ネガティブ・ドリーマー~街のゴミ掃除をしていたら審議官を名乗る優男に拐われました

八万岬 海

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1章-責任のある仕事

03話-ゴミ掃除の仕事をもらいました

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「呼び立ててしまいまして、すみません」

 目の前の女性に初手から上から目線で謝られました。

 ですが仕方ありません。
 目上の人ですから上から目線は当然なのです。

 しかも街の隅をゴミを探して彷徨っているような私には一生縁のないお方が巨大な執務机の向こうに座っていて、私の顔を見るなりお詫びの言葉を発したのです。


(帰りたい……帰らせて……それか殺して……)



 王立審議会。
 その責任者はこの国の責任者とほぼイコールなのです。


 王女様が――フレイア・スヴァルトリング陛下が目の前におられました。

「とんでもございません……遅くなりまして申し訳ありませんでした」

 そう返事するだけで、口から食べたものと胃がセットで飛び出して来そうな気分でした。
 きっと耳の毛も大変なことになっています。
 目上の人への喋り方を覚えていて命拾いしました。

 目上どころか天上ですが……。


「どうぞそちらにお座りください。ナザック審議官は退出してください」
「承知いたしました」


「リエさんはまだお若いのにしっかりされていますね」
「そっ、そんな、恐縮です……」

 この建物に入ってから私の心の拠り所だったナザックさんは、無責任にも私をこの部屋へと放り込み退出してしまいました。


 フレイア王女はこの国、スヴァルトリングの王女様。
 ここ王都王都スヴァルトリングにある綺麗なお城に居られる方で、一対一でお会いできるような存在でも、ましてや直接お言葉を聞けるような方ではありません。
 絹のような髪に、整ったお顔立ち。

 『座るように』とふかふかのソファーを指差されましたが、とてもこんな上等なソファーへ座れる服装ではないので、私は床へちょこんと座ります。



「あっ、あの……それだと私が虐めているように見えるので……そちらに座って頂けると嬉しいのですが」

 私が床へと座った姿を見て慌ててソファーへ座るように促されました。

 なんということでしょうか。
 気を使って床へ座っただけなのですが、結果的に王女様のお言葉を無視してしまう形になった上に、気を使わせてしまいました。
 
 きっと私はこの部屋から出ることなくここで短い生涯を閉じてしまうようです。


 私は震える足で立ち上がると、何度かソファーの端ギリギリに、なるべく座面を汚さないように腰掛けますが、既に意識を保つだけで精一杯です。
 視界もなんだ掠れてきました。



「あの……そ、そんなに震えられると……私も困ってしまうので、もう少し気楽にしてください。あっ、そうだ、お菓子食べませんか? ちょうど差し入れをいただきまして」

 王女様がテーブルへこの世界では見たこともないクッキーを広げられました。

 なるほど、最後の食事には豪華すぎますが、どうせならお肉を食べてみたかった……で……す……。

「あのリエさん……顔が……真っ青ですけれど……大丈夫ですか? あっ、リエさん!? リエさんっ!? 誰か! 誰か来てください!」

 私は薄れゆく意識の中で焦るような王女様の声を聞いたような気がしました。


――――――――――――――――――――


「目が覚めましたか?」

「――ひゅっ」

「あっ、リエさんお気を確かに! ダメですよ寝ちゃ!」

 やたらと気持ちの良いお布団で目が覚めたと思ったら、王女様とナザックさんが私の顔を覗き込んでいました。



「わ、私は死ぬんですか……」
「なにを言ってるんですか……ほら、寝たままでいいので」

 ナザックさんが起き上がろうとする私の肩を押し無理やり布団に寝かされました。


「リエさん、私もこの後に他の公務がありますので用件だけ伝えますね」
「……はい」

 死刑宣告を言い渡されるぐらいならもうこの場で殺してほしいです。
 尻尾が縮み上がって大変なことになっています。


「リエさんにお仕事を頼みたいのです」
「お、お仕事……でございますか?」

 隣の道具屋のおっちゃんから頼まれるお仕事はせいぜい店の掃除ぐらいなので身構える必要はないのですが、王女様がいうお仕事なんて想像もつきません。

 まさかお城のお掃除でしょうか……?


