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あの星空をまた君と (中)
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「ふぁ…」
引っ越しと片づけのために取った連休も開けて、徐々に新しい生活にも慣れてきたある日。
佑璃はいつもの時間に目を覚ました。
最初は携帯のアラームを目覚ましにしていたのだが、うるさくて潤を起こしてしまうので徐々に目覚ましなしで起きるようになった。
もちろん、寝過ごすことはないようにデッドライン(佑璃談)にはアラームを設定している。
不思議なもので、ものの数日のうちにアラームをセットした5分から10分前には自然と目が覚めるようになった。
手首でこしこしと目もとをこすると佑璃は朝の支度に入る。
まずはシャワーを浴びてスッキリ目を覚ますと着替えて食卓へ。
食卓には夜潤が帰って来てから準備してくれた朝食が用意してある。
はじめ佑璃は潤の手間を増やしてしまうからと断ったが、これは潤がPLANETでまかないを作るときに取り分けておいて持って帰ってきたものを軽食に仕立てたものだ。帰って来てから作っているわけではないから朝食くらい作らせて欲しい、というのが潤の言いぶんだ。
出来ない時はしない、と言っていたが今のところ毎日続いている。
佑璃は食卓に着くと朝食を見て笑顔を浮かべる。今日は食べやすいように小さめに切ったサンドイッチだ。足りなければ冷蔵庫に常備してあるタッパーから常備菜を出す。どれも食べやすい工夫がしてあって潤の気遣いを感じて嬉しい。
そして何よりうれしいのは―――
【今日も一日頑張ってね! 潤】
いつも付箋が添えられていることだ。
さらさらと【いつもありがとう】と付箋のはじに書きつけると佑璃は朝食をいただく。
朝食を終えて、もろもろの身支度を整えて時計を見るともうすぐ出なければいけない時間だ。
佑璃は音を立てないようにリビングから出ると薄く潤の部屋の扉を開ける。
初めのうちは寝顔を見にベッドの近くまで行っていたのだが、やはり起こしてしまうので今は部屋をのぞくだけにしている。
「行ってきます…」
小声で声をかけると、佑璃はそっと扉を閉じて玄関に向かう。
玄関で小さく息を吐くと表情を引き締める。
時期的にそろそろ繁忙期に入る。さあ、お仕事モードだ。
それから数時間後、いつもの時間に潤が起き出す。
まず佑璃の部屋の扉を開けると佑璃がいないことを確認する。
それからリビングへ向かい食卓の上の付箋を見ると嬉しそうに微笑む。
「今日も全部食べてくれた。こちらこそいつもありがとう」
潤は付箋を大事そうに手に取ると食器棚の引き出しを開けて小さなクリアファイルを取り出す。
そこに付箋を大事にしまい込むとキッチンへ。まずは冷蔵庫をあけて常備菜の減り具合を確認する。
どうやらまだ追加はいらなそうだ。そう判断すると手早く自分用の朝食を整える。
朝食を終えると潤はスウェットに着替え、軽くランニングに出る。
前のマンションは近くに大きな公園があったので気持ちよく走れたのだが今のマンションの近くにはさすがにあれだけの公園はない。
そこで潤はマンションの近くの通学路になっている道を走ることにしている。子どもたちが通る時間では無いし見通しがいいからだ。
