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第15話 牙を、解き放て
第15話・1 異常個体・成れの果て
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空がまだほんのりと青みを帯びる頃。
施設内の照明も、やや落ち着いた色で灯っている。
異常個体・「成れの果て」討伐任務──。
レイラ、リル、アシュラ、ラショウ。この4人の出撃が予定されている朝。
職員たちは静かに、その準備に追われていた。
廊下を歩く複数人の職員の足音。
交わされる無駄の無い言葉。
それは、レイラたちが何度も任務に出てきた者たちである証。
その空気の中でリルは、出撃準備室で職員によって両腕と背中に「龍化制御装具」を装着されている最中だった。
「……これ、着けてなきゃオレやべえの?」
「う~ん、やばいというか……ちょっと龍因子の侵食具合に危険信号が出ていましたからね……」
「……侵食……ねえ」
「最近、厳しい任務が続きましたからね……体を保っているだけ凄いことですよ」
「…………」
存在感の強い龍の翼のような赤黒いマントと、黒のラフなロングTシャツを脱いだ華奢な体。
前回の共闘任務で暴走したレイラを止める際に受けた傷も、まるで最初から無かったかのように完治している。
そして機械的なサポーターに見えるその黒い装具は、龍化進行速度が異常と診断を下されたリルが、万が一の暴走を抑制するために準備されたもの。
腕の装具は、有事の際は自力で外せるようになっているが、背中に関しては容易に外せないようにしている。
「…………」
リルは少しだけ、窮屈そうな表情を浮かべていた。
「……リル、すごいの着けてるね……どこか悪いの?」
同室にいたレイラはリルのその姿を見て、声をかけずにはいられなかった。
「……ん……悪いとかじゃねえよ。“様子見”、したいんだと」
リルはそう軽く返すと──。
「…………龍化制御……か」
自分の爪を見つめ、ぽつりと呟く。
レイラには聞こえない。
「なあ……前回の傷、残ってねえよな?」
「ううん、残ってない。綺麗に塞がってるよ」
リルはふっと目を細めて、「そりゃよかった」と小さく返した。
(わかってた。もうとっくに塞がってるよな)
やがて職員が「はい。着け終わりましたよ」とリルに声をかけると、リルは「ども」とだけ返して服を着直す。
準備室を出てふたり並んで廊下を歩いていると、ふとレイラがリルに話しかけた。
「ねえ、リル……前回の、あの時……ごめんね」
「……またかよ」
「『傷残ってる?』とか聞くから……!」
そのレイラの言葉にリルは口角だけを少し上げると、高い襟付きのマントもふわりと装着した。
「…………」
風も無いのに時折揺れるそのマント。
改めて見るそれは、布地すら龍の翼膜のような質感に見えた。
レイラが注目していると、リルが「なに」と問いかける。
「あっ、いや……ジロジロ見てごめん」
「……気になんの?」
「まあ…………正直、ちょっと。普通の布じゃないような気がして」
「…………」
リルは一瞬だけ考えたあと──。
「これ、オレの龍因子と同じものが繊維に練り込まれてんだと」
と、まるで他人事のように答えた。
レイラは驚き、少し目を見開く。
「……龍因子が練り込まれてる……!? なんのために……?」
「……さあな。職員らに任務の時は着とけって言われて渡された。……まあオレ動き回るから、せめてもの防具のつもりなんじゃね。ヒラヒラしてるけどすげえ丈夫だし」
「へえ……」
一際目を引く、黒から赤のグラデーションが走るボロボロのマント。
また、無風の空間でふわっと揺れる。
レイラとリルは廊下を進みながら、会話を続けた。
「ねえ、今回は……どうだろうね。また何か喋るかな」
「喋るかどうかじゃなくて、殺れるかどうかで考えろ」
「うわ、冷たいなあ……」
「冷静って言え」
そんなふたりの軽口に──。
「ごめんごめんっ、ちょっと荷物が……!」
と、やや遅れて廊下を駆けてきたラショウが加わる。
「ラショウ……! おはよう」
「おはようレイラちゃん、リルくん……! あれ、兄様は?」
「後ろにいる」
すぐにアシュラがゆっくりと現れた。
もう車椅子ではなく、自力で歩くことができている。
「アシュ、おはよう……! ついこないだまで車椅子だったのに……ほんとに大丈夫?」
「おはよ。もう全然平気……やっぱり、どうせ前に立つなら背筋伸ばしたいからな」
「無茶しないでよ、兄様……!」
「無茶じゃない。意地だ」
「……はっ……、オレもう車椅子押したくねえよ」
レイラ、リル、ラショウの3人が笑った。
アシュラも皆の笑みにプッと吹き出し笑う。
朝の空気に、少しだけ温かい呼吸が混ざった。
そして──。
『おはよさん、ガキ共。時間だ』
無線のインカムから飛んできたのはセセラの声。
『輸送車、ゲート前に到着。“異常個体・成れの果て”──お前ら4人の出撃、正式に開始だ』
「了解……!」
レイラが返答し、4人は無言で頷き合う。
『ご武運を』
「ありがとう。……薊野さんも無理しないでね」
『……あ? 無理? なにを?』
「……血。イヤでしょ?」
『マジで嫌』
そんな出撃前の他愛ないやり取り。
この朝が、穏やかな日常の最後の1枚になることを──レイラたちはまだ知らない。
◇
4人を載せた輸送車は旧都市開発区・森林地帯へと到着する。
時刻は午前10時。
空は、雲ひとつ無い快晴。
しかし、レイラたちが向かう地は、光が届きづらい木々が鬱蒼とした森。
開けた明るい地との明暗の差がハッキリと見えるような戦地。
都市開発の名残りか、鉄とコンクリートで組まれた灰色のアーチがある。
その前に、車から降りて無言で立つ4つの背中。
レイラが一歩、先へ踏み出す。
腰に手をやり、剣の感触を確認。
ラショウは両手の短剣を引き、「ふう……」と深く息を吐く。
リルは両手を軽く前に出し、バキバキッ……と指先、そして爪を龍のものへと変異させた。
それでも制御装置が無理な龍化を妨げている。
アシュラは刀の柄に手をかけ、ゆっくりと目を閉じる。
──精神統一。
「…………」
そして開かれた瞳は、美しい程に据わっていた。
「……よし、行こう」
そう告げるレイラの声に、3人が小さく頷く。
しばらく慎重に歩を進め、そこにあったのは、暗く湿り気を帯びた空気。
薄く匂い立つ、何か焦げ付くような獣臭。
それでも、誰も一歩も引かない。
「……レイラちゃん、また“何か”と出会ったら、どうする?」
ラショウの問いかけに、レイラは振り返らずに答えた。
「──また私たちで、終わらせるだけだよ」
光の届かない森林部へと、ひとりずつ静かに足を踏み入れていく。
「…………っ!!」
──そして。
その最深部に、“それ”はいた。
名も知られぬ、記録にも残されぬ、異型。
龍でありながら、龍ではないもの。
その体を中心とするように、周囲の草木がぐるりと枯れ果てている。
顔面に空いた多数の穴。その奥で薄く覗く紅い眼を細めながら、誰かの足音を、ただじっと待っていた。
まるで誰かが訪れるのを、今か今かと待ち続けているかのように。
「……いたぞ。慎重にな」
アシュラの声が響く。
現地一帯に漂う異様な気配は、アシュラの敏感な感覚を即座に刺激した。
湿った地面には、黒い粘液が這い回ったような跡。
どこかの動物か? ──いや、そんなものではない。
無線が軽くノイズを走らせ、セセラの声が届く。
『こちら薊野。中継接続確認……。そっちはどうだアシュラ。異常は視認できてるか?』
「……異常だらけです。龍も空気も違和感があります」
『だろうな。数時間前から、近隣のセンサーが音のない衝撃波を捉えてる。気をつけろよ』
「了解しました」
レイラは無言で周囲を見回しながら、ふとリルの方へ視線を向けた。
リルは制御装具を着けたまま黙っていたが、その表情はどこか硬く、いつもの気だるさのある顔つきとは違う。
「リルくん……」
ラショウが小さく声をかけると、リルは無言で頷いた。
直後、異様な“音”が鳴る。
──グズン……ッ……
金属と粘膜が擦れ合うような、あまりにも不快な音。
「来るッ!」
アシュラの声と同時に、影のように黒い龍が奥から這うように突如として駆け出してきた。
四足か、それとも多足か。
判断不能な奇形の肢体、眼孔すらない顔面に空いた多数の穴は、どれが口か目かもわからない。
真っ黒な獣の体に装甲のような銀の甲殻。
しかし指先などの末端は、一度人間だったのではと錯覚するほど微かに残る人型の面影。
それでも、今のそれはまさに“成れの果て”。
