RAID CORE

コヨタ

文字の大きさ
62 / 133
第14話 ふたりの少女が駆ける

第14話・5 異型が造られている可能性

しおりを挟む
 すっかり夜も深まり、外の空気も施設の空気も静まり返っている頃。

 リルは自室で上半身をベッドからはみ出すように寝転びながら、天井のヒビをじーっと眺めていた。

(レイラ、またあの力使ったな……)

 腕を枕代わりにしながら、心の中で呟く。

(……クソガキ、調子に乗んなよ……)

(……ったく……)

 目を閉じて、眠ろうとするが──ふと胸の奥がきゅっとする。

 だから──。

(危ねぇんだよ、あれ……)

(……今度はオレが止めてやる)

「……お前が、呑まれねえように……」

 そう、誓う。

 その声は確かに小さく、誰にも聞こえない。
 だが、優しかった。

 そして、夜は静かに更けていく。

 明日が、また始まるその前に。
 それぞれの心に、灯るものを抱えながら。

 ──そして同じ頃。
 龍調査機関・職員寮エリア。

 ここは自宅と寮を行き来する者、職員寮にのみ住まいを構える者が立ち寄ることのできる区画。

 リルとレイラもこのエリアに自室が設けられている。

 そして、この男も──。

(……知能を持った龍、か)

 ──薊野セセラ。

 持ち家はあるが、今夜セセラは帰宅せず、タブレット端末に残されたデータを指でなぞっていた。

 夜の静けさの中、ソファに沈みテーブルの上に両脚を投げ出すように乗せながら、セセラの指先は止まらない。

(レイラの暴走、今回で2度目。龍因子の刺激反応、一定以上で“干渉”が起きる傾向……)

(そして、レイラが聞いたという“声”……)

「はあ……」

 深くため息をつく。
 脚をテーブルから離して立ち上がり、窓辺の椅子に腰を下ろした。

 窓の外は、穏やかな夜。しかしセセラの頭の中は騒がしい。
 
 ライターを取り出し、煙草に火をつける。

「…………」

 天井を見つめながら、内心でぽつり。

(……ジキルさん、いや、ジキル……あんたは……どこまで知ってんだ……?)

 目を閉じる。

(あんたがやったこと……リルにはまだ……言えねえよ、何も)

 ──それでも。

(でも、俺は見届けなきゃなんねえ)

リルたちお前らのことも、全部)

 セセラはまた静かに移動し、咥え煙草のまま再びソファへと体を預けた。


 ◇


 龍調査機関・研究棟──地下のラボ。

 カチッ、カチッ……と何かの試薬が混ざる音。

 夜勤の職員が入れ替わり、研究棟の灯りは控えめだった。

 その奥の“立ち入り制限区域”。

 封鎖された扉の向こうにある、一室だけ、まだ明かりがついていた。

「……これは」

 無表情な研究員が、モニターに表示された映像を止める。

 そこに映っていたのは、今日調査任務のあった変異した龍──。

 だが、その“脳”の構造が異常だった。

「“旧型”……の制御痕跡……?」

 横にいたもうひとりの職員が声をひそめる。

「まさか、あれは……ジキル博士が過去に開発したという……?」

「……だとしたら、可能性がある」

「誰がそんな……!」

 ──その瞬間。

「その誰かってのが……オレだったら、どうする?」

 突如聞こえる音──いや、声。

 ふたりの職員の背後に黒のキャスケットを被った細身の男が、すらりと現れていた。

 紅い髪をうなじで結び、サングラスをかけたその顔。

 ──龍調査機関元研究員、ジキル。

「……え……ッ!?」

 研究員たちの顔が青ざめる。

 彼らはジキルの姿を知らない。しかし、この雰囲気、何か異様なものを感じる。

 そもそも、なぜ、こんな所に人が?

 ジキルはそんなことも構わず、にっこりと笑った。

「やぁ。ちょっと、面白い情報を聞いてね。“元・人間の龍”が見つかったとか……聞いて」

「な……あなた、誰、何を──!?」

 ジキルは、ポケットから1本のペン型デバイスを取り出す。

「機関の皆さんもそろそろ、再起動する時間なんだよ」

 その声音は、狂気と情熱に満ちていた。

「……!!」

 声が出ない職員たち。
 よく見ると、そのジキルの姿は実体ではなかった。

 ホログラムのような、霧のような、奇妙な違和感。

 まるでそこに誰かが流した映像が出力されているような──。

 そして、突然ジキルの姿がフッ……と消えた。

「…………っ!!」

 職員たちは、ただ立ち尽くしている。

 ──『オレだったら、どうする?』
 そんなことを言っていた。

「……まさか、あの男が…………?」

「…………そんな、上に報告を──」

「あ──」

 ふたりの職員は、突如意識を失う。

 数分後にすぐに目覚めるが、この一連の出来事はそのふたりのから、完全に抜け落ちていた──。


 ◇


 朝の光が、施設の廊下を優しく照らす。

 ガラス張りの中庭に水の音が響き、いつものように始まる一日がそこにあった。

 だが、前日とはほんの少しだけ、空気が違っていた。

 レイラは廊下を歩いている。
 昨日の傷は包帯に隠れているが、痛みは残っていた。

 ──それでも。

(……みんなの顔、見てると、平気なふりしちゃうな)