その途中に小さなスーパーがあるので食材の買い足しなどがあった場合はランニングと一緒に済ませる。
しばらく走ってマンションに帰ってきた潤はシャワーを浴びてその間に洗濯機を回す。
いつも洗濯機が終わるまでの間に常備菜を作ったり軽く掃除をしたりする。今日はリビングと玄関を掃除する。
玄関には佑璃が持って来たフラワーロックが置いてある。軽く手を叩いてうにょうにょ動くのを見た潤は目を細めた。
洗濯が終わると手早く干してマンションを出る準備をする。
結局のところ、佑璃がいても潤の生活は大きく変わっていない。
朝、佑璃が体調を崩して寝ていないか確認するくらいだ。
帰って来てからも佑璃の朝食を用意するくらいで、もうメイン具材は出来ているし何にするかも決めているのでせいぜい10分だ。
もし取り決めをせずに同棲を始めていたら、佑璃の起床時間に合わせて潤は一緒に朝食を食べたがっただろうし、確かに今よりもずっと負担は大きかっただろう。
朝、佑璃の顔を見られないのが寂しくてつけ始めた付箋が潤の佑璃不足を解消してくれて、毎日宝物が増えて行くオマケまでついた。
潤は今しあわせでいっぱいだ。
顔を見られなくても、あちらこちらで佑璃の気配を感じられる生活。
全く不満はない。
――そのはず、だったのに。
それから数日して、佑璃の帰宅が遅くなり始めた。
仕事が繁忙期に入り残業が増え始めたのだ。
佑璃の帰りは日に日に遅くなり、そして今日はついに終電になった。
「ただいまー…」
パチンと電気をつけて部屋に入る。
終電帰りとはいっても、潤はまだ仕事の時間だ。もちろん返事はない。
佑璃は小さくため息をつくとシャワーを浴びにバスルームへ。時間があるならお湯を張ってお風呂に入るのだが今日は早く寝たかった。
シャワーから上がった佑璃は髪を乾かしながらちらりと時計を見る。
時刻は午前1時を回ったところだった。
(これ…ゆっくりお風呂に入ってたら潤ちゃん帰ってくる時間になるんじゃない?)
ふとそう思ったが、今日はさすがに疲れた。
佑璃はパジャマに着替えると自分の部屋に戻りモソモソとベッドに入る。
それから眠りに落ちるのに時間はかからなかった。
さらに数日が経過したある日。
潤がいつものように目覚めて食卓に行くと手つかずの朝食が目に入った。
「あれ…?」
付箋を見ると【ごめんね】とひとこと。
「佑璃…大丈夫かな」
珍しく今回の仕事は苦戦しているようで、客先に出張に行く旨も連絡を受けていた。
そのせいでもう一週間くらい佑璃の顔を見られていない。
その日は佑璃にメッセージを送っても返事は来ず、心配しながら仕事を終えて急いでマンションに帰った。
「あれ…?」
マンションに明かりがついている。
潤が急いで部屋に帰ると、佑璃がリビングでスマホを見ながら座っていた。
「ゆ、佑璃? なんで起きてるの?」
「潤ちゃんおかえり」
佑璃はスマホを置いて立ち上がると、驚いて立ったままの潤をぎゅっと抱いた。
「…一週間ぶりの潤ちゃん落ち着く。 ちょっとだけ充電させて」
言いながらさらに深くぎゅうっと抱きしめる佑璃の頭を、潤は労わるように撫でる。
「佑璃… 大丈夫?」
心配がにじみ出た潤の言葉に、抱き着いたまま佑璃は顔を上げる。
「…うん。 潤ちゃんの顔見て元気出た。 朝ごはんごめんね」
「それはいいんだけど…。ちゃんと食べれてる?」
潤は一週間ぶりに佑璃の顔を正面から見た。
――少し痩せた?