名も無く、理も無く、ただ暴力のかたち。
「……動きが速いッ!」
レイラが踏み込むも、龍は信じられない加速で間合いを詰めてくる。
「……ッ!!」
アシュラが庇う形で斬りかかるが──弾かれた。
『その反応速度……防御の構造も普通じゃないな。闇雲に突っ込むような接近戦は控えろよ……!』
セセラの声が再び響く。
『どこでどう育ったのか知らねえが……まともな龍の反応じゃねえぞ』
龍が一閃。
ラショウがバランスを崩し、レイラが庇い、アシュラがその場を立て直す──それでも動きが速い。
リルはその様子を見ながら、唇を噛んだ。
制御装具の内部がじわじわと熱を帯びている。
「まだ……まだ外すな……」
何かがリルの中で、軋むように、ぶつぶつと囁くように蠢いていた。
『リル、お前……大丈夫か』
セセラが通信越しに微かに声をかける。
リルは顔を上げたが、何も言わずに視線を前に戻した。
──まだ、抑えられる。
だが、龍は容赦なく迫ってくる。
そして、次の瞬間──。
「……あ゙ッ……!?」
レイラの体が血を撒きながら宙に浮いた。
龍の尾による一撃。
重い音と共に、レイラの細い体が木に叩きつけられる。
「ッ、レイラ!!」
「レイラちゃん!」
空気が凍りつくように、一瞬、誰もが息を呑んだ。
「……っ、クソが……!」
リルの視界が、揺れる。
制御装具が赤黒く脈打ち始める──。
(ふざけんなよ……また誰かが倒れるくらいなら……ッ……)
レイラの体が木に叩きつけられた衝撃音のあと、沈黙が落ちた。
「レイラちゃん……!」
ラショウが駆け寄ろうとするが、アシュラが前に出て遮る。
「ラショウ待て……! まだ奴が動いてる……」
「兄様! レイラちゃんが……!!」
「わかってる……! 来るぞ、下がれ!!」
異型の龍は何かを確認するように僅かに頭を傾け、そのまま地を這うように素早く位置を変える。
あまりにも静かで、あまりにも速い。
──モニター室の職員たちも息を呑んでいた。
「…………」
中でもセセラは冷静なようでいながら、その額にはピキリと青筋が浮いている。
不穏な様子を察した近くの職員も、セセラに迂闊に声をかけられない。
「……ッ、……ンだこいつマジで……!!」
(異様だ……普通の龍じゃねえ……ッ、何がどうなってやがる──)
施設内の照明も、やや落ち着いた色で灯っている。
異常個体・「成れの果て」討伐任務──。
レイラ、リル、アシュラ、ラショウ。この4人の出撃が予定されている朝。
職員たちは静かに、その準備に追われていた。
廊下を歩く複数人の職員の足音。
交わされる無駄の無い言葉。
それは、レイラたちが何度も任務に出てきた者たちである証。
その空気の中でリルは、出撃準備室で職員によって両腕と背中に「龍化制御装具」を装着されている最中だった。
「……これ、着けてなきゃオレやべえの?」
「う~ん、やばいというか……ちょっと龍因子の侵食具合に危険信号が出ていましたからね……」
「……侵食……ねえ」
「最近、厳しい任務が続きましたからね……体を保っているだけ凄いことですよ」
「…………」
存在感の強い龍の翼のような赤黒いマントと、黒のラフなロングTシャツを脱いだ華奢な体。
前回の共闘任務で暴走したレイラを止める際に受けた傷も、まるで最初から無かったかのように完治している。
そして機械的なサポーターに見えるその黒い装具は、龍化進行速度が異常と診断を下されたリルが、万が一の暴走を抑制するために準備されたもの。
腕の装具は、有事の際は自力で外せるようになっているが、背中に関しては容易に外せないようにしている。
「…………」
リルは少しだけ、窮屈そうな表情を浮かべていた。
「……リル、すごいの着けてるね……どこか悪いの?」
同室にいたレイラはリルのその姿を見て、声をかけずにはいられなかった。
「……ん……悪いとかじゃねえよ。“様子見”、したいんだと」
リルはそう軽く返すと──。
「…………龍化制御……か」
自分の爪を見つめ、ぽつりと呟く。
レイラには聞こえない。
「なあ……前回の傷、残ってねえよな?」
「ううん、残ってない。綺麗に塞がってるよ」
リルはふっと目を細めて、「そりゃよかった」と小さく返した。
(わかってた。もうとっくに塞がってるよな)