「ナザックから聞きましたが素晴らしい魔法を使えるようで、その力ぜひお貸しいただけないでしょうか」

 やっぱりお掃除をしてほしいというお話でした。
 ということはナザックさんは私のゴミ拾いをする姿を何処かで見かけていたのでしょう。



「お、お掃除でしたらいつでも喜んで」

 まさかお城からお掃除のお仕事を頂けるなんて大出世もいいところです。

 あの広大なお城の敷地をお掃除するなんてどれぐらい時間がかかるかわかりませんが、憧れの……いつも遠くから眺めるだけだったお城の敷地に堂々と入れるなんて夢のようです。

 でもお城なんてゴミは落ちていないと思うのですが、お城の敷地にゴミを捨てるような不埒な輩もいるのでしょうか。


「引き受けていただけるんですか? よかったですわ!」

「雨の日でも大丈夫……です。ゴミの量次第では時間がかかる時もありますが街のゴミ掃除で培ったノウハウでなんとかして見せます」
「ノウ……ハウ?」

「あ、すいません、そこは忘れてください」

 つい意気込みすぎてこっちでは通じない単語を出してしまいました。
 ですがお城から定期的にゴミ掃除のお仕事をもらえるなら、掃除道具を直す材料も買えますし、ロイさんのお店の古くなったところの修理してあげることもできます。



「でも私と歳も変わらないのに、なんて頼もしい……こほん、ではリエさんと契約いたしましょう。ナザック、書類処理はお願いいたします」
「はっ、承知いたしました陛下」

 しかし所詮は街のゴミ掃除をしている学もない、家柄もない、ギリギリで浮浪者を避けることができただけの15歳の小娘です。

 この身一つしかないので、仕事の量だけは聞いておかなければいけません。

「そ、それで場所と日時は何時ごろでしょうか? 街のゴミ掃除もありますので、早い目に日程を頂ければ調整します」

「はい! 仕事に関してはナザックから事前にお知らせいたしますので心配しないでください。これからぜひよろしくお願いします」


 そう言って王女様は事もあろうに私の手をギュッと握ってきました。

「い、いけません! 私、鼠の獣人です。汚いです!」

 私はつい、王女様の手を振り払ってしまいました。
 ヤバイです。

「汚い……? そんなことありませんよ。リエさんは可愛いですよ。お耳、触ってもいいですか?」

 そういう王女様は私は頭を両手で触り耳をふにふにと弄ってきます。


「そ、そんな……恐れ多いです」

「陛下、そろそろ」
「あっ、そうでした。ではリエさん、あなたを私直属の特別審議官に任命いたします。この国のゴミ掃除。よろしくお願いいたします」



 王女様が頭を深々と下げ、部屋から出て行かれました。



「特別……なんておっしゃってました?」

 正直いまだに頭がふわふわしており、王女様のお言葉があまり頭に入ってこず、ナザックさんに尋ねてみます。
 

「ただのゴミ掃除を仕事を発注するだけで、そんな大層な肩書をつける必要があるんですね」

 お城、行政のお仕事はめんどくさいんだろうなと思います。
 どこの世界でもお役所仕事というのは大変そうです。


「リエさん、あなたには城の一部以外はこの国のすべての場所への立ち入り許可が与えられます。またゴミ掃除でその場で審判及び判決、執行の権限が与えられます。ただし後々審判内容に疑義が発見された場合、責任を追及されることになりますのでやりすぎにはご注意ください」

 ナザックさんに早口でなにやらを説明されるのですが、学のない私では理解ができませんでした。

 つまりどこのゴミ掃除をすればいいのでしょうか?



「……犯罪人や手配されている犯人を見つけ次第、あなたの権限で審判から刑の執行までやっていいですよってことです」


「ゴミを審判するんですか?」
「……まぁゴミですね。はい、口に出して宣言すれば問題ありません。一応この国の法律に準ずる形でお願いします」


「ご、ゴミ掃除にも法律があったのですか……すいません……私知らなくて……」

「あなたがいう『黒』ですがこれは処断で構いません。『赤』も場合によっては処分していただいても構いません。正直そろそろ牢のスペースがやばいのです」

「…………牢?」

 『ゴミを処断する』なんて言い方、まるで犯人を死刑にするような表現です。



「リエさん? 街に落ちているゴミを分別して、ゴミ集積所に持っていくという話ではないですよ? この国に渾なす重罪人の捜査と処断があなたのお仕事ですよ? 理解されてます?」

「…………ゴミ掃除?」
「国のゴミ掃除です」

「ぇ……?」
「え?」
「えっ、えぇぇぇぇっっっ!?」

 残念ながら私のこの日の意識はここで途切れてしまいました。
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