潤がいつもうらやましいと思っている、つやつやして薔薇色の肌は疲れもあるのだろう、少しくすんでカサついているのが分かる。
お化粧を落としているのもあって、目元のクマもはっきりわかる。何より、表情が弱々しい。
「最近忙しくてあんまり」
「そう…。朝ごはん、もっと食べやすいのにするよ」
「うーん…。しばらくはいいかな。残しちゃうと思うし」
食べられない前提だ。あの、食べるのが大好きな佑璃が。
気づかわしげな潤の視線に佑璃は笑顔を作ると体を離した。
「もう寝るね。潤ちゃん充電したからまたしばらく頑張れそう」
言いながら佑璃は自分の部屋に向かうと「おやすみ」と一声かけて部屋の中に消えた。
「おやすみなさい…」
潤も小さく手を振ったが、しばらく佑璃の部屋を見つめたまま動けなかった。
翌朝。
佑璃のためにはちみつをたっぷり入れたスムージーを朝食代わりに置いておいたが、それは飲んでくれたようで潤はほっとする。
付箋にはお礼の代わりにキスマークが付けてある。
その夜も潤が帰ると佑璃は起きていて「充電」を頼まれた。
結局佑璃が寝たのは3時ごろ。とはいえ、明日は土曜日だ。少しくらいはいいだろう。
そう思っていたが、翌朝潤が目覚めると佑璃はいなかった。
「え…なんで?」
食卓の付箋には土日も客先からの呼び出しで出かける旨が記されていた。
日曜の夜、出張から帰ってきた佑璃はふらふらとリビングのビーズクッションに倒れこみそのまま眠ってしまう。
その数時間後、潤が帰ってきた。
「佑璃…」
スーツのままで化粧も落とさずにリビングで眠る佑璃を見ながら潤は立ちつくした。
土日の間、メッセージは何度も送った。既読にはなるものの返信はなく心配していたのだが、まさか疲れ切って眠っているとは。
潤は佑璃を部屋のベッドに運ぼうと抱き上げようとしたが――
「熱い…」
驚いて額を合わせてみると、佑璃の体は火のように熱い。
「潤…ちゃん…?」
佑璃が弱々しく目を開けた。
「うん。 佑璃、お部屋に運ぶね。ちょっとだけ歩ける?」
小さく頷くと、佑璃は潤の首もとに抱きついた。
潤は佑璃の体を支えつつ抱き上げると佑璃をベッドに運ぶ。
それからまた意識を失った佑璃のお化粧を落とし、汗を拭き楽なパジャマに着替えさせた。
されるがままになっていた佑璃はうっすら瞼を開ける。
「ありがとね…潤ちゃん」
「ね、佑璃。 明日はお休みしよう?」
「あはは…、無理だよ。 今日フィードバック貰った分明日すぐ出さないと」
「そ…」
そんなの…そう言いかけて潤は口を噤んだ。佑璃がぼろぼろになってやっている仕事に口が裂けてもそんなことは言えない。
「…そうなんだ。 でも、佑璃無理しすぎだよ…」
「うん…。ごめんね。 でもあと少しなんだ。あと少しでぐうの音も出させない完璧な提案ができるの」
『ぐうの音も出させない』?
いつもの佑璃ならこんな言い方はしない。
それに、今までの佑璃の実績から考えるとここまで苦労することは考えづらい。
熱が出て弱っているからなのか、それとも…。
「…あと少しなんだね。 じゃあ、今日はもう寝ないと」
「うん…」
潤が佑璃の髪を軽く撫でると、そのまま佑璃は眠りに落ちる。
佑璃の寝顔を見ながら潤は眠る気にもならずそのまま看病を続けた。
そして、朝7時15分。
さすがに自力では起きられなかった佑璃の部屋にアラームが鳴り響く。
「なに?」
驚いた潤だったが、佑璃はすぐに目を覚ましてアラームを止める。
「おはよう、潤ちゃん」
どこかぼんやりした目で笑いかける佑璃の額に手を当ててみると、昨日ほどではないがやはり熱い。
「まだ、熱あるよ」
「みたいだね」
体を起こそうとする佑璃を潤が留める。
「今日は無理だよ。行かせられない」
「…行かないと駄目なの」
佑璃の瞳に微かな苛立ちが灯る。
「今日の午前中だけは、絶対に。 …どいてよ」
「佑璃…」
潤を押しのけるように立ち上がった佑璃の支度を甲斐甲斐しく手伝いながら、潤はふらつく佑璃から眼を離せない。
何とか身支度をしてマンションを出るとき、佑璃は潤に小さく手を振った。
「ありがと…。潤ちゃん寝てないんでしょ? PLANETに行く前に少し休んでね」
絶句する潤の前でガチャンと玄関が閉まる。
「なんで…」
寝てなきゃいけないのは佑璃でしょ?
なんでぼくの心配なんかしてるの?
あんなにつらそうなのに、ぼくには心配もさせてくれないの?