やがて職員が「はい。着け終わりましたよ」とリルに声をかけると、リルは「ども」とだけ返して服を着直す。
準備室を出てふたり並んで廊下を歩いていると、ふとレイラがリルに話しかけた。
「ねえ、リル……前回の、あの時……ごめんね」
「……またかよ」
「『傷残ってる?』とか聞くから……!」
そのレイラの言葉にリルは口角だけを少し上げると、高い襟付きのマントもふわりと装着した。
「…………」
風も無いのに時折揺れるそのマント。
改めて見るそれは、布地すら龍の翼膜のような質感に見えた。
レイラが注目していると、リルが「なに」と問いかける。
「あっ、いや……ジロジロ見てごめん」
「……気になんの?」
「まあ…………正直、ちょっと。普通の布じゃないような気がして」
「…………」
リルは一瞬だけ考えたあと──。
「これ、オレの龍因子と同じものが繊維に練り込まれてんだと」
と、まるで他人事のように答えた。
レイラは驚き、少し目を見開く。
「……龍因子が練り込まれてる……!? なんのために……?」
「……さあな。職員らに任務の時は着とけって言われて渡された。……まあオレ動き回るから、せめてもの防具のつもりなんじゃね。ヒラヒラしてるけどすげえ丈夫だし」
「へえ……」
一際目を引く、黒から赤のグラデーションが走るボロボロのマント。
また、無風の空間でふわっと揺れる。
レイラとリルは廊下を進みながら、会話を続けた。
「ねえ、今回は……どうだろうね。また何か喋るかな」
「喋るかどうかじゃなくて、殺れるかどうかで考えろ」
「うわ、冷たいなあ……」
「冷静って言え」
そんなふたりの軽口に──。
「ごめんごめんっ、ちょっと荷物が……!」
と、やや遅れて廊下を駆けてきたラショウが加わる。
「ラショウ……! おはよう」
「おはようレイラちゃん、リルくん……! あれ、兄様は?」
「後ろにいる」
すぐにアシュラがゆっくりと現れた。
もう車椅子ではなく、自力で歩くことができている。
「アシュ、おはよう……! ついこないだまで車椅子だったのに……ほんとに大丈夫?」
「おはよ。もう全然平気……やっぱり、どうせ前に立つなら背筋伸ばしたいからな」
「無茶しないでよ、兄様……!」
「無茶じゃない。意地だ」
「……はっ……、オレもう車椅子押したくねえよ」
レイラ、リル、ラショウの3人が笑った。
アシュラも皆の笑みにプッと吹き出し笑う。
朝の空気に、少しだけ温かい呼吸が混ざった。
そして──。
『おはよさん、ガキ共。時間だ』
無線のインカムから飛んできたのはセセラの声。
『輸送車、ゲート前に到着。“異常個体・成れの果て”──お前ら4人の出撃、正式に開始だ』
「了解……!」
レイラが返答し、4人は無言で頷き合う。
『ご武運を』
「ありがとう。……薊野さんも無理しないでね」
『……あ? 無理? なにを?』
「……血。イヤでしょ?」
『マジで嫌』
そんな出撃前の他愛ないやり取り。
この朝が、穏やかな日常の最後の1枚になることを──レイラたちはまだ知らない。
◇
4人を載せた輸送車は旧都市開発区・森林地帯へと到着する。
時刻は午前10時。
空は、雲ひとつ無い快晴。
しかし、レイラたちが向かう地は、光が届きづらい木々が鬱蒼とした森。
開けた明るい地との明暗の差がハッキリと見えるような戦地。
都市開発の名残りか、鉄とコンクリートで組まれた灰色のアーチがある。
その前に、車から降りて無言で立つ4つの背中。
レイラが一歩、先へ踏み出す。
腰に手をやり、剣の感触を確認。
ラショウは両手の短剣を引き、「ふう……」と深く息を吐く。
リルは両手を軽く前に出し、バキバキッ……と指先、そして爪を龍のものへと変異させた。
それでも制御装置が無理な龍化を妨げている。
アシュラは刀の柄に手をかけ、ゆっくりと目を閉じる。
──精神統一。
「…………」
そして開かれた瞳は、美しい程に据わっていた。
「……よし、行こう」
そう告げるレイラの声に、3人が小さく頷く。
しばらく慎重に歩を進め、そこにあったのは、暗く湿り気を帯びた空気。
薄く匂い立つ、何か焦げ付くような獣臭。
それでも、誰も一歩も引かない。
「……レイラちゃん、また“何か”と出会ったら、どうする?」
ラショウの問いかけに、レイラは振り返らずに答えた。
「──また私たちで、終わらせるだけだよ」
