聖女だけど婚約破棄されたので、「ざまぁリスト」片手に隣国へ行きます

もちもちのごはん

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第六話 進行中

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「え、陛下が……眉をひそめられた、と?」

 貴族たちの控えの間に、ざわめきが走った。

「ええ、昨夜の茶会でアリステリア様が陛下に対し、敬語をきちんと使えていなかった、と……」

「それに、王家の食事の手順をまるで知らなかったとか……」

「侯爵家のお嬢様にしては、あまりに教養が……」

 ──始まった。

 クラリスは、ほのかに香る紅茶をくゆらせながら、控えめに目を伏せた。
 この空気。このざわつき。
 かつて自分を蔑んでいた者たちが、慌てふためくこの時間が──何よりも心地よい。

(「ざまぁ」とは、嵐のように突然ではなく、ひと雨ずつ濡れていくように訪れるもの)

 その地味な積み重ねを、彼女は知っていた。
 だからこそ、焦らない。ただ、観察する。

「クラリスさま、あの……この件、もうご存じでした?」

「ええ、少しだけ耳に入っていましたわ」

 と、そっと笑みを浮かべる。
 相手の顔がわずかに引きつるのを、横目で捉えながら──。

 その夜。
 クラリスは再び、ノートを開く。

【対象】アリステリア=フォン=ディオナ嬢
【行為】王家の正式行事で作法を間違え、国王の機嫌を損ねる
【結果】王族儀礼の家庭教師が緊急派遣。貴族内の評価ガタ落ち
【現状】ざまぁ進行中
【一言】お勉強はお早めに。特に、わたくしの代わりを目指すなら

【対象】貴族令嬢会・リーダー格マーリエ嬢
【行為】婚約破棄直後に「やっぱりクラリス様には無理があった」と発言
【結果】次期政略婚相手が反ディオナ派で断られる
【現状】ざまぁ進行中
【一言】従う相手はきちんと選ぶべきでしたわね

 書き終えたペンを置いたそのとき──

「……楽しそうですね?」

 静かな声が、部屋に差し込んだ。
 振り向くと、窓辺に立っていたのはユリウス。
 夜の風を受け、彼の銀の髪がさらりと揺れていた。

「ざまぁ、というものは……日記にするほどに愉快なものでしょうか?」

「……愉快ではありません。ただ、記録しておくと、心が整いますの」

 クラリスはそっと笑う。

「嘲笑に負けないようにするには、自分が何を見て、どう感じたかを整理しておく必要がありますわ」

「なるほど」

 ユリウスは窓のそばまで歩み寄り、クラリスのそばに腰を下ろした。

「……それなら、私はその記録の『証人』でありたい」

「証人……?」

「はい。あなたが誰かに笑われた日も、誤解された日も、そして──きちんと評価された日も。私はすべて、そばで見ていたい」

 言葉が静かに胸に落ちる。
 この人のまなざしは、もう、クラリスだけを見ていた。

「……ならば、ページの余白が足りなくなるほど、私を見守っていてくださいませ」

 クラリスはノートを閉じ、ゆっくりと微笑んだ。
 そして心の中で、もう一つ「ざまぁ」のページをめくる。

【対象】レオンハルト=セレフィア殿下
【行為】新婚約者の不始末により、王宮で立場が微妙に
【結果】近臣の一部がすでに離反。王の信任も低下傾向
【現状】ざまぁ進行中
【一言】人を見る目がありませんでしたわね。周囲の方々とは違って

 さあ、次は誰が舞台に上がるのかしら?
 クラリスの劇場は、まだまだ幕が下りそうにない。


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