寝不足の頭は佑璃への不満を訴える。
潤は頭を冷やすためにバスルームに向かった。
――そして、佑璃は今日も終電で帰ってくる。
===
次回、最終回です。いろいろバタバタしてるので8月末目標で頑張ります。
引っ越しと片づけのために取った連休も開けて、徐々に新しい生活にも慣れてきたある日。
佑璃はいつもの時間に目を覚ました。
最初は携帯のアラームを目覚ましにしていたのだが、うるさくて潤を起こしてしまうので徐々に目覚ましなしで起きるようになった。
もちろん、寝過ごすことはないようにデッドライン(佑璃談)にはアラームを設定している。
不思議なもので、ものの数日のうちにアラームをセットした5分から10分前には自然と目が覚めるようになった。
手首でこしこしと目もとをこすると佑璃は朝の支度に入る。
まずはシャワーを浴びてスッキリ目を覚ますと着替えて食卓へ。
食卓には夜潤が帰って来てから準備してくれた朝食が用意してある。
はじめ佑璃は潤の手間を増やしてしまうからと断ったが、これは潤がPLANETでまかないを作るときに取り分けておいて持って帰ってきたものを軽食に仕立てたものだ。帰って来てから作っているわけではないから朝食くらい作らせて欲しい、というのが潤の言いぶんだ。
出来ない時はしない、と言っていたが今のところ毎日続いている。
佑璃は食卓に着くと朝食を見て笑顔を浮かべる。今日は食べやすいように小さめに切ったサンドイッチだ。足りなければ冷蔵庫に常備してあるタッパーから常備菜を出す。どれも食べやすい工夫がしてあって潤の気遣いを感じて嬉しい。
そして何よりうれしいのは―――
【今日も一日頑張ってね! 潤】
いつも付箋が添えられていることだ。
さらさらと【いつもありがとう】と付箋のはじに書きつけると佑璃は朝食をいただく。
朝食を終えて、もろもろの身支度を整えて時計を見るともうすぐ出なければいけない時間だ。
佑璃は音を立てないようにリビングから出ると薄く潤の部屋の扉を開ける。
初めのうちは寝顔を見にベッドの近くまで行っていたのだが、やはり起こしてしまうので今は部屋をのぞくだけにしている。
「行ってきます…」
小声で声をかけると、佑璃はそっと扉を閉じて玄関に向かう。
玄関で小さく息を吐くと表情を引き締める。
時期的にそろそろ繁忙期に入る。さあ、お仕事モードだ。
それから数時間後、いつもの時間に潤が起き出す。
まず佑璃の部屋の扉を開けると佑璃がいないことを確認する。
それからリビングへ向かい食卓の上の付箋を見ると嬉しそうに微笑む。
「今日も全部食べてくれた。こちらこそいつもありがとう」
潤は付箋を大事そうに手に取ると食器棚の引き出しを開けて小さなクリアファイルを取り出す。
そこに付箋を大事にしまい込むとキッチンへ。まずは冷蔵庫をあけて常備菜の減り具合を確認する。
どうやらまだ追加はいらなそうだ。そう判断すると手早く自分用の朝食を整える。
朝食を終えると潤はスウェットに着替え、軽くランニングに出る。
前のマンションは近くに大きな公園があったので気持ちよく走れたのだが今のマンションの近くにはさすがにあれだけの公園はない。
そこで潤はマンションの近くの通学路になっている道を走ることにしている。子どもたちが通る時間では無いし見通しがいいからだ。
その途中に小さなスーパーがあるので食材の買い足しなどがあった場合はランニングと一緒に済ませる。
しばらく走ってマンションに帰ってきた潤はシャワーを浴びてその間に洗濯機を回す。
いつも洗濯機が終わるまでの間に常備菜を作ったり軽く掃除をしたりする。今日はリビングと玄関を掃除する。
玄関には佑璃が持って来たフラワーロックが置いてある。軽く手を叩いてうにょうにょ動くのを見た潤は目を細めた。
洗濯が終わると手早く干してマンションを出る準備をする。
結局のところ、佑璃がいても潤の生活は大きく変わっていない。
朝、佑璃が体調を崩して寝ていないか確認するくらいだ。
帰って来てからも佑璃の朝食を用意するくらいで、もうメイン具材は出来ているし何にするかも決めているのでせいぜい10分だ。
もし取り決めをせずに同棲を始めていたら、佑璃の起床時間に合わせて潤は一緒に朝食を食べたがっただろうし、確かに今よりもずっと負担は大きかっただろう。
朝、佑璃の顔を見られないのが寂しくてつけ始めた付箋が潤の佑璃不足を解消してくれて、毎日宝物が増えて行くオマケまでついた。
潤は今しあわせでいっぱいだ。
顔を見られなくても、あちらこちらで佑璃の気配を感じられる生活。
全く不満はない。
――そのはず、だったのに。
それから数日して、佑璃の帰宅が遅くなり始めた。
仕事が繁忙期に入り残業が増え始めたのだ。
佑璃の帰りは日に日に遅くなり、そして今日はついに終電になった。
「ただいまー…」
パチンと電気をつけて部屋に入る。
終電帰りとはいっても、潤はまだ仕事の時間だ。もちろん返事はない。
佑璃は小さくため息をつくとシャワーを浴びにバスルームへ。時間があるならお湯を張ってお風呂に入るのだが今日は早く寝たかった。
シャワーから上がった佑璃は髪を乾かしながらちらりと時計を見る。
時刻は午前1時を回ったところだった。
(これ…ゆっくりお風呂に入ってたら潤ちゃん帰ってくる時間になるんじゃない?)
ふとそう思ったが、今日はさすがに疲れた。
佑璃はパジャマに着替えると自分の部屋に戻りモソモソとベッドに入る。
それから眠りに落ちるのに時間はかからなかった。
さらに数日が経過したある日。
潤がいつものように目覚めて食卓に行くと手つかずの朝食が目に入った。
「あれ…?」
付箋を見ると【ごめんね】とひとこと。
「佑璃…大丈夫かな」
珍しく今回の仕事は苦戦しているようで、客先に出張に行く旨も連絡を受けていた。
そのせいでもう一週間くらい佑璃の顔を見られていない。
その日は佑璃にメッセージを送っても返事は来ず、心配しながら仕事を終えて急いでマンションに帰った。
「あれ…?」
マンションに明かりがついている。
潤が急いで部屋に帰ると、佑璃がリビングでスマホを見ながら座っていた。
「ゆ、佑璃? なんで起きてるの?」
「潤ちゃんおかえり」
佑璃はスマホを置いて立ち上がると、驚いて立ったままの潤をぎゅっと抱いた。
「…一週間ぶりの潤ちゃん落ち着く。 ちょっとだけ充電させて」
言いながらさらに深くぎゅうっと抱きしめる佑璃の頭を、潤は労わるように撫でる。
「佑璃… 大丈夫?」
心配がにじみ出た潤の言葉に、抱き着いたまま佑璃は顔を上げる。
「…うん。 潤ちゃんの顔見て元気出た。 朝ごはんごめんね」
「それはいいんだけど…。ちゃんと食べれてる?」
潤は一週間ぶりに佑璃の顔を正面から見た。
――少し痩せた?
