処刑された悪役令嬢に転生したら、ドMの変態令嬢たちに困らされています。

もちもちのごはん

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第六話 ヴィオラ

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 ヴィオラ・ド・シュヴァルツェンベルグには、剣しかなかった。

 誰よりも早く構え、誰よりも速く振り抜き、誰よりも深く斬り込む。
 それが、彼女の価値だった。

 幼い頃から、父に叩き込まれた言葉がある。

「女でも、シュヴァルツェンベルグの血を引くならば、強くあれ。強さが正義であり、家を守る者にしか名乗る資格はない」

 笑い方を知らなかった。
 誰かと手を繋いだ記憶もない。
 ただ、勝つこと──斬ることだけが、生きる意味だった。



「ねぇ、ヴィオラってさ……ちょっと怖くない?」
「うん、目つきが鋭すぎるし……あれで笑ったことあるの?」
「前に模擬戦で男爵家の子、泣かせたって聞いた……」

 そんな噂が、学園のあちこちでささやかれていることを、彼女は知っていた。

 ──でも、構わなかった。
 自分は「そういう役割」なのだと思っていたから。

 強さを見せれば、遠ざけられる。
 剣を振るえば、恐れられる。
 その繰り返しの中で、ヴィオラはいつからか、「壊してくれる誰か」を夢見るようになった。

(いつか……わたくしのすべてを奪ってくれる人に、会えたら……)

 強くないと、生きていけない。
 けれど、本当は──。
 その「強さ」を踏みにじってほしかった。

 そして、出会ったのだ。
 オルフェリア・フォン・グリムハイト。

 氷の瞳。
 唇の端に浮かぶ冷笑。
 その立ち姿だけで、ヴィオラの心は「折れそう」になった。

(この人なら、わたくしを……壊してくれる……)

 そう思った瞬間から、恋は始まった。

 視線を浴びるたびに、胸が苦しくなった。
 言葉を交わすだけで、喉が渇いた。
 ほんの一睨みを受けただけで、腹の奥が熱くなった。

 けれど──そんな想いは、誰にも言えなかった。
 だってそれは、「強くあれ」という掟に背く、騎士の禁忌だったから。



「オルフェリア様、どうか、わたくしと『決闘』をしていただけませんか」

 それが、ヴィオラなりの「愛の告白」だった。

 剣を交えることでしか伝えられない。
 斬られることでしか、肯定されない。
 彼女は、痛みと流血の先に「愛される未来」を夢見ていた。

(オルフェリア様……お願いです……どうか、わたくしを……断罪してくださいませ……)

 その想いは、剣の鍔に、静かに、重く宿る。
 


 王立アカデミー・中央演武場。
 白砂の舞台に、二人の令嬢が向かい合う。

 一人は、黒騎士ヴィオラ・ド・シュヴァルツェンベルグ。
 もう一人は、ドレスの裾を翻す「悪役令嬢」オルフェリア・フォン・グリムハイト。

「……参ります」

 ヴィオラの瞳が、炎のように燃える。
 その剣先には、激情ではなく覚悟が宿っていた。

 ──切られることを願う者が、剣を抜くという矛盾。

 けれど彼女にとって、それが愛の儀式だった。

(……来る)

 私は剣を取らなかった。
 構えも、間合いも、取らずに――ただ、その場に立った。

 その姿に、ヴィオラの眉がわずかに動いた。

「……オルフェリア様?」

 彼女が一歩、踏み出す。

「剣を……お取りくださいませ。さもなければ、これは『戦い』には――」

「いいえ。これは『命令』です」

 私は微笑みすら浮かべずに、静かに言い切った。

「あなたは、剣を抜かないで。わたくしの許可がなければ――一歩も動いてはなりません」

 その瞬間、空気が凍った。

「……なぜ、剣を取らないのですか……わたくしは……っ、オルフェリア様に……!!」

 ヴィオラの声が揺れる。

「どうか、この身を斬ってください。強さしか知らないわたくしを、否定してください……そうしなければ、私は……っ」

「だから命令してるの」

 私は一歩、彼女へと近づいた。
 ヴィオラの足が、びくりと震える。

「あなたの強さは、誰かを傷つけるためのものではない。わたくしのためにあるの。わたくしが使う、そのときまで、『鞘の中』で待っていなさい」

「……そんな……わたくしを、飼い殺しにするおつもりですか……?」
「違うわ」

 私は、ヴィオラの目前に立った。
 そして、その胸元に、そっと指を添える。

「私の剣は、私の命令でしか動かない。あなたは、それを誇りに思いなさい――それが『忠誠』よ」

 ヴィオラの目が見開かれる。
 震える膝。鳴る歯。
 けれど、剣は抜かれなかった。

 彼女は、剣士としてではなく、一人の少女として――。

「わたくしは……貴女に……従います……」

 声を絞り出すように言った。

「命令を、くださいませ。オルフェリア様。わたくしは……貴女のためにしか、生きられません……っ」

 その瞳に、涙がにじんでいた。
 斬られることよりも、深く刺さる――「支配の肯定」。
 彼女の「戦い」は、終わった。



 それからというもの、ヴィオラは私の後ろをぴったりと付き従うようになった。

 食事のときはフォークの角度まで私に尋ね、
 移動の際は歩幅と速度を揃え、
 危険を感じれば、すぐさま「剣を抜いても?」と確認を求めてくる。

 完全に、命令待ちの忠誠騎士となってしまった。

「オルフェリア様。お願いです。『動いてもいい』と……一言だけ、許可を……」
「……犬じゃないんだから」

「騎士です。忠犬です。どちらでも構いません。
 ただ、貴女の『言葉』がなければ……わたくしは、もう動けませんので」

 うっとりとした顔で、剣の柄を撫でる姿に、私は深くため息をついた。

(この学園……本当にまともな百合が一人もいない……)

 けれど、なぜだろう。
 私は、少しだけ、誇らしかった。
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