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きのこごはん 前編
しおりを挟む初冬の冷たい風が肌を刺す。
朔があの焼き芋の一件で厨房の序列を無言のうちに破壊してから、十日が過ぎた。
その日から、厨房の空気は、以前にも増して冷たく、張り詰めていた。
あからさまな嫌がらせや下働きの押し付けは無くなった。
だが、それは決して朔を認めたからではない。
得体の知れない、底の知れない力量を持つ者への「恐怖」と「畏怖」が、彼らを沈黙させているだけだった。
十四人の料理人衆は、氷の壁を築き、朔を完全に孤立させた。
彼らは朔に話しかけず、目も合わせない。
ただ、遠巻きに、彼の全ての挙動を監視していた。
朔がどの食材を手に取るか、どのような下ごごしらえをするか、その一挙手一投足が、値踏みされ、分析されているのを朔は肌で感じていた。
◇◆◇◆◇◆◇
女王の料理担当は、規律で定められている。
朝食と昼食は、侍医の指示に従い、侍医付きの料理人が作ることになっており、夕食のみ、十五人の料理人たちがその位の順に、一日交代で担当するのだ。
その日が各人の腕の見せ所、ということになる。
朔は毎食、厨房の末席で、彼らが作った料理の残り物を食べた。
オシヒトが作る料理は、確かに悪くはない。
完璧な技術、完璧な食材、完璧な盛り付け。
だが、その完璧な皿からは、何の感情も伝わってこなかった。
それは、食べる者のためではなく、作り手である自分自身のプライドと技術を誇示するためだけに作られた、冷たい芸術品のようだった。
夕食の当番が回ってくる他の料理人たちの皿も、似たり寄ったりだった。彼らは互いの腕を牽制し合い、前日の者とは違う食材、違う調理法で、いかに自分の腕が優れているかを示そうと躍起になっている。
そこにあるのは、女王への「もてなし」の心ではなく、料理人同士の「競争」意識だけだった。
(……ここは、殺伐としている)
仕方のないことだとは思うが、せっかくつくられる料理が、それではもったいないとも思う。
朔がカイナ村で再発見した、人の心を温め、繋ぐための料理は、華やかで、しかし冷え切った厨房のそれとは対極に位置していた。
「ごちそうさまでした」
朔は頂いた料理に手を合わせる。序列の末席である朔に、夕食の当番が回ってくる日が、刻一刻と近づいている。
料理人たちの、そして宮殿中の役人たちの注目が、ひそかに朔に集まっていた。
「あの男は、今度は何をするつもりだ?」と。
◇◆◇◆◇◆◇
ついに、朔が夕食当番を務める日がやってきた。
その日は王宮の食事をつくる通常業務から外れ、朝から夕食の準備に集中することができる。
厨房の誰もが、朔が貯蔵庫へ向かい、どんな奇抜な食材を選ぶのかと固唾を飲んで見守っていた。だが朔の取った行動は、またしても彼らの予想の斜め上を行った。
朔は厨房の井戸で丁寧に身を清め、着衣の乱れを整えると、厨房の出口へと、まっすぐに歩き出したのだ。その姿に、オシヒトが鋭い声で初めて朔に話しかけた。
「……どこへ行く、サク。今日の夕餉はそなたの当番であろう。食材を選ばずして、何ができる」
その声には、詰問と侮蔑の色が濃く滲んでいた。
朔は振り返ると、静かな声で答えた。
「ですからこれから、最高の食材を選びに行くんです」
「食材は、全てこの蔵にあるだろうが」
「ない」と朔は首を振った。
「最高の食材とは、希少なものでも高価なものでもない。食べる人がその日その時に、最も心から欲しているもの。それこそが最高の食材。……私は女王に、何を食べたいか聞いてきます」
その言葉に、厨房にいた全員が、耳を疑った。
何を言っているのだ、この男は。
女王陛下は、現人神《あらひとがみ》。
天上の存在だ。
我々下々の者が作るものを、ただ黙って口に運んでくださる、雲の上の御方。
その方に「何が食べたいか」などと、まるで市井の客に問いかけるような真似をするなど、不敬にもほどがある。
前代未聞の、狂気の沙汰だった。
「貴様、正気か!」
オシヒトが怒声を発する。
「女王陛下を、愚弄する気か!」
「愚弄?」朔は、不思議そうな顔で問い返した。
「料理人が、食べる人のことを想う。それがなぜ愚弄になる?」
朔はそれだけ言うと、呆然とする彼らを後に、厨房を去っていった。
朔は宮殿の役人を捕まえ、女王陛下への拝謁を願った。
「夕食の献立について、どうしてもお伺いしたいことがある」と。
役人は最初、取り合わなかった。身分もわきまえぬ無礼な申し出に、本気で朔を斬り捨てようとさえした。
だが、朔は一歩も引かなかった。
やがてその前代未聞の願いは、噂となって宮中を駆け巡り、ついに卑弥呼本人の耳にまで届いた。
「……面白い。通せ」
玉座の間ではなく、私室に近い小さな書斎。
卑弥呼は驚きと好奇心に満ちた目で、目の前に片膝をつく朔を見下ろしていた。
「サクよ。そなた、私が今宵、何を口にしたいか聞きに来たと申すか。前例のないことだ。その真意を申してみよ」
朔は顔を上げると、自らの哲学を真っ直ぐな言葉で語り始めた。
「料理人の務めは、ただひたすらに、おあがりになる方の心と体を満たすこと。人の心と体は、日々刻々と移ろうもの。昨日の美食が今日の毒になることもあり、今日の粗食が明日の薬となることもあり。その日の天気、気分、そして体の調子。その全てによって、本当に体が欲するものは変わる」
朔は、卑弥呼の目を恐れることなく見つめた。
「私が作りたいものを出すのは、私の傲慢でしかありません。陛下が今、心から『美味しい』と感じられるものを作りたい。それが料理人としての願い。教えて下さい。今宵、陛下は何を食べたいですか」
卑弥呼は、しばらくの間、黙っていた。
衝撃、と呼ぶに近かった。
これまで、彼女に仕える料理人たちは、常にいかに彼女を「驚がせるか」「感嘆させるか」ということだけに腐心してきた。
彼らは、卑弥呼という「神」に、下の立場から最高の供物を捧げることしか考えていなかった。
だが、目の前の男は違う。
彼は卑弥呼という「一人の人間」の、体調や気分を気遣っている。
何よりも、深く温かい「もてなし」の心が透けて見えた。
(……面白い。やはり、この男は、面白い!)
卑弥呼の唇に、再びあの楽しげな笑みが浮かんだ。
彼女は、この規格外の男を試してみたくなった。
「……そうか。ならばそなたの心遣いに、応えねばなるまいな」
彼女は、少し意地悪く、そして挑戦的に言った。
「では、今宵は米飯が食べたい。だがただの米ではない。私が今まで、一度も口にしたことのないような、『変わった米飯』を、望む」
それは、あまりに曖昧で、そして難しいお題だった。だが朔の顔には、一切の動揺の色は浮かばなかった。
彼は、ただ静かに頭を下げた。
「……かしこまりました」
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