11 / 15
黄金の芋 前編
しおりを挟む邪馬台国の王宮は、朔が想像していたよりも、遥かに巨大で、そして冷たい場所だった。
彼にあてがわれたのは、一人で使うには広すぎるほどの、独立した一室。
床には獣の柔らかな毛皮が敷かれ、夜具は都で最高級とされる麻の織物だった。
カイナ村の、自分で建てた素朴な家とは比べ物にならないほどの贅沢。
だが、その部屋には、窓が一つしかなかった。
外の景色を眺めるためのものではなく、光を取り入れるためだけの、高い位置にある小さな窓。そこから見えるのは、切り取られた空の一部だけ。
それは、ここが快適な住居であると同時に、決して出ることのできぬ美しい牢獄であることを静かに告げていた。
「おはようございます」
翌日から、朔の宮仕えが始まった。
彼が配属されたのは、王宮の上層部の食を司る「大膳職」。
そこには、朔を除いて十四人の料理人がいた。
彼らこそ、国中から選び抜かれた、食の頂点に君臨する「十五料理人衆」。
そして、その中での序列を示す「位」が、それぞれに与えられていた。
朔の位は、当然のように、一番下の第十五位である。
(すごいな……さすが王宮といったところか)
厨房は、彼の予想を遥かに超える規模を誇っていた。
何頭もの猪を同時に焼ける巨大な炉、二十を超える竈《かまど》、そして、国中から献上された最高級の食材が並ぶ貯蔵庫。
だがその空間を満たしているのは、活気ではなく、氷のように冷たい緊張感と、序列に縛られた厳格な規律だった。
そして十四人全員の敵意が、新参者である朔一人に、容赦なく突き刺さった。
彼らは、女王の気まぐれで突然現れた、素性の知れぬこの男を、仲間とは決して認めていない。
「………」
当然のように、彼らは一言も朔に話しかけない。
ただ、侮蔑と猜疑心に満ちた視線を投げかけるだけだ。
朔に命じられる仕事の内容は、一番下の位の者らしく、薪割りや水汲み、そして誰もが嫌がる獣の内臓の除去といった下働きばかりだった。
特に、料理人衆の筆頭、第一位の料理長であるオシヒトの敵意は、抜き身の刃のようだった。
オシヒトは、代々宮廷の食を司ってきた名家の出身で、その腕とプライドは、誰よりも高かった。
彼は、朔の存在そのものが、自分たちが長年かけて築き上げてきた伝統と秩序を汚すものだと考えていた。
◇◆◇◆◇◆◇
朔が宮仕えを始めて7日目の朝。
厨房の張り詰めた空気を破って、女王の側近である赤髪の特別侍女・ユズリハが姿を現した。
彼女の登場に、十四人の料理人たちが一斉に作業の手を止め、深々と頭を下げる。
「女王陛下より、お達しです。本日の夕餉にて、料理人衆の供物比べを執り行います」
厨房に、緊張が走った。
来た。
オシヒトたちの目に、闘志の炎が燃え上がった。
こういうお達しは卑弥呼の気分次第で、突然来る。
しかしこの評価によって、料理人衆の順位が改められることもあるため、常日頃から警戒しておかねばならないのだ。
「今回のお題は『甘きもの』。己が持つ最高の腕と感性で、女王陛下を最も満足させる一皿を作り給え。なお今回は蜜と甘葛《あまづら》は使わぬこと。恒例の通り、献上の順は位の高い者よりとする」
そう言い残して、ユズリハが去っていく。
厨房は水を打ったように静まり返り、次いで、困惑のどよめきが起こっていた。
「蜜と甘葛を使わない、『甘きもの』だって……?」
「ど、どうする……あれなしじゃ甘くなんて……」
料理人たちが呻く。
蜜とは蜂の蜜であり、甘葛とは、蔦などから採れる、この国で貴重とされる樹液の蜜を指す。
この2つが二大甘味料といってよい。
しかし卑弥呼は、その2つを使わずに甘い一品を作れという。
それは数多くの手段を封じられ、不可能への挑戦とも感じられた。
だがオシヒトはひとり、にやりと笑い、部下の料理人に指示を飛ばした。
「蔵にある、最も熟した柿を全て押さえよ! 一番大粒の栗もだ」
そこで他の料理人たちもはっと気づく。
そう。
女王陛下は果実をお求めなのだ。
蜜と甘葛を使うなというからには、それしかない。
「そうか! その2つを制限されても、我々には果物がある」
「今時期なら……柿か」
「それをどれだけ甘くできるかが、勝負の分かれ目ってことか」
「よし、急げ!」
他の料理人たちもオシヒトに倣うように、我先にと甘い食材を確保しに走った。
完熟した果実の甘み、栗のほのかな甘み。
それらを濃縮し、飾り立て、技の限りを尽くせば、女王を満足させることはできるはずだ。
そしてあの新参者に、格の違いというものを見せつけてやる。
14人の料理人たちは皆、そうやって朔を嘲笑うことを考えながら、走り出した。
厨房は大量の果実や木の実を煮詰めるための、慌ただしい準備で満たされ始める。
(甘きもの……か)
その中で朔だけが一人、いまだに動かずにいた。
お題を聞いた瞬間から、朔の頭の中では、さまざまな食材が駆け巡っていた。
朔は料理人たちが群がる食材には目もくれず、厨房の片隅にある、雑多な野菜が詰め込まれた籠の前にやってきた。
その中には、泥にまみれた何の変哲もない芋が、ごろごろと転がっていた。
その雑多な積まれ方を見ればわかる通り、これは王宮内用ではない。
食欲旺盛な兵士たちの食事のかさを増すために用意されたものである。
「……なにをやってるんだあいつは。時間との勝負なのに」
「やれやれ。初めてだからしょうがないだろ」
お題についていけない様子の朔を見て、何人かの料理人が失笑し、急ぎ足で横を通り過ぎていった。
0
あなたにおすすめの小説
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる