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第五話 騎士として
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今朝のミレットは、完全に「踏まれ待ち」の姿勢だった。
私が教室に入ると同時に椅子を引き、紅茶の温度を確認し、机の下でスカートを少しだけめくって跪く準備まで整えている。
「オルフェリア様、本日も気高きお美しさ……お足元、どうぞご自由にお使いくださいませ♡」
──すでに、狂犬ではなく忠犬である。
(ミレット、どんどん変態に磨きがかかってない……?)
だがそれでも、どこか安心できるタイプの変態だった。
彼女の愛は従順で、献身的で、破滅的ではない。
問題は──。
「……オルフェリア様。少し、お時間をいただけますか?」
声の主は、ヴィオラ。
黒い制服。鋭い目。背筋を伸ばした堂々たる佇まい。
一見して凛とした高貴な騎士令嬢。
だがその実態は──。
「わたくし、貴女に『斬られたい』のです」
──全力の暴力願望型ドMである。
◇
「ヴィオラ様って、昔から……ああでしたの?」
廊下で一緒になったミレットが、珍しく私に尋ねてきた。
「何か知ってるの?」
「いえ。ですが、最近の目つきが……明らかに『狩り』のそれに見えまして」
ミレットの観察眼は鋭かった。
「オルフェリア様を見る時だけ、殺意があるような恋情を向けているように見えるんですの。まるで、刺してくれと懇願しているみたいに……」
「えっ、それ怖くない!?」
「わたくしは、もっと柔らかく罵倒されたい派ですので……住み分けができてありがたいですわ」
忠犬ミレット、完全に自分のポジションを理解していた。
◇
その日の午後、剣術科と普通科の交流会で事件は起きた。
アカデミー中庭に設けられた模擬戦の舞台。
剣を持つのはヴィオラ。対する生徒は、軽装の男爵令息。
──だが。
「オルフェリア様が見ていらっしゃる……ならば、負けるわけにはいきませんわ!!」
その瞬間、ヴィオラの剣の動きが変わった。
戦闘というより舞踏。
一太刀一太刀に、「見ていてください」「わたくしを裁いてください」の想いが込められているようだった。
「……やっぱりあの方、戦うことで『愛を表現』してるのですわね……」
ミレットがしみじみと呟く。
「オルフェリア様。あの方は……たぶん、『斬られる』ことでしか自分を許せないんですの」
「……え?」
「きっと、騎士として生まれたことに罪悪感を抱いている。だから、その裏返しで『斬られたい』と願ってしまう──」
その言葉には妙な説得力があった。
──私を、見るたびに震える騎士。
それは、崇拝でも恋でもない。
もっと根源的な、破壊されたいという欲望。
その瞳の奥に宿るのは、確かに、殺されてもいいと願うほどの強い想いのように見えた。
◇
模擬戦が終わると、ヴィオラはこちらへ歩いてきた。
汗をひと筋も見せず、凛とした歩き方。
しかしその足取りには、どこか処刑台に向かう死刑囚のような覚悟が宿っていた。
「オルフェリア様──」
「……なに?」
「どうか、わたくしと『決闘』をしていただけませんか」
「決闘!?」
「剣を持って、わたくしのすべてを……『断罪』してくださいませ」
──黒騎士の恋情が、血の香りを運んできた。
私が教室に入ると同時に椅子を引き、紅茶の温度を確認し、机の下でスカートを少しだけめくって跪く準備まで整えている。
「オルフェリア様、本日も気高きお美しさ……お足元、どうぞご自由にお使いくださいませ♡」
──すでに、狂犬ではなく忠犬である。
(ミレット、どんどん変態に磨きがかかってない……?)
だがそれでも、どこか安心できるタイプの変態だった。
彼女の愛は従順で、献身的で、破滅的ではない。
問題は──。
「……オルフェリア様。少し、お時間をいただけますか?」
声の主は、ヴィオラ。
黒い制服。鋭い目。背筋を伸ばした堂々たる佇まい。
一見して凛とした高貴な騎士令嬢。
だがその実態は──。
「わたくし、貴女に『斬られたい』のです」
──全力の暴力願望型ドMである。
◇
「ヴィオラ様って、昔から……ああでしたの?」
廊下で一緒になったミレットが、珍しく私に尋ねてきた。
「何か知ってるの?」
「いえ。ですが、最近の目つきが……明らかに『狩り』のそれに見えまして」
ミレットの観察眼は鋭かった。
「オルフェリア様を見る時だけ、殺意があるような恋情を向けているように見えるんですの。まるで、刺してくれと懇願しているみたいに……」
「えっ、それ怖くない!?」
「わたくしは、もっと柔らかく罵倒されたい派ですので……住み分けができてありがたいですわ」
忠犬ミレット、完全に自分のポジションを理解していた。
◇
その日の午後、剣術科と普通科の交流会で事件は起きた。
アカデミー中庭に設けられた模擬戦の舞台。
剣を持つのはヴィオラ。対する生徒は、軽装の男爵令息。
──だが。
「オルフェリア様が見ていらっしゃる……ならば、負けるわけにはいきませんわ!!」
その瞬間、ヴィオラの剣の動きが変わった。
戦闘というより舞踏。
一太刀一太刀に、「見ていてください」「わたくしを裁いてください」の想いが込められているようだった。
「……やっぱりあの方、戦うことで『愛を表現』してるのですわね……」
ミレットがしみじみと呟く。
「オルフェリア様。あの方は……たぶん、『斬られる』ことでしか自分を許せないんですの」
「……え?」
「きっと、騎士として生まれたことに罪悪感を抱いている。だから、その裏返しで『斬られたい』と願ってしまう──」
その言葉には妙な説得力があった。
──私を、見るたびに震える騎士。
それは、崇拝でも恋でもない。
もっと根源的な、破壊されたいという欲望。
その瞳の奥に宿るのは、確かに、殺されてもいいと願うほどの強い想いのように見えた。
◇
模擬戦が終わると、ヴィオラはこちらへ歩いてきた。
汗をひと筋も見せず、凛とした歩き方。
しかしその足取りには、どこか処刑台に向かう死刑囚のような覚悟が宿っていた。
「オルフェリア様──」
「……なに?」
「どうか、わたくしと『決闘』をしていただけませんか」
「決闘!?」
「剣を持って、わたくしのすべてを……『断罪』してくださいませ」
──黒騎士の恋情が、血の香りを運んできた。
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