魔王に花嫁として召喚されたけど、即効で破棄されました。……なのに今さら惚れられても遅いんですけど!?

もちもちのごはん

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第4話 魔王様と二人きりの夜

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 魔王城での生活にも、少しずつ慣れてきた――そんな気がしていた。

 異世界に召喚されて、いきなり魔王の花嫁になり、しかも拒否されて……。絶望しかなかったあのときが、なんだか遠い昔みたいに思える。いや、実際はまだたったの三日しか経っていないのだけど。

 毎朝、巨大な厨房で料理と格闘するのが私の日課になった。大きな鍋で異世界野菜のスープを作り、焼き立てのパンを切り分け、食事の配膳まで手伝う。

 魔族の子どもたちが私を名前で呼んでくれるようになり、パンのおかわりを元気よくねだってくるのが何より嬉しい。魔族と言っても見た目がちょっと違うだけで、子どもはどこの世界でも子どもなんだな、なんて思う。

 私は毎日、忙しいながらも、何とかここで「自分にできること」を見つけて踏ん張っていた。

 でも、夜になると、ふと、不安になる。



「……はあ」

 今日も子どもたちが寝静まった後、私はひとり城の廊下を歩いていた。

 魔石ランプの淡い光が、長い回廊を照らしている。昼間は温かな食堂やにぎやかな厨房で気が紛れていたけど、夜の静けさは私の心の奥に染みてくる。

 みんなと一緒にいると、なんとか笑顔でいられる。だけど、こうしてひとりになると、無性に日本を思い出してしまう。

 スマホでSNSを見たり、どうでもいいニュースを眺めたり、深夜にコンビニに行ってアイスを食べたり……。
 ああ、もうあんな日常は戻ってこないんだ、って。

 私は小さく首を振った。
 だめだ、今は落ち込んでも仕方ない。
 そう自分に言い聞かせ、気分転換に外の風でも浴びようと階段を降りる。

 魔王城の庭は、昼間は鮮やかな花や不思議な色の葉が揺れているけど、夜は一面が青白い光に包まれて幻想的だ。月明かりなのか、それとも魔力の光なのか。
 その不思議な静けさに、私は少しだけ安心する。

 そんなとき、背後からひんやりした空気と共に、聞き慣れた低い声がした。

「……こんな時間に、何をしている」

 びくっと体が跳ねる。振り返れば、そこにいたのは魔王ルシフェルだった。

 いつ見ても、隙のない美形。黒髪、赤い瞳、すらりとした背。昼間はあまり見かけないけど、夜はこうしてよく現れる気がする。

「ご、ごめんなさい。眠れなくて……」

 思わず言い訳のような言葉がこぼれる。
 彼は、冷たい瞳をわずかに細めて私を見下ろす。

「魔王城での生活に、不満があるのか」

「ううん、そんなことないよ。みんな親切だし、ご飯も美味しいし、子どもたちも懐いてくれてるし。……ただ、時々、現実味がなくて」

 私は両手で胸を押さえる。言葉を選びながら、ぽつぽつと続けた。

「……自分が異世界にいるって、頭ではわかってるんだけど。急に、全部が夢だったんじゃないかって不安になるの」

 魔王様は黙って聞いていた。
 私は、なんだか恥ずかしくなって、目線をそらした。

「すみません。こんな話、聞いても意味ないですよね。あなたは、この城の主だし、毎日いろんな仕事が――」

「……人間は、弱い生き物だな」

 ルシフェルが静かに言った。
 私は、思わず顔を上げる。

「弱い、かも。でも、弱いから必死になるんだと思う。今はただ、ここで自分にできることを探してる。それだけ」

 本当は、もっと泣き言を言いたかった。でも、泣いても状況は変わらない。私は、ただ、精一杯がんばってるってことだけは伝えたかった。

 腕を組み、庭の方をちらりと見る魔王様。

「この城で、何か望むことがあれば言え。城の者にはすでに命じてあるが、不都合があるなら対処する」

「……ありがとう。でも、今は大丈夫」

 私はふと、ルシフェルの横顔を見る。普段は冷たい仮面みたいな表情なのに、今夜はどこか影が薄いというか――そう、「孤独」の匂いがした。

 魔王って、きっとすごく孤独なんだろうな。
 私の胸に、昔感じた寂しさが蘇る。

 ――会社で残業ばかりして、帰り道に誰とも会話せず、部屋にひとり帰って眠るだけの毎日。
 あの孤独と、今この人がまとっている空気は、ちょっと似ている気がした。

「……魔王様って、夜は眠れないんですか?」

 気がつくと、私はそんなことを口にしていた。

「俺は、人間よりも少しだけ、夜が好きなだけだ」

「へえ……」

 私はちょっと笑ってしまった。

「なんか、それだけ聞くとロマンチストっぽいですよ」

 ルシフェルは、表情を変えないまま「ふん」とだけ答えた。
 でも、その目はどこか遠くを見ている。

「俺はこの世界の頂点に立つ者だ。だが、頂点とは孤独でもある。すべての者が俺の判断を仰ぎ、俺の言葉を待つ。間違えば、国も民も、すべて滅ぶ」

 彼の言葉には重みがあった。私は小さく息を飲む。

「……魔王様も、大変なんですね」

「お前も、異世界に来て大変だろう。だが、弱さを認めることを恐れるな。強さはそこから生まれる」

「……はい」

 なんだか、うまく言えないけど、私は少しだけ肩の力が抜けた。

 しばらく無言の時間が流れる。二人きりの夜、風がほんのり冷たくて、でも心は少しあたたかい。

 私は思い切って、ルシフェルの横に並んでみる。

「……ねえ、魔王様。もし迷惑じゃなかったら、今夜だけ、少しだけ一緒にいてくれませんか?」

 自分でも何を言っているのかわからない。けれど、今この静けさの中で、一人きりでいたくなかった。
 ルシフェルは一瞬だけ目を丸くし、それからふっと目を細めて、そっぽを向いた。

「好きにしろ」

 素っ気ない言葉。でも、その声色はどこか優しかった。
 私は思わず笑ってしまった。

「……じゃあ、しばらくここで星でも見てます」

 庭に広がる夜空は、不思議な色の星が瞬いている。日本で見た夜空とは全然違う。それでも――とてもきれいだった。
 ルシフェルは隣で静かに佇んでいる。しばらくふたり、何も言わず夜空を見上げていた。

「この世界にも星座はあるんですか?」

 私はふと疑問に思い、声をかけてみる。

「ああ。昔から伝わる英雄譚が多い。俺も子どものころ、よく老魔導師に語ってもらった」

「へえ、魔王様にも子どものころがあったんですね」

「当たり前だ」

 思わず笑ってしまう。
 ルシフェルも、ほんの少しだけ、微笑んだように見えた。
 私はどきりと胸が跳ねた。

「……魔王様?」

「……いや。何でもない」

 それきり、また沈黙が落ちた。でも、先ほどよりも静かで、心地よい空気だった。
 私の不安も、少しだけ遠のいていた。

 この人も、本当はずっと誰かと並んで歩きたかったんじゃないか。
 魔王という孤高の存在であるがゆえに、誰にも弱みを見せられず、ひとりきりで立ってきたんじゃないか。

「……あの、ルシフェルさん」

 私は勇気を出して、名前を呼ぶ。

「これからも、わたし、頑張ります。だから……見ていてくれますか?」

 ルシフェルは少しだけ目を見開いて、それから「当然だ」と短く答えた。
 その言葉が、妙に心強かった。

 夜の魔王城。
 ふたりきりで見上げた空に、異世界の星がまたたいていた。
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