処刑された悪役令嬢に転生したら、ドMの変態令嬢たちに困らされています。

もちもちのごはん

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第七話 記録できない感情

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「オルフェリア様、階段は段差がございます。どうか、お手を」

「お食事、こちらの席が最も光の加減が映えます。お隣、失礼いたします」

「ご命令がなければ、わたくし、ただの剣の鞘ですので……」

 ──朝からずっと、ヴィオラが過保護すぎる忠誠騎士ムーブをかましてきている。

(いや、ちょっと、歩きにくいんだけど……!!)

 ──物理的に近い。
 隙あらば「命令を」って顔で構えてくる。忠犬というより、もはや「大型犬」。

「……ヴィオラ、少し距離を置いてくださらない?」
「……1メートル以内、でよろしいでしょうか?」

「もう少し」
「80センチ……!!」

(近づいてる!?)

 そんな忠誠が視界の隅に常に入ってくるのだから、セシリアが黙っていられるはずがなかった。
 午後の講義が終わった廊下で、すれ違いざまにささやかれる。

「……少々、過剰ではありませんか? 騎士ごっこもほどほどに」
「ごっこではありません。わたくしの忠誠は、オルフェリア様に対する正当な――」
「あなたのせいで、観察の邪魔になりますの。オルフェリア様の歩幅、声量、目の動き、全てが遮られて……これでは正確な記録が……っ」

 いつもは物静かなセシリアの眉が、ぴくりと動いた。
 それを、私は見逃さなかった。

(……怒ってる?)

「では、わたくしが隣を歩く際に、3歩分ずれて歩けば──」
「そういう問題ではありませんの!」

 初めて見る、セシリアの感情の揺れ。
 常に冷静で、情報を愛し、記録することに徹していた彼女が、明らかに苛立っていた。

「観察することは、愛することですの。でも……最近のオルフェリア様は、私の記録に……」

 そこで、彼女は言葉を詰まらせた。

「……わたくしの記録に、追いつかないくらい、『変化』が多すぎて……っ」

 静かな声に、かすかな焦燥が滲む。



 その夜、私は自室で一人、ティーカップを傾けながら考えていた。

 ヴィオラの剣は、いまや私の命令でしか動かない。
 ミレットは、私の足音を聞けば自動的にスカートをめくるレベルで調教済み。

 ──でもセシリアは、変わらなかった。
 正確には、変われていないように見えた。

 彼女は今も、日記をつけ続けている。
 行動、言動、服装、天候、周囲の人間の目線まで。

 だけど――。

(彼女は、自分の感情を……「観察」できていないのかもしれない)

 観察者。情報主義者。冷静な狂信者。
 それでも、確かに私は今日、セシリアの「嫉妬」を見た。
 それは、きっと彼女の中で初めて芽生えた、記録不能な感情だった。



 廊下の陰から、セシリアがそっと私を見ていた。
 けれどいつものように筆を走らせず、ただじっと、見つめていた。

 私の歩き方も、表情も、喋り方も。
 記録のためではなく、ただ、その場にいる「私」を見ていた。

 その姿が、少しだけ寂しそうに見えて――。

(……そろそろ、あの子にも「ご褒美」をあげるべきかしら)

 私は、ほんの少しだけ微笑んだ。

 気まぐれに。
 何の前触れもなく。

 セシリアが、ばっ、と手帳を落とす音がした。
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