 職員たちはすれ違うたびに、そっと頭を下げてくれる。

「レイラちゃん、昨日は……本当に、ありがとうございました!」

「次も任務に入られるようなら……またサポートつけさせてくださいね!」

 笑顔で語るその目に、昨日の自分たちが“何か”を与えられたのだと、レイラは気づいていた。

(ほんの少しでも、意味があったのなら)

 そう思っていた、そのとき──。

「レイラさん、おはようございますぅ♪ ちょっとよろしいですか?」

「?」

 余所行きな声音をかけてきたのは、珍しく白衣をきちんと閉めた姿で現れたセセラだった。

 ……そのあざとい声、別人のものと勘違いするほど。

「え!? だ、誰かと思った……、なに? 検査?」

「いや……そうじゃねえ。ちょっと例の“昨日の龍”についての、内部調査。確認してほしい映像がある」

「……?」

 レイラが首を傾げると、セセラの目が少しだけ鋭くなる。

「人間だったかもしれないってお前言ってたろ」

「……あれ、たぶん当たりだ」

「……!」

 レイラの目が見開かれると、セセラがレイラに見せるように端末を差し出した。

 指で操作していき、映像の再生ボタンに触れる。

「本格的な分析と判断はこれからだが、どうも裏にが関わってる可能性がある。……そして、そいつは今も、どこかで動いてる」

「……誰か?」

「そ。その誰か……個人かもしれねえし、団体かもしれねえ。まだわかんねえけどな」

「…………っ……」

 ──レイラの背筋に、ぞわりと寒気が走った。

 映像の中。
 瓦礫の隙間から何かを見上げるような、龍の目。

 それは、確かに“何かを訴えている目”だった。

(あの声……。『助けて』って……)

 レイラの胸に、小さな不安が膨らむ。

「……まさか、また……?」

「……もしかしたら、これからかもな。元・人間だった龍……が」

(……俺的には、この前のあいつ……ネクが相当怪しいが)

(……今となっちゃ、ネク以外にもな……もしかしたらってヤツ…………)

 画面に鋭い視線を向けるセセラの隣で、レイラは唇をきゅっと結び、そしてまた言葉を放った。

「……薊野さん……やっぱり、任務は……調査は、終わってなんかいない」

「…………」

(私たちは、まだ何も知らない)

 ──そのとき、廊下の奥で一際眩しい朝日が射し込んでいた。

 その光の向こうに、何が待っているのか。

 レイラたちはまだ知らない。


 ◇


 そして、数日が経った。

「──極めて異型の龍が発生しました。危険度は非常に高いと推測されます。緊急調査対象個体と指定します」

 会議室に集められた戦闘班の一部に、職員の緊張を含んだ声で読み上げられた任務通達。
 その職員の隣では、どこか神妙な面持ちのセセラが脚を組みながら座っていた。

 レイラ、リル、アシュラ、ラショウ──4人も会議に同席し、静かに言葉に耳を傾けている。

 前線での活躍が評価され、機関内最精鋭として編成されたこの小隊は、次なる脅威への出撃要員として正式に指名されていた。

「発生地点は、旧都市開発区近辺の森と丘に囲まれた地帯です。木々と岸壁……非常に入り組んだ構造と、不明瞭な龍種反応を確認済み。……おそらく、の派生型です」

「成れの果て……またか」

 リルが舌打ち交じりに呟いた。

「解析班が特定した異常な龍因子反応。しかし、構造が特殊で侵入できるのは精鋭のみ──」

「私たち、ってことだね」

 レイラが前を見たまま静かに言うと、組んでいた脚を戻してセセラが発言する。

「お前ら4人で向かってもらう。各々、出発までに準備を整えてくれ。……戦闘は、明朝からになる」

 そう告げたセセラが立ち上がると、会議室の空気がすっと張り詰めた。

「今回は慎重に。前回の元・人間疑惑も含めて、龍の個体が変異を始めている兆候が強まってる」

 アシュラは、その言葉に目を細める。

「……つまり、レイラが言っていた……また“喋る龍”に出くわす可能性もある、と……?」

「ありえる。だが、会話の期待はするな。基本は優先、いいな?」

 ラショウが少し顔を曇らせながらも頷いた。

「……はい」

「明日か……」

 レイラは、机に置かれた任務ファイルを見つめていた。

 その資料の隅に、微かに映る黒い龍の影。

 ──それが誰に造られたものか、まだ誰も、知る由もなかった。




 第14話 完









しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

花鳥見聞録

木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。

処理中です...