卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜

ポルカ@縁の下のチカラモチャー

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きのこごはん 後編

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「お、おい……」

「あいつ、生きて戻ってきたぞ」

 朔が厨房に戻ると、そこは異様な静寂に包まれていた。
 十四人の料理人たちは、遠巻きに、信じられないものを見るような目で、彼を見つめている。

 女王に直接献立を伺い、そしてなんの懲罰もなく戻ってきた。
 その事実だけで、朔の存在は彼らの理解を完全に超えていた。

 朔は彼らの視線を気にも留めず、一直線に食材庫へと向かう。

(さて、『変わった米飯』だったな)

 彼が手に取ったのは、最高級の獣肉でも、珍しい魚でもない。
 秋の森の恵みである、数種類のキノコと、大粒の栗。

 誰もが日常的に目にしている、ありふれた食材ばかりだった。
 だが彼が最後に手に取ったものに、厨房の誰もが目を見張った。

 それは米の袋。
 しかし、その中身は彼らが普段使っている、少し赤みがかった古代米ではなかった。

 それは雪のように白く、艶やかに輝く、見たこともない米粒だったのだ。

(あれは……なんだ? 米、なのか?)

(なぜ、あんなに白いのだ……)

 それは、朔が宮廷に来てから、密かに開発を進めていた「回転式精米機」によって生み出された、この時代における「白米」だった。

 弥生時代の精米は、主に臼と杵で米を搗《つ》くことで行われ、これは非常に効率が悪かった。米が砕けやすく、糠の取り除きも不十分で、時には杵と臼の微細な石の破片も混ざるほどだったのだ。

 朔はその精米機の存在をまだ公にはしていなかったが、今日の特別な一皿のために、自身の精米機で生み出した米を使うことを決めていた。

 朔の頭の中には、既に、完成形の姿が描かれている。

 特別なことはなく、朔もまず米を研ぐところから始める。
 純白の米を研ぐその手つきは、まるで宝物を扱うように、優しく、丁寧だった。

 米粒同士を擦り合わせず、不純物だけを洗い流していく。
 白い研ぎ汁が、彼の指の間から流れ落ちていく。

 そして、ただの水ではなく、彼が今日使うかもしれないと準備しておいた獣骨と干し魚の出汁《だし》に、その白い米を浸した。

 次に、栗。
 朔は硬い鬼皮に、自作の鉄の小刀で一本一本、丁寧に切れ込みを入れると、それを熾火《おきび》が残る灰の中に埋めた。

 焼き芋の時と同じ、低温調理の応用だ。時間をかけて、栗の持つ甘みを最大限に引き出し、同時に香ばしい焼き目をつけるためだった。

 そして、キノコ。
 彼は、傘の大きなものは手で大胆に裂き、小さなものは、その形を活かすように、軸だけを切り落とす。

 それを熱した鉄の板(フライパン)の上で少量の獣脂と共に、強火で一気に炒めた。ジュワッ、という音と共に、キノコの香りが爆発的に立ち上る。

 仕上げに、彼がカイナ村にいた頃からひそかに仕込んでいた、まだ若い「ひしお」を数滴だけ垂らすと、香ばしい醤油の香りが、厨房全体を支配した。

「……なんだこの香りは」

 厨房にいる誰もが、その香りに、思わず唾を飲み込んだ。

 米を炊く、出汁の香り。
 栗を焼く、甘く香ばしい香り。
 キノコを炒める、食欲をそそる自然の香り。

 その三つの香りが、朔の調理台の上で、まるで交響曲のように、完璧な調和を奏でていた。

「………」

 オシヒトは、唇を噛み締めていた。

 自分たちが作る料理とは、次元が違う。
 これは、技ではない。

(この男、まさか香りそのものを設計しているのか……)

