6 / 11
第六話 ヴィオラ
しおりを挟む
ヴィオラ・ド・シュヴァルツェンベルグには、剣しかなかった。
誰よりも早く構え、誰よりも速く振り抜き、誰よりも深く斬り込む。
それが、彼女の価値だった。
幼い頃から、父に叩き込まれた言葉がある。
「女でも、シュヴァルツェンベルグの血を引くならば、強くあれ。強さが正義であり、家を守る者にしか名乗る資格はない」
笑い方を知らなかった。
誰かと手を繋いだ記憶もない。
ただ、勝つこと──斬ることだけが、生きる意味だった。
◇
「ねぇ、ヴィオラってさ……ちょっと怖くない?」
「うん、目つきが鋭すぎるし……あれで笑ったことあるの?」
「前に模擬戦で男爵家の子、泣かせたって聞いた……」
そんな噂が、学園のあちこちでささやかれていることを、彼女は知っていた。
──でも、構わなかった。
自分は「そういう役割」なのだと思っていたから。
強さを見せれば、遠ざけられる。
剣を振るえば、恐れられる。
その繰り返しの中で、ヴィオラはいつからか、「壊してくれる誰か」を夢見るようになった。
(いつか……わたくしのすべてを奪ってくれる人に、会えたら……)
強くないと、生きていけない。
けれど、本当は──。
その「強さ」を踏みにじってほしかった。
そして、出会ったのだ。
オルフェリア・フォン・グリムハイト。
氷の瞳。
唇の端に浮かぶ冷笑。
その立ち姿だけで、ヴィオラの心は「折れそう」になった。
(この人なら、わたくしを……壊してくれる……)
そう思った瞬間から、恋は始まった。
視線を浴びるたびに、胸が苦しくなった。
言葉を交わすだけで、喉が渇いた。
ほんの一睨みを受けただけで、腹の奥が熱くなった。
けれど──そんな想いは、誰にも言えなかった。
だってそれは、「強くあれ」という掟に背く、騎士の禁忌だったから。
◇
「オルフェリア様、どうか、わたくしと『決闘』をしていただけませんか」
それが、ヴィオラなりの「愛の告白」だった。
剣を交えることでしか伝えられない。
斬られることでしか、肯定されない。
彼女は、痛みと流血の先に「愛される未来」を夢見ていた。
(オルフェリア様……お願いです……どうか、わたくしを……断罪してくださいませ……)
その想いは、剣の鍔に、静かに、重く宿る。
◇
王立アカデミー・中央演武場。
白砂の舞台に、二人の令嬢が向かい合う。
一人は、黒騎士ヴィオラ・ド・シュヴァルツェンベルグ。
もう一人は、ドレスの裾を翻す「悪役令嬢」オルフェリア・フォン・グリムハイト。
「……参ります」
ヴィオラの瞳が、炎のように燃える。
その剣先には、激情ではなく覚悟が宿っていた。
──切られることを願う者が、剣を抜くという矛盾。
けれど彼女にとって、それが愛の儀式だった。
(……来る)
私は剣を取らなかった。
構えも、間合いも、取らずに――ただ、その場に立った。
その姿に、ヴィオラの眉がわずかに動いた。
「……オルフェリア様?」
彼女が一歩、踏み出す。
「剣を……お取りくださいませ。さもなければ、これは『戦い』には――」
「いいえ。これは『命令』です」
私は微笑みすら浮かべずに、静かに言い切った。
「あなたは、剣を抜かないで。わたくしの許可がなければ――一歩も動いてはなりません」
その瞬間、空気が凍った。
「……なぜ、剣を取らないのですか……わたくしは……っ、オルフェリア様に……!!」
ヴィオラの声が揺れる。
「どうか、この身を斬ってください。強さしか知らないわたくしを、否定してください……そうしなければ、私は……っ」
「だから命令してるの」
私は一歩、彼女へと近づいた。
ヴィオラの足が、びくりと震える。
「あなたの強さは、誰かを傷つけるためのものではない。わたくしのためにあるの。わたくしが使う、そのときまで、『鞘の中』で待っていなさい」
「……そんな……わたくしを、飼い殺しにするおつもりですか……?」
「違うわ」
私は、ヴィオラの目前に立った。
そして、その胸元に、そっと指を添える。
「私の剣は、私の命令でしか動かない。あなたは、それを誇りに思いなさい――それが『忠誠』よ」
ヴィオラの目が見開かれる。
震える膝。鳴る歯。
けれど、剣は抜かれなかった。
彼女は、剣士としてではなく、一人の少女として――。
「わたくしは……貴女に……従います……」
声を絞り出すように言った。
「命令を、くださいませ。オルフェリア様。わたくしは……貴女のためにしか、生きられません……っ」
その瞳に、涙がにじんでいた。
斬られることよりも、深く刺さる――「支配の肯定」。
彼女の「戦い」は、終わった。
◇
それからというもの、ヴィオラは私の後ろをぴったりと付き従うようになった。
食事のときはフォークの角度まで私に尋ね、
移動の際は歩幅と速度を揃え、
危険を感じれば、すぐさま「剣を抜いても?」と確認を求めてくる。
完全に、命令待ちの忠誠騎士となってしまった。
「オルフェリア様。お願いです。『動いてもいい』と……一言だけ、許可を……」
「……犬じゃないんだから」
「騎士です。忠犬です。どちらでも構いません。
ただ、貴女の『言葉』がなければ……わたくしは、もう動けませんので」
うっとりとした顔で、剣の柄を撫でる姿に、私は深くため息をついた。
(この学園……本当にまともな百合が一人もいない……)
けれど、なぜだろう。
私は、少しだけ、誇らしかった。
誰よりも早く構え、誰よりも速く振り抜き、誰よりも深く斬り込む。
それが、彼女の価値だった。
幼い頃から、父に叩き込まれた言葉がある。
「女でも、シュヴァルツェンベルグの血を引くならば、強くあれ。強さが正義であり、家を守る者にしか名乗る資格はない」
笑い方を知らなかった。
誰かと手を繋いだ記憶もない。
ただ、勝つこと──斬ることだけが、生きる意味だった。