潤がいつもうらやましいと思っている、つやつやして薔薇色の肌は疲れもあるのだろう、少しくすんでカサついているのが分かる。
お化粧を落としているのもあって、目元のクマもはっきりわかる。何より、表情が弱々しい。
「最近忙しくてあんまり」
「そう…。朝ごはん、もっと食べやすいのにするよ」
「うーん…。しばらくはいいかな。残しちゃうと思うし」
食べられない前提だ。あの、食べるのが大好きな佑璃が。
気づかわしげな潤の視線に佑璃は笑顔を作ると体を離した。
「もう寝るね。潤ちゃん充電したからまたしばらく頑張れそう」
言いながら佑璃は自分の部屋に向かうと「おやすみ」と一声かけて部屋の中に消えた。
「おやすみなさい…」
潤も小さく手を振ったが、しばらく佑璃の部屋を見つめたまま動けなかった。
翌朝。
佑璃のためにはちみつをたっぷり入れたスムージーを朝食代わりに置いておいたが、それは飲んでくれたようで潤はほっとする。
付箋にはお礼の代わりにキスマークが付けてある。
その夜も潤が帰ると佑璃は起きていて「充電」を頼まれた。
結局佑璃が寝たのは3時ごろ。とはいえ、明日は土曜日だ。少しくらいはいいだろう。
そう思っていたが、翌朝潤が目覚めると佑璃はいなかった。
「え…なんで?」
食卓の付箋には土日も客先からの呼び出しで出かける旨が記されていた。
日曜の夜、出張から帰ってきた佑璃はふらふらとリビングのビーズクッションに倒れこみそのまま眠ってしまう。
その数時間後、潤が帰ってきた。
「佑璃…」
スーツのままで化粧も落とさずにリビングで眠る佑璃を見ながら潤は立ちつくした。
土日の間、メッセージは何度も送った。既読にはなるものの返信はなく心配していたのだが、まさか疲れ切って眠っているとは。
潤は佑璃を部屋のベッドに運ぼうと抱き上げようとしたが――
「熱い…」
驚いて額を合わせてみると、佑璃の体は火のように熱い。
「潤…ちゃん…?」
佑璃が弱々しく目を開けた。
「うん。 佑璃、お部屋に運ぶね。ちょっとだけ歩ける?」
小さく頷くと、佑璃は潤の首もとに抱きついた。
潤は佑璃の体を支えつつ抱き上げると佑璃をベッドに運ぶ。
それからまた意識を失った佑璃のお化粧を落とし、汗を拭き楽なパジャマに着替えさせた。
されるがままになっていた佑璃はうっすら瞼を開ける。
「ありがとね…潤ちゃん」
「ね、佑璃。 明日はお休みしよう?」
「あはは…、無理だよ。 今日フィードバック貰った分明日すぐ出さないと」
「そ…」
そんなの…そう言いかけて潤は口を噤んだ。佑璃がぼろぼろになってやっている仕事に口が裂けてもそんなことは言えない。
「…そうなんだ。 でも、佑璃無理しすぎだよ…」
「うん…。ごめんね。 でもあと少しなんだ。あと少しでぐうの音も出させない完璧な提案ができるの」
『ぐうの音も出させない』?
いつもの佑璃ならこんな言い方はしない。
それに、今までの佑璃の実績から考えるとここまで苦労することは考えづらい。
熱が出て弱っているからなのか、それとも…。
「…あと少しなんだね。 じゃあ、今日はもう寝ないと」
「うん…」
潤が佑璃の髪を軽く撫でると、そのまま佑璃は眠りに落ちる。
佑璃の寝顔を見ながら潤は眠る気にもならずそのまま看病を続けた。
そして、朝7時15分。
さすがに自力では起きられなかった佑璃の部屋にアラームが鳴り響く。
「なに?」
驚いた潤だったが、佑璃はすぐに目を覚ましてアラームを止める。
「おはよう、潤ちゃん」
どこかぼんやりした目で笑いかける佑璃の額に手を当ててみると、昨日ほどではないがやはり熱い。
「まだ、熱あるよ」
「みたいだね」
体を起こそうとする佑璃を潤が留める。
「今日は無理だよ。行かせられない」
「…行かないと駄目なの」
佑璃の瞳に微かな苛立ちが灯る。
「今日の午前中だけは、絶対に。 …どいてよ」
「佑璃…」
潤を押しのけるように立ち上がった佑璃の支度を甲斐甲斐しく手伝いながら、潤はふらつく佑璃から眼を離せない。
何とか身支度をしてマンションを出るとき、佑璃は潤に小さく手を振った。
「ありがと…。潤ちゃん寝てないんでしょ? PLANETに行く前に少し休んでね」
絶句する潤の前でガチャンと玄関が閉まる。
「なんで…」
寝てなきゃいけないのは佑璃でしょ?
なんでぼくの心配なんかしてるの?
あんなにつらそうなのに、ぼくには心配もさせてくれないの?
寝不足の頭は佑璃への不満を訴える。
潤は頭を冷やすためにバスルームに向かった。
――そして、佑璃は今日も終電で帰ってくる。
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次回、最終回です。いろいろバタバタしてるので8月末目標で頑張ります。
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