 完全に異次元の料理だった。

 それはそうである。

 なにせ朔は料理人の最大の試練、運までも完全に味方につけねばならない「世界料理コンクールBocuse d'Or」で、優勝してしまうほどの男なのだから。

 やがて、出汁で炊き上げた白い米が、最高の状態で蒸らし終わった。

「よし、いいだろう」

 土鍋の蓋を開けると、ふわりと立ち上る湯気と共に、これまで嗅いだことのない、純粋で甘い米の香りがした。

 思った通りだ。
 赤米が持つ、独特の糠臭さや土臭さがなくなっている。

 ただひたすらに、清らかで、食欲をそそる香り。

 朔は、その白いご飯の入った大きな木の桶に、焼き上がった栗の、熱い皮を剥いて砕いたものと、炒めたキノコをふわりと加える。

 そして米粒を潰さないよう、切るようにさっくりと混ぜ合わせた。白いご飯に、栗の黄色と、キノコの茶色が混じり合い、見た目にも美しい一膳が仕上がっていく。

 湯気と共に立ち上る、秋の森の恵みを全て凝縮したかのような、豊潤な香り。

「これを」

 朔は、その完璧な一膳を、素朴だが品のある黒い椀によそい、ユズリハに託した。



    ◇◆◇◆◇◆◇


「………!」

 その夜、卑弥呼は自分の問いかけと朔の答えが、一つの器の中で結実した様を、目の当たりにしていた。

 目の前に置かれたのは、確かに初めて目にするご飯であった。

 湯気と共に立ち上る香りが、まず彼女の心を捉えた。

「なんだ、この香りの良さは……」

 これまで嗅いできた、赤米のご飯とは明らかに違う。
 もっと洗練されていて、純粋な、食欲をそそる香りがいくつも混ざっている。

「『混ぜご飯』と称するそうです」

 ユズリハが代わりに卑弥呼に伝える。

「混ぜご飯……」

 他の料理人が出してくる膳ほど見た目の派手さはないのに、それらよりも圧倒的に惹きつけられる。

 香りもだが、そのご飯の色が、いつもの赤みがかったものではなく、驚くほど白いのが不思議でならないのだ。

 彼女は、匙で、そっと一口を口に運んだ。

「………!」

 その瞳が、驚愕に見開かれた。
 手から匙がするりと落ちる。

「なんと……いうこと……」

 米。

 その舌触りと風味が、全く違った。
 いつもの赤米のような、当然あるべきパサついた感じや、糠の香りが一切ない。
 ふっくらとして、もちもちとして、そして噛むほどに、米そのものの、純粋な甘みが口の中に広がる。

「米が……こんなに……」

 出汁のうま味を吸いながらも、米の味が、これほどまでに強く感じられるとは。

 次に、栗。
 ただ甘いだけではない。

 焼くことで加えられた香ばしさが、栗本来の素朴な甘みを、何倍にも膨らませている。ほっくりとした食感が、優しいアクセントになっている。

 最後に、キノコ。数種類のキノコが、それぞれ違う食感と風味を主張し、なにかわからぬ、だが好ましい香りが、それら全てを一つにまとめ上げている。

 それらが口の中で一つになった時、得も言われぬ多幸感が、脳を、そして全身を駆け巡った。

 主役であるはずの栗やキノコに負けず劣らず、いやそれ以上に、この白いご飯そのものが、圧倒的に美味しいのだ。

「美味しい……」

 ただひたすらに、美味しい。
 豪華な食材も、奇抜な調理法もここにはない。

 なのに、一つ一つの食材がこれ以上ないというほどにその持ち味を輝かせ、互いを高め合っている。
 特にこの白い米の存在が、全体の調和を奇跡的なレベルにまで引き上げていた。

「ふふふ。ユズリハ。朔をここに呼べ」

「……はっ」

 ユズリハは承知の意を伝え、踵を返すも、戸惑いを隠せない。
 これほどに夕餉で満悦した卑弥呼を見たことがなかったのである。

 数分後、ユズリハが朔を連れて戻ってくる。

「なにか」

 エプロンと頭巾をしたまま、朔が神妙な面持ちでやってくる。なぜ呼ばれたのかわからないといった表情だ。

「サク、これがお前の答えか」

 卑弥呼は、椀を朔に掲げながら言った。

「変わった米飯」という、自分が発した曖昧な問いの意味は、豪華すぎる料理に飽いていたからにほかならない。

 夕餉を担当する料理人は日替わりであるため、彼らは位を賭けて、その15日ぶりの一日に全力を尽くしてくる。

 しかしながら、現状、全力を尽くした料理というのは、高価な食材ばかりが選ばれやすく、逆に似通ってくる。料理人が変わろうとも、常に熊の掌かアワビ、それに腹にずっしりとくるような料理になる。ただ、朔はそうしなかった。

 卑弥呼の言葉にならない心の声まで完璧に読み取り、この一椀に結実させてみせたのだ。確かにサクは、自分の食べたいものをつくってくれた。

 それでいて、最高に美味。

「おいしいぞ……! 特に、この米だ。これは、一体なんだ? いつもの米とは、全く違うではないか!」

 朔は、微笑みながら答えた。

「それは、私が少しだけ手を加えた米なんです。米が纏っている硬い衣を、丁寧に取り除きました」

 卑弥呼は、その言葉の意味を、完全には理解できなかった。
 だが、この男がまた一つ、世界の理を覆すような知恵を用いたことだけは理解できた。

 彼女は夢中で、椀が空になるまで食べ続けた。
 気づけば、空になった椀の底を名残惜しそうに匙で撫でていた。

「陛下、『おかわり』はいかがですか?」

 朔が優しげな笑みを浮かべながら問いかける。

「『おかわり』とはなんだ」

「同じものをお持ちできます。よければ椀の半分ほど足しましょうか」

 卑弥呼は今まで、『おかわり』をしたことがなかった。

「そうせよ」

 卑弥呼は嬉しそうに、椀を朔に差し出す。

 朔は椀を受け取ると、持参してきた釜から、新しい椀に湯気の上がる炊き込み御飯をよそい、卑弥呼に手渡した。

「……美味だ……気に入ったぞ! 私はこういうものが好きなのだ!」

 その日の夜、卑弥呼が、あのカイナ村の汁物を口にして以来の、満ち足りた眠りについたことは、言うまでもない。


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