◇
「ねぇ、ヴィオラってさ……ちょっと怖くない?」
「うん、目つきが鋭すぎるし……あれで笑ったことあるの?」
「前に模擬戦で男爵家の子、泣かせたって聞いた……」
そんな噂が、学園のあちこちでささやかれていることを、彼女は知っていた。
──でも、構わなかった。
自分は「そういう役割」なのだと思っていたから。
強さを見せれば、遠ざけられる。
剣を振るえば、恐れられる。
その繰り返しの中で、ヴィオラはいつからか、「壊してくれる誰か」を夢見るようになった。
(いつか……わたくしのすべてを奪ってくれる人に、会えたら……)
強くないと、生きていけない。
けれど、本当は──。
その「強さ」を踏みにじってほしかった。
そして、出会ったのだ。
オルフェリア・フォン・グリムハイト。
氷の瞳。
唇の端に浮かぶ冷笑。
その立ち姿だけで、ヴィオラの心は「折れそう」になった。
(この人なら、わたくしを……壊してくれる……)
そう思った瞬間から、恋は始まった。
視線を浴びるたびに、胸が苦しくなった。
言葉を交わすだけで、喉が渇いた。
ほんの一睨みを受けただけで、腹の奥が熱くなった。
けれど──そんな想いは、誰にも言えなかった。
だってそれは、「強くあれ」という掟に背く、騎士の禁忌だったから。
◇
「オルフェリア様、どうか、わたくしと『決闘』をしていただけませんか」
それが、ヴィオラなりの「愛の告白」だった。
剣を交えることでしか伝えられない。
斬られることでしか、肯定されない。
彼女は、痛みと流血の先に「愛される未来」を夢見ていた。
(オルフェリア様……お願いです……どうか、わたくしを……断罪してくださいませ……)
その想いは、剣の鍔に、静かに、重く宿る。
◇
王立アカデミー・中央演武場。
白砂の舞台に、二人の令嬢が向かい合う。
一人は、黒騎士ヴィオラ・ド・シュヴァルツェンベルグ。
もう一人は、ドレスの裾を翻す「悪役令嬢」オルフェリア・フォン・グリムハイト。
「……参ります」
ヴィオラの瞳が、炎のように燃える。
その剣先には、激情ではなく覚悟が宿っていた。
──切られることを願う者が、剣を抜くという矛盾。
けれど彼女にとって、それが愛の儀式だった。
(……来る)
私は剣を取らなかった。
構えも、間合いも、取らずに――ただ、その場に立った。
その姿に、ヴィオラの眉がわずかに動いた。
「……オルフェリア様?」
彼女が一歩、踏み出す。
「剣を……お取りくださいませ。さもなければ、これは『戦い』には――」
「いいえ。これは『命令』です」
私は微笑みすら浮かべずに、静かに言い切った。
「あなたは、剣を抜かないで。わたくしの許可がなければ――一歩も動いてはなりません」
その瞬間、空気が凍った。
「……なぜ、剣を取らないのですか……わたくしは……っ、オルフェリア様に……!!」
ヴィオラの声が揺れる。
「どうか、この身を斬ってください。強さしか知らないわたくしを、否定してください……そうしなければ、私は……っ」
「だから命令してるの」
私は一歩、彼女へと近づいた。
ヴィオラの足が、びくりと震える。
「あなたの強さは、誰かを傷つけるためのものではない。わたくしのためにあるの。わたくしが使う、そのときまで、『鞘の中』で待っていなさい」
「……そんな……わたくしを、飼い殺しにするおつもりですか……?」
「違うわ」
私は、ヴィオラの目前に立った。
そして、その胸元に、そっと指を添える。
「私の剣は、私の命令でしか動かない。あなたは、それを誇りに思いなさい――それが『忠誠』よ」
ヴィオラの目が見開かれる。
震える膝。鳴る歯。
けれど、剣は抜かれなかった。
彼女は、剣士としてではなく、一人の少女として――。
「わたくしは……貴女に……従います……」
声を絞り出すように言った。
「命令を、くださいませ。オルフェリア様。わたくしは……貴女のためにしか、生きられません……っ」
その瞳に、涙がにじんでいた。
斬られることよりも、深く刺さる――「支配の肯定」。
彼女の「戦い」は、終わった。
◇
それからというもの、ヴィオラは私の後ろをぴったりと付き従うようになった。
食事のときはフォークの角度まで私に尋ね、
移動の際は歩幅と速度を揃え、
危険を感じれば、すぐさま「剣を抜いても?」と確認を求めてくる。
完全に、命令待ちの忠誠騎士となってしまった。
「オルフェリア様。お願いです。『動いてもいい』と……一言だけ、許可を……」
「……犬じゃないんだから」
「騎士です。忠犬です。どちらでも構いません。
ただ、貴女の『言葉』がなければ……わたくしは、もう動けませんので」
うっとりとした顔で、剣の柄を撫でる姿に、私は深くため息をついた。
(この学園……本当にまともな百合が一人もいない……)
けれど、なぜだろう。
私は、少しだけ、誇らしかった。
2
あなたにおすすめの小説
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~
たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。
たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。
薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。
仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。
剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。
ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる