ネガティブ・ドリーマー~街のゴミ掃除をしていたら審議官を名乗る優男に拐われました

八万岬 海

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1章-責任のある仕事

04話-頑張ってみることにしました

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「ふぁぁぁ~……よく寝れなかった……」

 昨日の記憶があやふやです。
 公園でお昼ご飯を食べた後、何か大事なことがあったような気がします。

 もぞもぞと布団から出てテーブルに乗せられたバッジに上等すぎるスーツのような服が目に入りました。

「誰の服……?」

 天秤があしらわれた、売るだけで数年は食べて行けそうなほどの金のバッジ。

 それを見た瞬間、フラッシュバックのように昨日のことを思い出しました。
 ゴミ掃除を引き受けたと思ったら、国のゴミ掃除を頼まれました。

 しかも王女様自らに任命され、私はパン屋の屋根裏に居候する街のゴミ掃除屋から、国に反旗を翻そうとする社会のゴミ掃除屋になりました。

 ――死にたいです。



「おっ、リエちゃん、昨日よりは顔色良くなったみたいだな」

「あ……ロイさん、おはようございます」
「あーでも相変わらず死にそうなネズミみたいな表情が出てるぞ? 大丈夫か?」

「その……ご相談があるので夜少しお時間をもらえないでしょうか……こんな小娘には重すぎて……受け止めきれなくて……」


 思えばロイさんに弱音を吐くのはこれが初めてのような気がします。
 ロイさんはいつものような気楽そうな表情を一変させ、パン屋のカーテンを閉めドアに鍵を掛けました。




「今日は店休みだ。なんでも言ってみろ」
「え……でもパン……」

 店内には焼きたてのパンの香りが充満しています。
 しかし私の心配をよそに、ロイさんは私の手を引くと屋根裏の部屋へと登って行きました。


「お前さんがそんな凹むなんてなにがあった……? って、お前これ……」

 机の上に置いたままの服とバッジを速攻見つけられてしまいました。
 ゴミとして処分しておけばよかったです。

(その時は私が次に処分されるのでしょうが……)



「リエちゃん、これどこで拾ったんだ?」
「それが……」

 私は拙い言葉で昨日の出来事を説明して、ナザックさんに渡された書類をロイさんに見せます。
 王女様に会ったことはまずそうなので言わないでおきました。



 ロイさんはじっとその書類を見つめていたかと思うと、何故か突然泣き始めました。


「おめぇ! 辛気臭ぇ顔してるから、ヤバいことに巻き込まれたって思ってたが、めでてぇ話じゃないか! 大出世じゃないか!」

 大出世……?

 社会のゴミ掃除という裏のさらに裏の仕事へと強制ジョブチェンジしただけなのに大出世?


「お前これちゃんと読んだか?」
「いえ……難しくて……」

 嘘です。
 恐ろしくて目を向けるのも嫌なのでまだ読んでません。



「えっと、基本的に生活は自由。普段はなにをしててもいい。それで給金が毎月……金貨五枚? すげぇな」

 金貨五枚……私が五年働いて稼げるかどうかの額です。
 それが毎月?



「なになに? 仕事がある時は別途連絡。仕事に応じて報酬を支払う」

 仕事がある時は報酬を支払う?
 金貨五枚が毎月もらえるのに?

「で? おっ、すげえなこれ。城の一部以外、この国のどこにでも立ち入る許可って……」

 それはナザックさんから聞いた気がします。
 一部というのがなにを指すのかわかりませんがどうせ鼠の額ほどの活動範囲しかない私にはあまり意味のない話です。

 でもお城はちょっと見てみたいです。


「この任命書とバッジさえ持っていれば制服は不要。改造しても良い……だそうだ」
「………………」


「…………特別審議官ってどんな仕事なんだ? 王族並みにヤバい権限があるみたいだが」
「…………ゴミ掃除だそうです。色々な場所のゴミ掃除があるみたいです」

「なるほどな! 確かにいろんなところへ入れた方が仕事が捗るもんな! で、どうするんだ?」



 ロイさんがスッと真顔になり私のことをジッと見つめてきます。
 どうするというのは、どうやって逃げるかという話でしょうか?

「こんだけ給金もらえるんだ。一人で住んだりしないのか?」

「…………わ、私……邪魔……です……か?」



「いやいや、邪魔じゃねぇし、前も言ったがリエちゃんが掃除してくれるせいでいつもピカピカだから助かってるって! あぁっ、もう泣くなって!」

 何故か溢れ出てしまった涙を見てしまったロイさんが必死に背中を撫でてくれます。
 また他人に迷惑をかけてしまいました。




「……はぁ……いいか? ここはお前が自由に使ってくれて構わない。だがな?」

 ロイさんは私の肩に両手を置くと諭すように話始めます。

「お前も女の子だ。これから大人になっていくんだ。俺もいつかは死ぬ。その時に右も左もわからないより、今のうちに興味のあることはやった方がいい」

「興味のあること……?」

 突然そんなことを言われてもわかりません。
 孤児院にいる頃から掃除は私のお仕事です。
 雨の日だって、雪が降ったって私は自分の仕事をしてきました。

 それしか生き方を知りません。
 ……違いますね。

 何かをしていないと昔を思い出して……日本のことを思い出して気が狂いそうになるのです。

 頭から生えた黒灰色の耳。
 腰から生えたみすぼらしい灰色の尻尾。
 人間ですらないこの身体。

 親もおらず、家もない。
 屋根裏に住ませてもらいながらゴミを売って日々を過ごすだけ、ただ生きているだけの毎日。

 私はどうしてここに居るのでしょうか?
 私が生きている意味はどこにあるのでしょうか?
 私は生きていてもいいのでしょうか?

 私は…………。


 ――パンッ

 そんな音が耳元で鳴り響き、同時に頭が揺れ頬に痛みが襲ってきました。

「ぁ…………」

 痛いと思った瞬間、ロイさんに抱きしめられていました。


「またここに来たときみたいに、良くない考えで頭がいっぱいになってるだろう」

 ロイさんの腕の中はいつも暖かくてお父さんのようです。


「リエ、いいか? お前は生きていていいんだ。お前が毎日毎日毎日頑張っているのを神様が見ててくれたんだ」

「…………」

「お前の腕を見込まれたから、この国の偉い人がリエに仕事を頼んできたんだ。だから今までと同じように胸を張れ。お前の仕事はお前しかできない。俺がどんなに頑張ってもできない仕事なんだ」

「…………」

「お前はお前自身にご褒美をやることを覚えなきゃいけない。本来ならそらは親が子に与えるものだ。お前はそれを知らずに育ってる」


 ご褒美ならもうロイさんや街のみんなから溢れるほどもらってます。

 私が毎朝「おはよう」と声をかけてもらえるようになったのが一番のご褒美なのです。
 それはロイさんがここに住まわせてくれたからこそ手に入れたものなのです。


「それは違うぞリエ。お前が頑張ってるからこそ、お前の生き方をみんなが認めてくれているからこそ手に入れた宝物なんだ」

 私が認められている…………。

「だからお前はもっと胸を張りなさい。仕事には報酬。報酬にはご褒美。ご褒美には仕事が必要なんだ。どれか一つ欠けてもダメだ」

 仕事には報酬。
 報酬には褒美。
 褒美には仕事。

「今までは俺が住むところと食事っていうみすぼらしいが褒美を出してきたつもりだ。だけどそろそろ自分で自分への褒美のやり方を覚えなきゃならねえ」

 自分へのご褒美。
 どこかの広告代理店のコピーみたいだなと思いながらもロイさんの暖かさを感じます。



「旨いものを食べる。欲しい服を買う。家を買う。家族を持つ。子供が生まれて元気に育つ……人生は自分へのご褒美の連続でできてるんだ」

 私は……私を大事にしていなかった……?

「違う。大事にしているからこそ今のお前があるんだ。ただ自分で自分へのご褒美をあげる手段が、その力がなかっただけだ」

「………………」

「だが、日々の行いのおかげでお前はその力を身につけた。チャンスを手に入れたんだ」

 チャンスを手に入れた…………。


「それは俺の手の中にはない。お前の手の中にしか無いんだ。掴むにせよ、捨てるにせよ、お前が決めることだが、一度捨てるともう一度手に入る保証はない。散々偉そうなことを言ったが最後に決めるのはリエ自身だ」

 相談にはいつでも乗ってやる。
 そう言ったロイさんは私を抱きしめたまましばらくそのまま動きませんでした。

 ロイさんのいうことは眼から鱗の連続でした。
 ロイさんはお父さんのように私を叱って、褒めて、頑張りなさいと言ってくれました。

「ロイさん……ありがとうございます」

 私はもっと自分に正直になってみます。
 すぐには無理だけど……少しずつ。


「お、少し元気になったか?」

 まずは目の前に現れたチャンスを掴んでみることにします。
 失敗すれば、その時に考えることにします。

 やってみてダメならその時に考える。
 そんな適当な考えを持つということが一番自分へのご褒美のような気がします。



「はい、人殺し頑張ります」
「おう! がんば……え? 今なんつった?」


「社会のゴミ掃除です! この国に不要な犯罪人のお掃除です!」
「ちょっと、まて? ゴミ掃除の仕事をもらったんだよな?」

「はい、王女様から直接お願いされました」
「それがどうして人殺し? えっ? 犯罪人? 王女様から直接?」

 ロイさんの頭にハテナマークが浮かんでいます。
 書類を読んだのでは無いでしょうか?

 あ、違いました。
 詳しい仕事内容が書かれた紙はポケットに入れたままでした。



「とりあえず仕事が入るまでは自由時間って書いてあるみたいなので、いつもの街のお掃除行ってきますね!」

「ちょ! まてまてまてーっ! リエ! リエーーっ!」

 私は晴れ渡った大空のような気分で籠を背負って、箒を手にして街へと出かけたのです。
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