光の届かない森林部へと、ひとりずつ静かに足を踏み入れていく。
「…………っ!!」
──そして。
その最深部に、“それ”はいた。
名も知られぬ、記録にも残されぬ、異型。
龍でありながら、龍ではないもの。
その体を中心とするように、周囲の草木がぐるりと枯れ果てている。
顔面に空いた多数の穴。その奥で薄く覗く紅い眼を細めながら、誰かの足音を、ただじっと待っていた。
まるで誰かが訪れるのを、今か今かと待ち続けているかのように。
「……いたぞ。慎重にな」
アシュラの声が響く。
現地一帯に漂う異様な気配は、アシュラの敏感な感覚を即座に刺激した。
湿った地面には、黒い粘液が這い回ったような跡。
どこかの動物か? ──いや、そんなものではない。
無線が軽くノイズを走らせ、セセラの声が届く。
『こちら薊野。中継接続確認……。そっちはどうだアシュラ。異常は視認できてるか?』
「……異常だらけです。龍も空気も違和感があります」
『だろうな。数時間前から、近隣のセンサーが音のない衝撃波を捉えてる。気をつけろよ』
「了解しました」
レイラは無言で周囲を見回しながら、ふとリルの方へ視線を向けた。
リルは制御装具を着けたまま黙っていたが、その表情はどこか硬く、いつもの気だるさのある顔つきとは違う。
「リルくん……」
ラショウが小さく声をかけると、リルは無言で頷いた。
直後、異様な“音”が鳴る。
──グズン……ッ……
金属と粘膜が擦れ合うような、あまりにも不快な音。
「来るッ!」
アシュラの声と同時に、影のように黒い龍が奥から這うように突如として駆け出してきた。
四足か、それとも多足か。
判断不能な奇形の肢体、眼孔すらない顔面に空いた多数の穴は、どれが口か目かもわからない。
真っ黒な獣の体に装甲のような銀の甲殻。
しかし指先などの末端は、一度人間だったのではと錯覚するほど微かに残る人型の面影。
それでも、今のそれはまさに“成れの果て”。
名も無く、理も無く、ただ暴力のかたち。
「……動きが速いッ!」
レイラが踏み込むも、龍は信じられない加速で間合いを詰めてくる。
「……ッ!!」
アシュラが庇う形で斬りかかるが──弾かれた。
『その反応速度……防御の構造も普通じゃないな。闇雲に突っ込むような接近戦は控えろよ……!』
セセラの声が再び響く。
『どこでどう育ったのか知らねえが……まともな龍の反応じゃねえぞ』
龍が一閃。
ラショウがバランスを崩し、レイラが庇い、アシュラがその場を立て直す──それでも動きが速い。
リルはその様子を見ながら、唇を噛んだ。
制御装具の内部がじわじわと熱を帯びている。
「まだ……まだ外すな……」
何かがリルの中で、軋むように、ぶつぶつと囁くように蠢いていた。
『リル、お前……大丈夫か』
セセラが通信越しに微かに声をかける。
リルは顔を上げたが、何も言わずに視線を前に戻した。
──まだ、抑えられる。
だが、龍は容赦なく迫ってくる。
そして、次の瞬間──。
「……あ゙ッ……!?」
レイラの体が血を撒きながら宙に浮いた。
龍の尾による一撃。
重い音と共に、レイラの細い体が木に叩きつけられる。
「ッ、レイラ!!」
「レイラちゃん!」
空気が凍りつくように、一瞬、誰もが息を呑んだ。
「……っ、クソが……!」
リルの視界が、揺れる。
制御装具が赤黒く脈打ち始める──。
(ふざけんなよ……また誰かが倒れるくらいなら……ッ……)
レイラの体が木に叩きつけられた衝撃音のあと、沈黙が落ちた。
「レイラちゃん……!」
ラショウが駆け寄ろうとするが、アシュラが前に出て遮る。
「ラショウ待て……! まだ奴が動いてる……」
「兄様! レイラちゃんが……!!」
「わかってる……! 来るぞ、下がれ!!」
異型の龍は何かを確認するように僅かに頭を傾け、そのまま地を這うように素早く位置を変える。
あまりにも静かで、あまりにも速い。
──モニター室の職員たちも息を呑んでいた。
「…………」
中でもセセラは冷静なようでいながら、その額にはピキリと青筋が浮いている。
不穏な様子を察した近くの職員も、セセラに迂闊に声をかけられない。
「……ッ、……ンだこいつマジで……!!」
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