に、足を止める者はいない。

 村長やカズマたちは、不安げな表情で人の波が自分たちの前をただ通り過ぎていくのを眺めていた。

 気がかりなのも無理はない。
 
 他の店とは違い、朔が用いた主材料は今まで価値なしと断じて捨ててきた『猪の骨』なのである。

「サク殿……本当に、このようなもので、人は集まるのだろうか……」

 村長の弱気な声に、朔は静かに頷いた。

「まあ見ていてください」

 彼は、巨大な土鍋の蓋に手をかけ、じっと、空を見上げていた。
 まるで、狩人が獲物の気配を待つかのように。

 陽が天の真上に差しかかり、人々の腹が最も空く刻限。

「では開けます。カズマさん」

「おう」

 朔が土鍋の重い木の蓋をカズマと二人で持ち上げると、それまで鍋の中に閉じ込められていた香りが、白い湯気の奔流となって、一気に解き放たれた。

 それは、獣の骨を極限まで煮込むことで生まれる濃厚な「白湯《パイタン》」の香り。
 未知の、そして人々の胃袋を鷲掴みにする香りだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 煙たいだけの肉の匂いとも、単調な穀物の匂いとも違う、力強い白湯《パイタン》の香りは、市場の喧騒の中を遠慮なく駆け抜けた。

「……ん?」

「……これは……」

 足を止める人々が増え始めた。

 皆、くんくんと鼻を動かし、この未知の香りの発生源を探している。
 やがて、その視線がカイナ村の小さな屋台へと、次々と集まる。

「おい、田舎者ども」

 最初に声をかけてきたのは、大陸との交易で財を成したという、肥えた体の商人だった。
 彼はこれまで様々な国の、珍しい料理を口にしてきたことを自負していた。

「その白い汁を一杯よこせ。この俺様に味を見てもらえるんだ。運がいいぞ」

 その傲慢な口ぶりに、カズマの眉がぴくりと動いたが、朔は穏やかな笑みでそれに応じた。

「どうぞ。我が村の自慢の一品にございます」

 商人は、差し出された木椀を受け取ると、訝しげに、その白濁した汁を眺めた。
 見た目は、粟の粥を薄めただけのような、貧相な食べ物だ。

「なんだこりゃ……。こんな汁ごときで自慢とは! こんなものでは……」

 商人は侮蔑の笑みを浮かべながら、汁を一口、口に含んだ。

 刹那。

「――こ、これは!?」

 目が見開かれる。
 計算し尽くされた汁の味が、彼を夢の世界へといざなう。


 アハ……アハハハハハハ……!

 商人の男は、お花畑の中を笑顔でスキップしていた。
 女の子座りをすると、楽しげに花を両手で摘み、空へと何度も放る。(イメージ映像)


 なんだ、これは。

 舌に触れた瞬間、まず感じたのは、体中の全細胞が喜ぶような、温かくそして優しい口当たり。

 直後、味覚の全てが、今まで経験したことのない圧倒的な「うま味」の津波に飲み込まれる。

 獣の骨の髄から溶け出した、濃厚なコク。
 野菜から染み出た、穏やかな甘み。

 そして、それら全てを、藻塩《もしお》の丸い塩味が完璧な調和でまとめ上げている。

「………んぐっ、はふっ……!」

 彼は、我を忘れて汁をすすり、中に浮かぶ団子を口に入れた。

 灰汁抜きしたドングリと根菜で作られた団子は、素朴ながらもっちりとして、噛むほどに深い味がする。

 そして、その団子が、濃厚な汁をたっぷりと吸い上げ、口の中で一体となってとろけていく。

「……ぷはぁ……」

 商人は、一滴も残さず汁を飲み干すと、しばらくの間、空になった木椀を見つめて、呆然としていた。

 やがて、彼は大声で叫んだ。

「も、もう一杯、いや、五杯くれ、いや、ください! 妻とカカァの分も!」

 その、あまりに劇的な反応は、最高の宣伝文句となった。

「……おい、あの店、相当うまいらしいぞ」

「あのいい匂いの店か」

「並び始めたぞ! やべぇ急げ!」

 遠巻きに見ていた人々が、我先にと、カイナ村の屋台に殺到した。
 そこからは、もはや戦場だった。

「こっちにも一杯くれ!」

「ただの汁が、なんでこんな美味いんだ……信じられん……」

「団子が口の中で、とろけるぞ……」

「おい、横入りするな!」

 長蛇の列が、瞬く間に形成されていった。

 見れば、着飾った商人も、旅の芸人も、農夫も、職務中の屈強な衛兵までもが、身分の隔てなくその一杯の汁物を求め、同じ列に並んでいた。

「3つですね。ご注文ありがとうございます」

 朔は手慣れた様子で次々と椀に汁を注いでいく。

 カズマは必死で銭を受け取り、シノは笑顔で客に「おまちどうさま♡」と椀を渡す。

 村人たちは、自分たちの「捨てられるはずだったもの」が、都の人々をこれほどまでに熱狂させているという事実に、驚きが止まらなかった。

 屋台の前は、もはや単なる行列ではなかった。
 あちこちで、見知らぬ者同士が、同じ椀を手に、その味の衝撃を語り合っている。

 それは今日のどの儀式よりも、どの見世物よりも、生き生きとした光景にまでなっていた。



    ◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、宮殿の奥深く。

「……わかった。では次」

 広間では、厳粛な空気の中、卑弥呼が玉座から目の前に並べられた「供物比べ」を眺めていた。

 それは国の富の粋を集めた、豪華絢爛な供物の山。

 巨大な猪の頭、純白の毛皮を持つという珍しい鹿、黄金色に輝く稲穂の束。
 各地の豪族たちが、恭しく頭を垂れ、女王への賛辞を述べている。

 どれもが見事で、豪華で、そして、ひどく冷たく、無機質に感じられた。

 民の暮らしとはかけ離れた、権力者たちのための見世物。
 卑弥呼の心は、退屈と、そして玉座に座る者だけが知る、絶対的な孤独に覆われていた。

 その時だった。
 宮殿の高い壁と、幾重もの門を越えて遠くから、しかし確かに、人々の楽しげな喧騒が彼女の耳に届いたのは。

「……なにごとだ?」

 卑弥呼は窓のそばに歩み寄り、耳を澄ました。

 それは、儀礼的な歓声ではない。
 もっと生々しく、力強い、嘘いつわりのない喝采の声だった。


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